【第9夜⑥ ~ルイーゼの過去~】
衛兵に捕らえられた侍女ルイーゼは、王宮内の一室に監禁されていた。
ファータの皇兵団団長である父の元に生まれたルイーゼだが、その父はその能力と人望が故に、他国の要請で、魔物・魔獣の討伐や、その国の皇兵団の教育を任され、国を空けることも度々あった。ルイーゼ5歳の時、ジーク王国からの要請で、皇兵団の再編成と皇子の剣術、異能術の師としてジークに2年間、兼務することになった。
これは異例の事で、それほどルイーゼの父の能力が高く、そして評価されていたという事である。角度を変えてみれば、他国の武力強化に自国の一番の強者を送り込むことが出来るファータ王国が、どれほど強国であるかの証でもあるし、その国の中枢の動きを知ることが出来るメリットもあり、ファータ王がいかにやり手の国王かという事も理解できる。
そんな中決まったジークへの赴任に際し、父は、病気のルイーゼの妹の為に日々看病漬けの生活を送る妻の負担を考え、ルイーゼの世話も妻に任せることは難しいだろうと、ジークへの赴任に5歳の娘を同行させることにした。そういった経緯もあり、父の術によって見た目も体も男の子と変えられたルイーゼは、当時8歳のエルフィー皇子の剣術と遊び相手として、父と共にジークで2年間過ごすことになる。
女の子である自分が男の子として生活することに、初めこそ不満や文句を言っていたルイーゼだったが、日々エルフィー皇子と行動を共にし、その美しさと優しさに触れることで、いつの間にか皇子に恋心を抱くようになった。どうせ、自分はエルフィー皇子と結ばれることはない。それなら男の子としてでも、近くにいることが出来るのならばと、その環境を楽しんでいる自分がいた。
それから、4年の月日が経った。本来ジークでの任務は2年の予定であったが、ファータとジークの国境に魔物・魔獣が急増し、その討伐にファータとジークの共同戦線を張る事となり、ジーク側の指揮官として、父がその任を務めることになり2年延長したためだった。
いよいよ任務を終え、ファータに帰還する日を、ジーク王と皇子のファータ訪問の護衛の仕事に合わせた父。それと共に、ルイーゼは最後に、本来の女の子の姿で、エルフィー皇子に会ってお別れがしたいと父に申し出る。ルイーゼの気持ちを知っていた父は、とびきり可愛いドレスと髪型などを異能の術でルイーゼに施し、その後自分は任務に戻る。
女の子として、本当の自分の姿でエルフィー皇子に会うために、ファータ王宮内でエルフィー皇子を探しまわっていたルイーゼだったが、結局エルフィー皇子には会えずに終わってしまう。
そんな想いを引きずったまま、年月が経ち、14歳のルイーゼは温めていた計画を実行に移す。その日、ファータを後にしたルイーゼはジークへと向かう。
ジーク王宮内。ルイーゼは過去、男として出入りしていたことは伏せ、下働きとして王宮の仕事に従事していた。その誠実さと仕事ぶりと、品ある佇まいに、半年の間にあれよという間に王族の身の回りの仕事を任されるようになった。
それからエルフィー皇子専属の食事の給仕を行うまでになったルイーゼだが、ある日、皇子が食事中に緊急の用事で席を立たねばならなくなり、部屋を出ようとした時、食事を運ぶルイーゼとぶつかってしまう。
「申し訳ございません。」
「いや、すまない、私が前を見ていなかった…。」
と、エルフィー皇子が床に落ちたパンを拾おうとした際、同じく拾おうとしたルイーゼの手と触れる。その瞬間、2人の中で電流のような強い衝撃が走り、エルフィー皇子は驚き、暫くルイーゼの顔を見つめる。一方のルイーゼも、その衝撃の強さに驚き、皇子の顔を見ると、皇子が、
「あれ?君…、以前どこかで会った事…?」何かを思い出そうとする皇子だったが、ルイーゼは、顔を真っ赤にしてうつむき、
「いえ…、私は先日よりお食事の担当をさせていただくようになりましたので…。」と言うと、皇子は首を傾げつつ、
「すまない、もう行かねばならない…。片付けは頼む。」そう言って行ってしまった皇子だが、その気遣いに周りの侍女たちも見惚れ、
「ルイーゼ。皇子とお話できるなんて、良かったじゃない!」と大騒ぎ。
そんな中、ルイーゼは、姿は違えども、自分を少しでも覚えてくれていたかもしれない皇子への思いが大きくなるのを感じていた。
それ以降、皇子と自然に会話することも増え、食事以外の世話も任されるようになった矢先の皇子の結婚話に、ルイーゼは禁断の想いを断ち切ることが出来ずにいたのだった。
いよいよ皇子の縁談の話が現実味を帯び、自分の気持ちを整理しなくてはと思いながらも、密かに思い続けるのは自由だと、ずっと皇子の一番近くにいることを望んでいたルイーゼ。
しかし、実際に婚約者であるファータ王女の私に会うと、秘めた思いを我慢できずに、どうにもならなくなってしまったようだった。ここで諦めることなんてできないと…。そして行動に出てしまったのだろう。
日が傾きかけたころ、ルイーゼは皇子が待つ部屋に呼ばれる。
【コンコン】
「失礼いたします。連れてまいりました。」衛兵がドアを開け、ルイーゼに中に入るよう伝える。
「君たちはいいよ。」皇子は衛兵に退室を促し、
「ルイーゼ。ここに。」と言ってソファに座るように導く。
「皇子…、申し訳ございません…。私…、大変なことを…。」エルフィー皇子の顔を見たルイーゼは、自分がしたことの愚かさと恥ずかしさで、胸が張り裂けそうになっていた。
「そうだね。私も聞いた時はびっくりしたよ。」怒ることもなく、むしろ笑みを浮かべながら話す皇子。
「…。」
「きっと、君は今…、自分のしたことの重大さに、いてもたってもいられないって心境だろう?でもね、それは私にも責任があると思っている。」その言葉に驚いて顔を上げ、
「皇子に責任などございません。全て、私の浅はかな行動のせいです。本当に申し訳…。」皇子は途中で制して、
「いや…。小さいころから私たちは常に一緒だったね。君が私の遊び相手として、王宮に来たあの日から。私たちの周りには同年代の子供はいなかったし、極端な話、私たちは常に2人きりでいただろう?それも何年も…。それから、君が私の世話係になって現れた時は、驚いた。だから当然、君の気持ちには気づいていたよ。その思いの強さもね。でもね、私はそのままにしてここにきてしまった。国にいる間に、君にちゃんと伝えるべきだったのに…。」その言葉にルイーゼは心臓が飛び出る思いだった。
「ご存じ…だったのですか?私があの時の少年だったことを…。」ルイーゼは声を震わせながら言う。
「ああ、もちろん。私には何でも見えるからね。君が団長の力で少年の姿になって…、私の遊び相手、剣術の相手をしてくれていた事…、全て感謝しているよ。」そう言って、にこっと笑う。
その声は、優しくルイーゼの心に響く。その言葉に涙が溢れ、拭うことなくそのままに、ルイーゼは、
「まさか…、ご存じだったなんて…。先ほどのお話ですが、皇子には何の非もありません。私が身分の違いも無視して、勝手に思いを寄せてしまっただけなのですから…。皇子にそのようなお気遣いをさせてしまい…、私はもうお傍にいる資格はございません。最後に姫様に、心からのお詫びをさせていただければと思いますが、おそらくそれも叶わぬことと思います。せめてこのお手紙を姫様に…。」涙でぐしゃぐしゃになったルイーゼの顔を見つめながら、
「私は今回の件で君を咎めようとは思わない。君が国に帰りたいなら、そのように手配をするし、ここにいて、この国のために尽力してくれるなら…、姫に許可を願おう。まあ、あのお方は許可など取らなくても大丈夫だと思うけどね…。」
「皇子…。式の前にこのような厄介ごとを…。」皇子は微笑みながら、
「厄介だなんて…。」しばらくして真顔になり、
「ただ、私はジークを、このファータを、そしてこの星の人々に幸せでいてほしい。そして君にも…。私は王として、この星の5か国すべての民を平和に導く力を持っている。だからその使命を果たしたいんだ。君には私の願いが叶うよう、祈っていてほしい。」
「はい…。皇子…。」ルイーゼは、ファータの人々に対する皇子の思いを聞き、胸が熱くなるのを感じる。自分は皇子の、そしてこの国の未来が光り輝くものになることを祈り続けると心に決めるルイーゼだった。
皇子とルイーゼが話をしている間に、私は凱を呼び出すが、この時、凱との前回の会話の何カ所かが、記憶から消されていることに気づいていなかった。
「呼び出してごめんなさい。今、大丈夫だった?」
「ああ。」凱は少し不愛想に返事をする。
「ちょっと相談事があって…。」
「何?」
「これは夢の中のことだけど…。私、ファータの人たちと本気で向き合って、この国を平和に導きたいの。凱が今、もし私の状況を把握しているのであれば、私の質問に答えてほしい。」
凱はしばらく黙って考え込む。
「お前のこの星への考えや思いは分かっているつもりだ。この国の状況も全部把握している。」と真剣な顔で言う。
「わかった。じゃあ話すね。さっき、国王から聞いたんだけど 、このファータでも500人以上の人が消えているって…。他の星でも起きている共通の事件について、国王や皇子に話すべきだと思う?夢の中だから他の国は関係ないとは思うんだけど、なんか引っかかって…。どうしたらいいか…。」
「その件か…。それについては俺に考えがある。任せてくれ。」と少しほほ笑んで答える凱。
「任せるって?」私は凱の表情の真意が分からない。
「大丈夫。お前は俺を信じていてくれ。今はそれだけでいい。」凱はそう言うと一枚の紙きれを渡す。
「何これ?」
「挙式当日の流れが書いてある。敵のあらゆる急襲に対応した策が書いてあるから、よく目を通しておいてほしい。あと…、これを渡しておく。これもお守りみたいなもんだ。肌身離さず持っていてくれ。」
凱は真紅の石が埋め込まれた小さな手鏡を私の手のひらに乗せると、
「必ず役に立つはずだ。」と言って部屋を出て行こうとする。
私はそんな凱に、
「さすがに仕事が早いね…。私が結婚を承諾する事…、わかってたんだね…。ははは。」そう皮肉って言うと、凱は、うつむきながら、
「これしか方法がないんだ…。」前回同様意味深な言葉を残して、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「方法って何の方法?」私は凱の言葉の意味が分からず、キレ気味に言い放つ。
『100歩譲って、皇子との結婚を決めて、本当なら顔も見たくないのに…』そんな中話をした私の気持なんか全く分かっていない凱の言動が、どうにも胸を苦しくさせた。しかし、凱が言う通り、これが今出来得る最善の行動だという事を私は知る由もなく、私はその夜、なかなか寝付けずにいた。




