【第12夜① ~夜襲・ファータにて~
この世界、ファータにおいて、凱の口から出た衝撃の言葉の数々に、自分の置かれている様々な心苦しい状況を何とか納得させたはずの心が再び乱れ、どうにもこうにも寝付けずにいると、生きとし生ける全てのものが寝静まった、闇が世界を覆いつくす刻、部屋のテラスからガタンと物音が聞こえる。
『何?今の物音…。』緊張と共に心拍数が一気に上がるのを感じる。私は非常時用として、常に枕元に忍ばせてある剣をゆっくりと引き抜き、テラスに向かって慎重に歩いていく。そして窓際まで行って、テラスの様子を窺う。緊張で唾を飲み込む。
『寝込みを襲うなんて、一体何者?』外の様子をさらに窺うために、カーテンの陰に隠れようと足を動かすと、カーテンとナイトガウンがこすれ、静電気が起きナイトガウンの裾が足にまとわりつく。
『こんな時に…。動きにくいったらありゃしない。いつも通りに戦えるかな…。』そう思いながら、再び視線をテラスに向け神経を張り巡らしていると、何かに反射した光が一瞬部屋の奥の方を照らし、それに目を奪われた私はその刹那背後を取られ、カーテンの中に引き込まれる。
『何者?強い…。』私は両手を拘束され、口をふさがれてしまい、声を出すことが出来ない。死の恐怖を感じながら、何とか平静を保とうと目を閉じると、
「引っかかった。ベッドの方を見てみろ。」小声で話すその声の主は凱、その人だった。私は驚きのあまり声を上げそうになるが、それに気づいた凱は、私の口を押える手の力をさらに強める。そして凱は話を続ける。
「しばらく声を出すなよ。敵の尻尾を掴んでやる。」そう言って、凱は私の口から手を離し、ゆっくりと胸元に隠してあった短剣を取り出して、万一の為に臨戦態勢をとる。すると凱の言葉通り、私のベッドの前に人影らしい姿が目に入る。そして、私がベッドにいないことに少し動揺した感じだったが、その後、何かを物色しているのか、ベッド周辺を念入りに調べている。私と凱はその様子を無言で見守る。
『暗すぎて何も見えないけど、すごく華奢な体つき。女性?少年?誰なの?』私が考えを巡らせていると、その人影はベッドの足元付近で手を止め、そこから何かを取り出す。それが何かに気づいた瞬間、
「えッ?」と思わず声を漏らす。私は焦って手で口を押えるがその人影はこちらの気配に気づき、少しずつ近づいてくる。
『凱、ごめんなさい。』私は凱の顔を見てそう訴える。凱は少し顔を引きつらせて笑っているが、口元の動きで、凱がすでに何かしらの手を打っていることが見て窺える。凱の口元の動きが止まると、
「俺から離れるなよ。」と囁いて、私の体を自分のマントの中に誘う。突然、凱の胸に飛び込んだような状態の私の心臓は、説明するまでもないほどに早く、大きく、そして熱く鼓動を刻む。
『不意打ちは止めて…。』私の顔が恥ずかしさと嬉しさで紅潮し、顔から湯気が出ているのでは…と心配になるくらいの状態であるのが自覚できるほどだ。
凱はそんな私の状況なんてつゆ知らず、こちらに向かってくる者の様子を注意深く見ている。私たちとの距離があと僅か、顔が見えそうな位置までくると突然ドアの向こうから、
「莉羽様~、大丈夫ですか?先ほど物音がしたように聞こえたのですが…。」ヴァランティーヌが先ほどの物音に気付いて、私の部屋の前で様子を尋ねる。すると、こちらに向かっていた人影は焦ったように振り返り、扉を一瞥してそのまま姿を消した。私がその一瞬の出来事に動揺していると、その様子に気づいた凱が、
「返事をしないと怪しまれる。何か答えろ。」と冷静を取り戻すように声をかける。私は、
「うっ、うん。」と答えてから、
「ヴァランティーヌ?私は大丈夫よ。」と平静を装って返事をする。
「そうでしたか…。大きな物音がしたので、姫様がベッドから落ちたのかと心配しました。」と少し笑いながら答えるヴァランティーヌに私は、
「あら、失礼ね。ベッドからはもうこの5年は落ちていないわよ。」と応戦すると、
「いえ、4年ですよ。莉羽様。」とまた笑いながら答える。
「何事もなさそうですね。式を控えた大切なお体です。ゆっくり休んでください。では。」と言ってその場から立ち去るヴァランティーヌ。
私は安堵から体の力が抜け、その場にしゃがみ込む。凱は片手で私の体を支え、
「大丈夫か?」と優しく声をかける。私は、
「うん。」と顔を上げると、凱の顔が思ったより間近にあることに気づき、再び下を向いてしまう。すると凱が私の姿を見て、
「ところでお前…。こんなひらひらな洋服着て、戦えるのか?しかも露出が激しすぎるだろ…。」
私はそう言われて咄嗟に凱の顔を見る。すると、さっきまでこっちを見ていた凱は明後日の方を向き、心なしか顔が赤くなっているように見える。私は凱の言葉と顔の紅潮を見て、ようやく状況を把握し恥ずかしさで再び体中が熱くなるのを感じる。そして敵が目の前から姿を消したというのに、そのまま凱のマントの中に身を委ねていた自分に気づき、
「あっ、ごめんなさい。」と言ってマントから出る。凱も凱で、私を隠している必要がない事に、今更気づいたようで、
「あっ、すまない…。」そう言ってマントを整える。それから私と凱はしばし無言の時を過ごす。会話の糸口が見出せない私は、その空気に耐えられず、
「この服、ヴァランティーヌが用意してくれて、何の疑問も持たずに着ちゃってた…。確かにこんな状況だもの、いろんなことに気を付けなくちゃいけないのに…。でも、可愛かったし、こんな服着たことないし、ちょっと着てみたかったってのもあるのはある…。」私はあまりの緊張に、聞くべきこと、話すべきことが分からなくなって頓珍漢な話を始める。すると同じく緊張していたのか凱も、
「さっきの敵はヴァランティーヌのおかげ?で消えたけど、テラスから侵入した俺が、もし敵だったとしたら殺されてたぞ。それに部屋の侵入者に関しても、俺があの時、術を使っていなかったら、お前は自分の身を守ることが出来たと思うか?まあ、俺がいるときはお前の事は俺が絶対に守るけど、1人の時どうやってそのひらひらドレスで身を守る?そのデザインも…破廉恥すぎる…。」凱はいつになく、口早に言うと、自分のマントを肩から外して、
「背伸びなんかするなよ…。」そう言いながら私の肩にかける。
「破廉恥って…。いつの時代よ…。」凱の言葉のチョイスに苦笑しながら、何も言い返すことのできない私は、マントをしっかり自分の体に巻き付ける。今考えるとこの時の私たちは、この状況で話すべき論点がずれまくっているほどウブだった。
「それにしても…、やはり聞いていたんだな。」と言ってさっきの侵入者のいた場所を調べる凱。
「聞いていたって?どういうこと?」私は訳が分からずに尋ねる。
「俺がメモと鏡を渡した時、あの場で複数の気配を感じた。だからそいつらを炙りだそうとしたんだが…。」
「え?そうだったの?私、全然気づかなかった…。」
「ああ、敵はかなり手ごわいと思う。というのも、そもそも皇子は敵が隠れている目の前で、俺にあえてこの2つをお前のところに届けるよう伝えたんだ。皇子もここに来てから、敵の目を感じていたらしい。そしてそれが、自分とお前に向けられていることを分かっていた。だからその目がどちらに向いているのかはっきりさせるために、俺をここに向かわせたってわけだ。」
「そうなの?でも私のところに敵が来たってことは…、私が狙われているの?鏡に何かあるってこと?」私は予期していなかった事に不安を隠せない。
「ああ、今のではっきりした。狙いはお前だ。あの鏡を皇子が俺に渡すとき、鏡にはお前の潜在能力を引き出す力があると、そしてそれは、寝ている間に徐々に引き出されていくから、ベッド付近に置いておくように、とわざと周りに聞こえるような声で伝えたんだ。メモ書きにも書いてあったろ?」
「うん。書いてあった通りにベッド脇に置いたけど…。」
「この国にとってお前の存在はとてつもなく大きい。潜在能力が計り知れないと言われているお前のその能力を引き出す代物があると聞いた敵は、それを奪いに来るだろ。お前共々。でもお前はベッドにいなかった。だとしたら、その鏡だけでも持っていかねばということになる。」
「そうか…。でもそんな大切なもの、持っていかれちゃって大丈夫なの?」私がうろたえていると、
「さっきの話はペテンだ。あの鏡はただの鏡。あわよくば、とっ捕まえてやろうと思っていたけど…。あれにはいろいろ細工がしてあるから大丈夫だ。」
「そうなんだ…。良かった。」私が安堵して言うと、
「国宝級の存在のお前がどうにかなったら、この国は不安と混乱とで覆いつくされるだろう。それを何としてでも阻止しないと…。その為にお前には一役演じてもらう。」凱は口角を少し上げてにやりと笑う。
「演じる?って何?」私が凱の意図が全く見えずに不安げな顔で聞くと、凱はその後の計画を、事細かに私に話した。




