絶体絶命~犯した罪の代償~
『あの黒炎は…、ハラール2世の死の直前に見たものと同じ、人々の魂なのか?
だとしたら、なぜこの地面から放出されているんだ?』
エドヴァルドが人造人間と戦いながら、頭を巡らせていると、祈りを捧げるラルスが、
『ティアナ、エドヴァルド!あの黒い魂は、化学兵器で亡くなった人々の怨念で溢れた魂だ!
ジルヴェスターが呼び寄せている!
私の護衛は大丈夫だから、あの黒炎に集中攻撃してくれ。そうでないと…、
その何千万という人々の怨念がエネルギーの渦を通して他の星にも流れ込んでしまう…。そうなれば、その怨念が生きた人々に憑りついて…、地上は狂気の世界へと化してしまう。』
鬼気迫った様子で知らせる。
このラルスの言葉を聞いた2人の中に緊張が走る。ティアナは、一瞬身震いして、しばし考えた後、
「分かった!」そう言うなり、仲間たちに見せてもらった術、魔法を次から次へと繰り出す。
エドヴァルドも黒炎に攻撃しながら、ジルヴェスターの動きも注視する。
そして戦況を確認し、ある決断をする。
しかし、対処が遅すぎた。
2人の攻撃を逃れ、地上に降り立った怨念にまみれた魂が、ティアナとラルスの元から移動したエドヴァルドの体を拘束する。
「これ以上、押さえつけられたまずい。」
エドヴァルドは、何とかその拘束から逃れようと力を振り絞る。
※※※
ナータンが史上最悪な化学兵器によってその終末を迎えた時、総人口は30億あまり。
それが一瞬にしてその命を奪われた。
いよいよ世界情勢が怪しくなり、世界の危機が迫っていると毎日のように報道されてはいたが、人々の心に植え付けられた、最悪な事態が起きるはずがないという、平和ぼけの思考が人々の危機意識を麻痺させていた。
よって、世界の危機の真相を知るナータン各国の首脳と、一部の閣僚しか本当の危機意識は持ち合わせていなかった。
その為、ラルスが依頼された対化学兵器用の脱出装置の数も、首脳陣とその家族、親類のみの多く見積もっても数百台とごくわずかなものだった。その首脳たちの『自分たちさえ助かればいい』という何とも無責任な思考に、ラルスはとてつもない怒りを感じ、治まる事のない吐き気と戦いながら、その装置を何とか作り上げたのだった。
選挙の時だけきれいごとを並べる政治家たちへの怒りと、その真実を知りながらも自分の力では世界を救うことが出来ない無力さをラルスは痛感し、せめてもの抵抗として、その装置にあるひと手間を加えてはいた。
それが何なのかはラルス、その人しか知る由もないが…。
※※※
無数の魂が地中から現れてはラルス、ティアナ、エドヴァルドの体にまとわりつき、いつの間にか、3人の体が漆黒の光を帯びた球体のようになっていた。
そんな中でも何とかラルスが環境浄化回生の一部を今まさに終えようとしていたその時、流天力渦の祈りを捧げていた華那の目がゆっくりと開き、そして体をカプセルの中から解放する。
その瞬間、華那はラルスへの攻撃を開始した。
「ジルヴェスター、待たせたね。ここで一気にこの男をやっちまうよ。」
華那はそう言うとラルスへの攻撃をさらに強める。
ジルヴェスターも、華那の攻撃に追随し、2人の攻撃は熾烈を極めていた。
そんな状況でもラルスはここで反撃に転じることはなかった。
回生を途中で終わらせてしまうと、今までの祈りが無になり、振り出しに戻ってしまい、全てが1からになる事を知っていた為、どれだけ攻撃を受けようとそのまま祈りを続ける事を選んだのだった。
護衛のエドヴァルドも黒き魂により拘束されているため、ラルスは完全に無防備な状況で、攻撃を全て受ける形になってしまっていた。
体は無残にも切り刻まれ、ありとあらゆる箇所から血が流れ、滴り落ちるその血液は地上へと降る真紅の雨のようになっていた。
その状況を、体全体を黒炎で覆われ視界を断たれたティアナは、脳内ビジョンで確認し、
「お父さん!」
叫びながらその魂の拘束を破ろうとするが、ティアナに纏っている魂の数はすでに何万という数を優に超えていた。もがこうとしてもどうにもできず、徐々に息苦しく、酸欠状態になり、意識が遠のいていく。
ラルスは娘のその状態を把握しているにも関わらず、何もできないことに涙を流しながら、それでもなお祈り続ける。
全てはこの世界の為に…。
自分が開発してしまった、死の武器への代償として、自分はこの使命を果たさねばと。
娘の命が引き換えになるなんて、あの時の自分はその罪の重さがこれ程までとは気付いていなかった事を今さらながら嘆く。




