母の愛~ティアナの生きる力を再び~
『ティアナ…、ティアナ…。』
祈りながらも何度も心の中で呼び続ける。
しかし応答はない。
ティアナの顔がいよいよ青ざめ、その小さな命の火が消えようとしているのを私はアースフィアで感じる。
「ティアナ?」
私はティアナの状況を理解し、ティアナの生きる力を何とか繋ぎとめようとティアナの心層に入り込む。
そして、私は見つける。
彼女の生きる力となっているもの…。生きる力を見失いかけている彼女が心から望んでいるものを…。
そこで、隣でパソコンの操作をしている凱に、
「凱、ナータンのラルス家のあった位置とティアナとお母さんの対化学兵器装置があった場所って分かる?」
凱はさっきまで黙り込んでそれぞれの星の状況を確認していた私が急に慌てだしたのに驚いて、
「どうした?突然。」
そう言いながらも状況を即座に理解して、すぐさまナータンの地図を画面上に出し、
「ここが家、ここが装置が置いてあった地下倉庫。」
仕事の速さに驚き、改めて凱の能力に感嘆した私は何を思ったか凱の頬にキスをする。そして、
「凱、ありがとう。ちょっと行ってくるから、私の体、見てて。」そう言って祈りに入る。
冷静沈着、且つ、聡明である凱の脳をもってしても、私のこの突飛な行動は理解に及ばず、呆然として瞬きも出来ず、ただ形式的に答える事しか出来なかった。
「りょう…かい。」
それから今自分の身に起きた出来事を把握するまで数秒、微動だにしなかった凱がようやく我に返る。
「何なんだよ…。いきなり…。
そういうのは昔から苦手だったはずだろ…、何で今回に限って…。待ってろよ…。ったく。」
そう言って思いを馳せながら、少しずつ冷静を取り戻したかのように見えた凱だったが、その頬をしばらく抑えていたのは言うまでもない。
※※※
一方、凱の思いとは裏腹に、私は私でティアナの命の危機を救うために夢中で、自分のしでかした事の重大さに全く気付いていなかった。
一瞬でナータンのラルス家に飛んだ私は、睨んだ通り、家の中にラルスの妻の魂が漂っているのを確認する。
「あなたはティアナのお母さん、レティシアさんですか?」
私が語りかけると、その部屋の奥に、ラルスの妻の幻影がはっきりと見え始める。
透き通るほど色白で華奢な体つきのその女性は、柔らかい金色の髪を1つに束ねており、その瞳は薄紫色。私は頭の中でラルスの隣にいる彼女を想像し、何ともお似合いの夫婦だなと思わず微笑んでしまう。
その私の笑みに、怪訝な表情を浮かべるラルスの妻、レティシアは、
「ええ、そうです…けど、あなたは誰?」少し警戒しながら応じる。
「私は…あなたの娘さんの友達…?です。今、ティアナが危ない状況なんです!
まだ彼女はあなたのいる場所…、ここに来てはいけない。彼女は生きてやらねばならないことがたくさんあります。だから私はあなたにティアナを救ってもらうためにここに来ました…。」
そこまで言うと、レティシアは私の話を遮って、
「待って、今の話だとティアナの命が危ないという事ですか?」血相を変えて私に問い詰める。
「はい、状況は転送するので見てください。彼女に生きる力を生きる希望を再び思い出してほしい…、それが出来るのはあなたしかいません。」
私がそう言うと、レティシアはうんと頷き目を閉じ、転送されたティアナの状況を確認し、
「行きます。必ずティアナに生きる力を取り戻させます…。」
先ほどまでの表情とは打って変わり、その眼差しに力を感じる。
「今、先の化学兵器で亡くなった方たちの多くの魂が地上で渦巻いている場所があります。そこにティアナはいます。そこまで誘導するのでついてきてください。」私はそう言うと、レティシアを導く。
レティシアは私の方を向いて、
「あの子の生きる力を必ず取り戻します。絶対に…。」目に涙を浮かべながらレティシアは続ける。
「莉羽さんっていいましたか?」
「はい。」
「ティアナの件でここまで…、死者の世界まで危険を冒してまで来てくださったという事は、ティアナを可愛がってくださっているという事ですよね?」
「あっ、何というか…、そんなところです。」
その私のはっきりしない言葉に怪訝な表情を浮かべるレティシアに気付いた私は、
「えっと、実は最近出会ったばかりなんですが…、その状況を転送しますね。その方が分かりやすいと思うので…。」
レティシアの不信感を取り払おうと焦る私。
それから数秒。全てを理解したレティシアは安堵の表情を浮かべ、
「まさか、世界がそんな状況になっているなんて…。そしてティアナにそんな力があったなんて…。」
「はい、今ナータンを…、世界を護るために命をかけて戦ってくれています。」
「そうでしたか…。まさかな話に驚きました。」そう言って自分の中で納得し、うんと頷いたレティシアは、
「全ての件、承知しました。私はこれからティアナを救いに行きます。
それで…、神遣士であるあなたに、こんなお願いをするのも厚かましいのですが…。」
「なんでしょうか?」
「これからのあの子をどうか見守っていただきたいのです。莉羽さん、よろしくお願いします。
あの子は独りぼっちでしょう?両親を失って…。」彼女の目が潤んでいる。
私は、自分でも分からないがあえてラルスの存在を伝えず、微笑んで、
「大丈夫ですよ。まだ出会って間もないですが、もうティアナの事は妹のように思っているので…。」
そう返すと、レティシアは穏やかな笑みを浮かべながら涙をこぼす。
「ありがとうございます。」
「あっ、そういえば、この石を持っていてください。その戦場にいる長身の細身の色男に見せれば、おそらく使い方は説明してもらえると思うので。
それと…、ティアナは独りぼっちじゃないので大丈夫ですよ。それに…、私よりも…、最高の適任者がいるので!」
にこっと笑ってそう言うと、レティシアは不思議そうな表情で私を見つめる。
私はこの後起きる事にワクワクしながら、
「さあ、行きましょう。ティアナの元に…。」
そう言って、彼女をナータンのティアナの元に連れていく。




