確固たる思い~最愛の家族を守るため~⑦
その男が店に来て、私を指名した初めての日。その日彼は私を指名したにも関わらず、ただおしゃべりをするだけで帰っていった。
私は不思議に思いながらも、体を遊ばれることなく、束の間の楽しいおしゃべりの時間を過ごすことが出来たので、また彼がくることを無意識に心待ちにしていた。
それから1週間後、想像を超えるとんでもないことが起きる。
彼が突然私を買い受けると大金を店に納めたのだ。
彼はおもむろに私の手を引いて、
「行くぞ。」
私は訳の分からぬまま、彼の家に連れていかれる。
私は問う。
「なぜ?」
彼は私の質問にただ一言返した。
「一目ぼれ。」
そう言うと彼は何事もなかったかのようにその部屋から出て行った。部屋に残された私は、その言葉が嘘か真実なのかどうでもよかった。その時はただ絶望の毎日からの脱却が現実なのか、幻なのか、それしか考えることが出来なかった。
それから彼と私の生活が始まった。
彼は日雇いの仕事をしながら、一方の私は病院の食堂で調理の仕事をして、苦しいながらも何とか生活をするために毎日一生懸命働いた。彼は仕事の関係上、週に一度帰ってくるかどうかの生活だったが、帰ってくる時は必ず私の好きなものを買ってきてくれたり、家事を手伝ってくれたりと、彼のあの時言った「一目惚れ」の言葉に嘘が無い事を証明するかのように私に接してくれた。私はそんな彼の不器用ながらもストレートな優しさを日々感じ、彼と一生生きていきたいと感じるようになっていった。
それまでは神様の存在など1ミリも信じていなかった私だったが、今回ばかりは感謝せずにはいられないほど、幸せの絶頂を感じていた。
愛し、愛されることの喜びを人生で初めて知り、彼以外の人も大切にしたいと自分の中にまだ人間らしい優しさがある事を自覚した時、私のお腹に新しい命が宿る。
彼はこの上なく喜び、私もそんな彼の笑顔に心から幸せを感じた。
それから数か月後、無事に子供が生まれ、さらに幸せな生活が始まるのだろうと確信していた矢先…
本当の悲劇が幕を開け、私のつかの間の幸福は幕を閉じるのだった。
彼は子供が嫌いだったのだ。それは私が子供と共に退院してきたその日に判明した。
仕事から帰ってきた彼は、私と子供の顔を見て喜ぶかと思いきや、私が子供に手がかかり、なかなか自分の相手をしてくれない事に腹を立て、今まで見た事のない冷たい表情でボソッと呟いた。
「子供は泣かせておけばいいから、俺を優先して…」
私は絶句した。彼の低く、冷え切った言葉に驚きを隠せるはずもなく、何も返答できずにいると、
「何?どうしたの?なんか俺、変な事言った?俺は疲れてるんだよ…。子供はいいから、甘えさせてよ…。」
今度は甘えたような声でそう言うと、私の腕から子供を奪い床に寝かせると、私の肩に額を乗せ、しばらくすると私を抱き上げて、そのままベッドに向かった。私は何が起きているのか理解をするまでの間、何も出来ず、ただ彼にされるがままの状態で、子供の泣き声を遠くに聞いていた。
それからも彼は帰ってくると同じような行動に出た。私はその都度、何も言うことなく、彼の思うがままにされていた。当然その間、子供は狂ったように泣き叫び、それにキレた彼は、
「うるさいな…。」と言って、泣き声が漏れないようにと子供を大きなビニール袋に入れて、軽く縛って放置した。私は彼の非道な行動に、疑問と違和感と、怒りと…いろんな感情がこみ上げていたが、彼に逆らうことなく、言われるがままにしていた。
しかしある日、私の目が無意識に彼を睨みつけていたのだろう。
「何?その反抗的な目…、俺を愛しているんじゃないの?」
そう縋るような目をしながら、私に暴力をふるい始めたのだ。
「俺はこんなにも君を愛しているのに…。なんでそんな目で見るの?」そう言いながら、狂気の目をした彼は私の体を何度も何度も痛めつける。それ以降私の体は、彼が帰宅する度にあざだらけになっていた。
苦しかった。胸が張り裂けそうになった。信じてきた彼のその変化に、これが現実なのかと何度も何度も悩み、自答してみた。でも答えは変わらない。これが現実だ。
でも、その反面、本当の両親からの精神的虐待、父からの性的虐待、信じた男の裏切り、愛した男からの暴力により、正常な精神状態を失った私は、歪んだ彼の愛情表現でさえも悦びを感じていたのは事実だった。一時でも目いっぱいの愛情を与えられ、その悦びを知ってしまった今、こんな状況であれ、幸せだった時を思い出し、そこに少なからず幸せを感じている自分もいた。
だからこそ私は耐えた。あの暗黒の世界から救ってくれた彼の1言【一目惚れ】に夢を見て、何をされようが耐えて耐えて…、彼の心が離れていかないように…、彼に捨てられることが無いように…、自分の存在意義を失わないために…、耐える以外に選択肢はなかった。




