【第3夜②~謎の老婆の導き~《もの言えぬ被害者》】
『凱?』私が喜ぶのも束の間、何かを持ってきたカレンの手下が入って来たのだと分かると、頭から血の気が引くような感じに引き戻される。
「始めるよ。」そうカレンが言うと、少し怖気づいたのか、手下の一人が、
「ねえ、カレン?本当にやるの?」こわごわ聞いている。カレンは、机を蹴り飛ばし、
「当たり前だよ。何?怖くなっちゃた?ふざけんな。」そう言うと、その手下を蹴り飛ばす。小さな悲鳴が聞こえる。他の手下たちも、ここまでやる必要があるのかと感じ始めたのか、小屋の空気が変わってきたように感じる。
「こいつ、使えない。ほら、じゃあ、あんたやって。」そう言われた別の手下は、びくっとして自分を睨みつけるカレンの顔を見て、逃げられないと感じたのか、
「押さえつけて置いて。」と周りの手下に指示して、何かを始める。
その瞬間、
「ぎゃー。」ドリーのこもった叫び声が聞こえる。
「やめて、やめて。」そう体をバタつかせ、何とか逃げようとしている、絶叫にも似た叫び声が小屋に響き、私はそれを聞きながら、声にならない声で泣く。その後も何かが行われ、その都度ドリーの叫び声が聞こえる。
「どう?大切なお友達の叫び声を聞いて。こうなったのは、ぜーんぶあんたが悪いんだよ。悪魔のあんたがこの世に生まれてきた事、あんたの存在。それ自体が罪。そしてそれがお友達を苦しめてる。全部あんたが悪いの。で、大好きなお友達がどうなってるか知りたいよね?」カレンは私の顔を平手で叩きながら聞く。私はその声と言葉とドリーの叫び声に、体をぶるぶる震わせる事しかできずにいると、
「無視してんじゃねえ。」と言って、私のお腹を蹴り飛ばす。私はその衝撃で、胃の中のものを戻しそうになるが、その後も何回も、何回も蹴られ続ける。いよいよ呼吸がままならなくなってきたその瞬間。
ドアがバタンと開き、
「莉羽!」凱がその惨状を目にして呆然とする。カレンは、
「ちっ。」と舌打ちして、逃げようとする手下を退かして走って出るのを、扉の手前で阻止される。
「ちょっと、どきなさいよ。」カレンはその人物を押しのけようとして、腕を掴まれる。
「何なのよ、あんた。ものすごい力で…。離しなさいよ。」カレンはその人物に唾を吐き、手を離させようとするが、その人物は手を離そうとしない。そして、ニヤッと笑って、
「おお、なんと威勢の良い事。それにしても、お前の父親も相当な痴れ者だったが、娘もなかなかじゃのう。」
そう言うと、被っていたフードを外し、その姿を現す。
年は優に90を超え、腰は折れ曲がり、目は見えているかどうか怪しい動きの老婆だが、カレンをつかむ手はしわしわだが、しっかりしているように見える。
「貴人に手を出すとは…。末代まで祟られるのは覚悟しておくんじゃな。」その老婆は憐みの笑みを浮かべて、掴んだ手を離す。カレンは、
「このくそばばあ、覚えときな!」捨て台詞を吐き、睨みつけてその場を去る。
その老婆のオーラに圧倒されていた凱がようやく我に返って、
「莉羽。大丈夫か?」と私の口の布と、目隠し、ロープを外す。その手は老婆のオーラの強さから震えている。
私は、泣き叫びながら、
「私より、ドリーを、ドリーを…!」とすがる様に凱を掴む。凱は絞り出しながら出す私の声に、ドリーを見る。表情が一気に変わり、
「ドリー!」凱はドリーを縛り付ける全てを外しながら、最後に目隠しを外そうと手をかける。その、あまりに惨い状態に、凱を退け、老婆が近づき、
「この子はわしに任せて、そなたは、貴人を見てあげなさい。」そう言って、目隠しを外そうとするが、少しためらっている。私は、その老婆の動きに違和感を覚え、痛むお腹を抑えながら、何とか起き上がろうとすると、凱が私を支え、おかげでドリーの様子を見ることが出来た。
私は声を失う。それから、一気に涙がこぼれ落ちる。
ドリーの目隠しからにじみ出て、顔から床にまでしたたり落ちる大量の血液。その近くには、何本もの針のようにとがり、先端が血塗られた金属が転がっていた。私の赤目を潰すために計画されたこの事件は、友情が故の悲劇を生み、私は結果として親友の大切な目を奪う事になったのだった。
ドリーの目に手をあて、何かを呟いていた老婆が、一旦手をとめ、
「何と惨い事をするかのう…。まだ童女だというのに…。まあ、あれだけ憑いておれば、こんな惨いこともできるかのう…。何とか手当はしてみたが、どこまで回復するか…。」そう言って、老婆は泣き叫ぶ私に目を移し問う。
「そこの貴人。そなたは、ここの者ではなかろう?別の箱物から来たのかの?」無言で泣き続ける私の姿を見て、少しため息をつくと、諭すように話し始める。
「まあ、それは良いとしても…、そなたは数奇な運命たどるようじゃの。これから累次の災いが起きるじゃろうが、数多の仲間と共に、真実を見つけ、道を切り開きなされ。さすれば、新たな世界へと導かれる。その為に、己の意志と信条を貫くことじゃ、その先に自ずと光はさす。」老婆の言葉の意味が理解できずにいる私の姿を見て
「ははは、まだ分からぬかもしれんが、これだけは覚えておきなされ。物事には必ず意味がある。その意味をしっかり紐解き、受け入れる。出会い、別れ、一つ一つの出来事。その眼で見極めなされ。なあに、その内、わしの言葉の意味が分かる時が来る。」
それから凱に目線を映し、舐めるようにじっくり観察した老婆は、
「ふむ、いいおのこじゃな。わしが若かったら、この場で落としていたがのう。」そう言って高らかに笑う。凱がその言葉に唖然としていると、
「そなたも…。なるほど。」そう言って口角を上げ、フッと笑い、
「そなたは己の使命を理解しておるようじゃの。そのまま進むがよい。」そう言って、再びドリーの目を診る。
「この童女の目は、もう少しわしが面倒みるようじゃな…。あやつら、とことんやりよった。何度か診れば、治るじゃろ。」私は驚き、間髪入れずに尋ねる。
「治るんですか?」
「数日わしが診ることが出来ればじゃが…、外に出れたのも何年振りか…。わしの力を信じぬ者たちに幽閉されておって…、たまたま、そなたを探す、このおのこがわしを見つけてくれてな…。また見つかれば、おそらく拘束されるじゃろうて、困ったもんじゃ。」老婆はその場に座り込む。
「力というのは、未来が見える?という事でしょうか?」凱が尋ねると、突然騒動を聞きつけた村人たちが小屋に入ってくる。
ドリーは、すぐさま病院に連れていかれる。彼女の血まみれの目の状態を目の当たりにした私は、そのあまりに痛ましい様子に、そのまま気を失い、抱えられて家に運ばれたとの事だった。
今回の件がここまで大事になったにも関わらず、カレンの父親がこの村の権力者であり、赤目の私のいじめが黙認されていた為、その一件はなかったことのように処理されたと、私は後に聞かされる…。そして、その事件から数日後、村はずれの用水路に浮いている老婆の見るに堪えない無残な死体が見つかったとの事だった。
その事件以降、ドリーは学校に来なくなった。私も精神的ショックが大きく、食事もままならない状態で、もちろん学校には行けず、一日中ベッドの中で過ごしていた。老婆の死で、ドリーの目は治ることなく、ドリーの両親から、私の家族は多額の賠償金を請求され、非難と怒号を浴びたとの事だった。私がドリーの目を潰したと、カレンにより話がすり替えられたらしい。だが、両親も凱も、私の心の状態を一番に考え、出来るだけ穏やかに過ごせるようにと、余計なことは知らせず配慮してくれていた。
事件から数週間経ったある日、凱が私の部屋に入ってくる。あの日以降、ほとんど部屋から出られない私を心配して、様子を見に来てくれたのだった。私は凱の顔を見て、自然に涙が溢れる。凱はそんな私を見て、目を潤ませながら、私を抱きしめる。
「凱…。」私は力なく、かすれる声で名前を呼ぶ。凱は答えるように、私の体を強く抱きしめ、
「お前のせいじゃない。だから、もう泣くな。」凱はかける言葉を選びながら話しかける。そんな凱の気遣いを理解しながらも、私は、
「違う!全部私が悪い、私がこの世に生まれたから、こうして生きているから…。」私が叫ぶように言うと、凱は私の体を離し、睨みつけるようにして、
「何言ってるんだ。お前が生きていちゃいけない理由なんてないんだよ。お前は生まれるべくして生まれた、大切な俺たちの家族なんだ。だから、そんな風に言うな。」凱も目に涙を浮かべて私を諭す。そう凱が言ってくれても、この状況を考えると、その言葉を受け入れられない私は首を横に振って、
「だって、私の周りの人はみんな不幸になる。お父さんもお母さんも、凱も…。ドリーも。みんな…。」
私は最後うなだれて声が出せなくなる。凱はしばらく黙って、私が落ち着くのを見守る。そして、
「なあ、莉羽。お前の気持ちはわかる。自分のせいで、大切な人を傷つける事になってるって、そう思ってるんだろ。でも…、それは違う。傷つけてるのは、お前を傷つけようとする村の奴らだ。あいつらのせいで、たくさんの人が傷ついている。お前に非はない。勝手なあいつらの決めつけと歪んだ正義が産んだ悲劇だ。俺は騎士団に入って、必ずあいつらの非を裁くから…、お前は胸を張って生きろ。それをドリーも望んでいるはずだ。あの老婆も言っていたように、お前はお前として生きていいんだよ。だから…。」凱はそう言って、また私を抱きしめる。
「お前は笑顔でいろ。俺がずっと守っていくから…。」そう言いながら私の頭をポンポンとして、
「大丈夫、お前が笑顔でいれば、全てが良い方に向かっていく。それがお前の力だから。」私はその言葉と凱の優しさにすがるように泣く。自分に生きる価値はないと、生きていく事自体が罪なんじゃないかと考え続けた日々に、凱の言葉がしみ込んでいく。そして、凱の体温が、私の凍り付いた心を溶かしていく。私は心が温まっていくのを感じながら、泣き疲れ、そのまま眠りにつく。
それから数日後、私は凱の言葉に少しずつ、力を取り戻し、未来を信じて生きてみようと一歩を踏み出す。