【第3夜③ ~罠~ 】
私が日常生活を普通に過ごせるようになってから、いきなり学校に行くのはハードルが高いだろうと、両親が、まずは村の行事から外に出てみたらどうかと勧めてくれた。時を同じくして、ドリーの妹から代筆で、ドリーの近況と、村の行事に行こうとの誘いの手紙が来た。ドリーは参加ではなく、見学するつもりらしく、その時に話が出来ればという内容だった。私は外に出ることも、人と会うことも、少し怖かったけれど、ドリーと話がしたかったし、何より顔が見たかったというのが一番大きく、いく事に決めた。それに、何事も一歩踏み出さなければ何も変わらないと、凱の言葉から考えられるようになり、それも出席を決める要因の一つとなった。
その行事とは、村で14歳を迎える子供たちは8歳になる村の子どもたちに、村に古くから伝わる道具の作り方、機織り、薬草の知識などの技術や知識など、多岐にわたって教えるという昔から引き継がれている、毎年行われている行事だった。
当日会場で、私は普段よりも多くの視線を感じながら、担当の場所に向かう。その途中、ドリーを探すが、姿は見えない。時間となってしまったため、作業が終了してから探すことにして、私は少年5人と少女1人を連れ、村はずれの草地に生える、この村にしか生息しない薬草を取りに向かった。ただ、私の状況を考え、両親は大人一人をサポートとしてつけてほしいと依頼していた為、20代の男性が一人私についてくれた。
その草地はいつになく甘い香りがしたが、私は何かの花の匂いだろうと、さほど気にしなかった。薬草を取り始めてから30分くらいたった頃だろうか。突然草陰から、私の体の3倍はあるであろう巨大な魔物が1頭、私たちめがけて突進してきた。子ども達は悲鳴を上げ、恐怖でその場から動けなくなってしまった。そして事もあろうに、20代の男性は、魔物を見るや否や、私たちを残してその場から、一目散に逃げだしたのである。私はそれを横目に見ながら、
「危ない!」とっさに、近くにいた少女の腕を引っ張り、自分の後ろにその子を隠す。そして辺りを見回してから他の子供達に、このままではみんなの身が危ないと頭をフル稼働させ、
「みんな落ち着いて!私がいるから大丈夫。ゆっくりあの大きな岩の方に移動して。」と指示を出す。
私は魔物と適度な距離を保ちながら、近くの大岩の後ろに子供たちが隠れられるように誘導しながら、一歩一歩、慎重に歩いていく。その間、魔物は草影から一頭、また一頭と増え、最終的には8頭になっていた。今にも飛び掛かってきそうな魔物たちだが、父から護身用にと渡された『石』を魔物に突きつけていることで、飛び掛かってこれないようだった。いつになく光を帯びているように感じるこの『石』には、どういう力があるか教えてもらっていなかったが、魔物の様子から魔よけの効果があるように感じた。私は、これを逃す手はないと意を決して、
「みんな、今よ!走ってその大岩の後ろに隠れて!」そう大声で言い放つ。子供たちは恐怖で震えていたが、私の大声で我に返り、一斉に大岩に向かって飛びこむ。
私は魔物と対峙しながら、子供たちの同行を横目で見て、全員が大岩に無事隠れることが出来た事を確認する。その状況に安堵して、石を突きつけている腕から、ほんの少し力を抜いたその瞬間、それを見逃さなかった魔物たちが、一斉に私の腕、両足に噛みつこうと一気に飛び掛かってきた。私は慌ててそこに落ちていた木の棒を振り回し、そのうちの一匹の足にダメージを負わせた。そのあとは無我夢中で、子供たちを守るためだけに木の棒を振り回し、何とかすべての魔物を瀕死状態まで追いやったらしい。というのも、体中魔物たちに噛みつかれ、大量に出血しながらも、戦い続けていたようで、全くその時の記憶がないのだ。
私は無意識の中、魔物と戦い、子供たちを救ったのだった。
ただの木の棒のみの、丸腰同然の状態で、魔物と戦おうとする常軌を逸した私の姿に、初めは恐れ慄いていた子供たちだったが、魔物が私の手によって全て倒されたのを確認すると、一目散に村に帰っていった。
しかし、もともと悪魔の申し子の烙印を押された私が、魔物と対等に戦い、自分たちを救ってくれたこと、また瀕死の傷を負って倒れていることなど、誰一人として家族や村人に報告する者はいなかった。大人の噂話は子供達にも浸透しているので、このまま魔物共々、私までいなくなれば村にとっては好都合だと考えたのだろう。
それから数時間、なかなか帰宅しない私を心配した凱が、日没前にようやく瀕死状態の私を見つけ出し、その後、両親と凱による懸命な看病で、私は何とか一命をとりとめることができた。しかし、魔物に噛みつかれた傷は深く、高熱で3日間うなされ、起きられるようになるまで10日、完全に復活するまでに3か月を要した。後に分かった話だが、私がうなされている間にこの事件は私をいじめていた子供たちによって、
『今回の魔物襲撃は、赤目を持つ悪魔の申し子である私が、子供たちを魔物の餌にするために計画した。しかし魔物を操れなかった為に、自分自身が魔物にやられたと。』と広められたらしい。その話は恐ろしいスピードで村中に広まった。
そんな中、凱と両親は交代しながらつきっきりで私の看病をしてくれていたが、その話に激怒した両親は、村に魔物が入り込めないよう常に村の周りに「魔よけ石」を配置しているにも関わらず、なぜ魔物が入ってこれたのかを調べていた。家族全員が私のために動いてくれている間、家には心無い無数の張り紙、ごみの投下、落書きなどが連日のようになされ、それはひどい惨状だったらしい。そしてこの事件の真相は事件発生から8日目の朝に判明した。
薬草採集の朝、犬を連れた長身の男が、子供数人を引き連れ、魔物が好むとされる甘い香りのする「クシャの木の実」を持ち、今回の事件現場の周辺をうろついているのを、隣町から来た武器商人が目撃していた。早朝に子供たちを連れまわる男を不審に思っていたらしい。その話を聞いた両親は、子供たちの特徴や服装などを手がかりに、村の子供たちの様子をひそかに監視していた。
監視を始めて数日経った日の夕方、何かを大切に抱えてきた子供たちが数人、その場所にやってきたのだ。それを待ってましたと言わんばかりに現れたのが、父さんがあらかじめ共同調査を依頼していた騎士団の「魔物調査班」だった。彼らは、その少年たちに何を持っているのかを尋ねた。
神聖なる騎士団に虚偽報告をすれば、神への冒涜ということで生涯禁固刑になることを、この国では子供のころから教えられている。子供たちの顔から生気が一瞬にして消えた。わなわなと震える子供、謝りながら泣きわめく子供、それに加わった8人の子供のうち7人は簡単に口を割った。なぜ「魔よけ石」を持っているのかを。
しかし、そのグループのリーダー格である、カレンの弟ウォーカーは、断固として口を開かなかった。まだ幼いこともあり、聴取に時間がかかったこともあるが、おそらく姉から絶対に話すなと口止めされていたのだろう。それから半月後、ようやく口を割ったウォーカーは、姉のカレンに指示されて、今回の行事の最中に、魔物を使って私を殺そうと計画していたらしい。
ドリーの妹から来た手紙も、本当はカレンが書いたもので、私を村の行事で確実におびき出すためのものだったのだ。前回、私の目を潰そうとした計画が失敗に終わったため、今回は確実にと周到に準備したが、魔物が関わったため、騎士団が捜査を先導することになり、罪を問われることになった。
今までは、父の圧力でカレン一族の不正や悪事は全てもみ消されていたので、カレンも油断したのだろう。そしてさらに、この事件によって、これ以外のカレンの父が関わった事件にも、騎士団の調査が入ることになり、横領、恐喝、詐欺など余罪100件以上が明るみとなった。その後、カレン一族は王都の収容施設に連行され、誰もその一家のその後を知ることはなかった。
その後もこの一件の調査は続いていたが、不思議なことにその子供たち全員が、長身の男について何者かは『知らない』と答え、何一つ証拠が挙がることがなく、結局その男については、捜査中と曖昧な形で話が収まった。
事件の真相が少しずつ明らかになると、村中に広まった私の噂は予想を超えて好転した。私が守った子供の親を中心に、
『真紅の目を持つ少女は、この国を魔物から救うために遣わされた。この村の眞守人だ。』と…。
もともと、多岐にわたって私の能力がずば抜けて高いことは、村中に知れ渡っていた。それが今回の事件で8匹の魔物相手に子供たちを無傷で守りきったことで、私の流言が名声へと変わったのだ。
そして、日々ごみの投棄や張り紙などで、見るに堪えない惨状になっていたわが家は、村中の人の手によって元の姿に戻され、家の隣の空き地は、多くの人が集う、憩いの場所になったのだった。しかし私の心は、その名声と家の華やかさとは裏腹に以前よりも暗く沈み、ある決心をする。
『私さえいなければ、家族は平穏な日々を過ごせていたに違いない。そして、ドリーも。それなのに私は両親、そして凱、ドリーに多くの不幸を味合わせてしまった。私はその罪を償わなければならない。この家を出よう…。』