【第9夜⑤ ~侍女の想い~】
それから数日間、婚礼の準備のため、皇子の侍従たちが皇子よりも先に王宮内に入る。
その中にいる、私と同じくらいの年齢の侍女が私の姿を見るなり、じっと目を離さず、しかも睨みつけているような視線を送ってくるのに気づく。会う度に、そんな視線を送ってくる侍女が怖くなった私は、それが気のせいか確認するためにヴァランティーヌに相談する。
「皇子の侍女がすれ違う度に、私をずっと見ているのだけど、その目がちょっと怖いの。皇子の侍従だし、どう対処したらいいか…。」
「なんですって!それは確認しなくては!」ヴァランティーヌは自分の出番とばかりに意気込んで、その侍女の動向を見張る。
様々な所に聞き込みに入り、調査から帰ってきたヴァランティーヌは、不安そうな目をする私にニヤッと笑って、
「確かに見ていましたね。あの、憎悪に近い目はいかがなもんでしょう…。とは言え、私名探偵ヴァランティーヌ、情報は掴んでおります!でも…、莉羽様らしくありませんね…。聞きたいことは聞く。言いたいことは言う。ですよね?ご自分で解決した方がよさそうな問題かと…。」ヴァランティーヌはほくそ笑んで言う。
「え?自分で?まあ、確かに気になったら、何でも自分で処理してきた私だけど…。そうね、そうだったわね…。さすがだわ、ヴァランティーヌ…。伊達に私の侍女を10年以上してきてないわね!全てお見通しね。」私は思わずフフフと笑ってしまう。
私のその様子を見て、
「どうされましたか?私、何か面白い事言いましたか?」ヴァランティーヌはふざけて、あえて狐につままれたような顔で私を見る。
「ううん。さすがヴァランティーヌだなって思って。私の事、全部理解しているなぁと思って。」
「そうでございますよ。す・べ・て、把握しております。」どや顔のヴァランティーヌ。
「皇子の侍従だから、対応もちょっと良い子ぶろうと思ったけど…、猫をかぶってもだめね。ありがとう、ヴァランティーヌ。」そういうと早速行動に移す。
ヴァランティーヌの指示通り、私は動く。侍女を問い詰めるタイミングは自分で考えるからと言ったのに、妙に張り切ったヴァランティーヌが全て計画をたて、どこでどう問い詰めるかまで、それはそれは嬉しそうに事細かに指示してきた。その為、私はその通り動くしかないなと指示された回廊を歩いていく。すると先回りをし、柱の陰に潜んでいたヴァランティーヌは、彼女の予想通りの展開に、
「引っかかった!」とニヤッと笑って、私にGOサインを出す。
私はヴァランティーヌのいる場所まで小走りで進み、彼女と共に柱に隠れる。すると焦って追いかけてきた侍女が柱を曲がる。そこには、仁王立ちの私たちの姿があった。
彼女は一瞬怯んだ様子だったが、にこっと笑って、
「これは姫様。申し訳ありません。王宮内で迷子になりまして…。」としらじらしい嘘をつく。
「あら、迷子になってしまったならすぐに言ってくださいね。私の後をずっとついてきていらっしゃるようだったから、どうしたのかと思っていましたのよ。」と私も応戦する。
そしてすかさず直球勝負。
「ところで、あなたとはたくさん目が合うのだけれど、何かありまして?」と言うと、彼女ははっとして、しばらくするとその場にしゃがみ込み、黙り込む。
私とヴァランティーヌは、しばらく顔を見合わせ、どうしたものかと考えていると、その侍女は突然しくしくと泣き始め、衝撃的な言葉を放つ。
「私の皇子を取らないでください。」私は驚きのあまり目が飛び出そうになった。
「へ?」
姫らしからぬ言葉遣いに驚いたヴァランティーヌが、
「姫。しっかりしてください。『へ?』はないですよ!」
「あっ、ああ、そうね。私ったら…。」気を取り直して問い詰める。
「ねえ、ご自分が今言ったこと、理解されていますか?」そう聞くと侍女は泣きながら、
「はい。」と答える。
『どうやら本気らしいわね…。でも…。』と思っていると、ヴァランティーヌが黙っていられなくなったようで、堰を切ったように話し始める。
「あなた、ご自分の身分を理解しているのかしら?私たち侍女は、王族にそのような感情を持ってはならないことくらいわかっていますわよね?しかも、その皇子と婚約されている、わが姫に向かって何という無礼を…。今回の事は、詫びたところで許されることではありませんよ!この件は、しかと報告させていただきます。」最後の方は怒りが溢れ、その声は廊下中に響いていた。
「失礼は重々承知です。でも、私の心がそれを許さなかったのです。どのような罰でも甘んじて受けます。ですから、皇子とのご結婚は…。」
それ以上の発言をヴァランティーヌがさえぎって、
「衛兵、衛兵はおらぬか?」と大声でヴァランティーヌが衛兵を呼ぶ。
「どうされましたか?」すぐさま駆けつける衛兵。
「この者を拘束してください。姫様に対しての無礼が過ぎました。ジーク側には、私が事情を説明しますので。」
「わかりました。」と言って、侍女を連行していく。
「私の話を聞いてください。お話を…。」と振り向きながら訴える、その悲しい声が、しばらく私の頭の中に響いていた。
そのころ第1陣の3倍ほどの侍従を引き連れ、ジーク国第1皇子であるエルフィー皇子が王宮に到着していた。皇子は初めに国王のもとに挨拶に赴き、その足で私の部屋を訪れた。
「姫!この日を今か今かと待っておりました。ついには待ちきれず、王にご挨拶したその足で、こちらに来てしまいました。」と幸せいっぱいの笑みをたたえる皇子。
私もその笑顔の美しさに思わず、
「皇子。わたくしも早くお会いしたいと思っておりました。こちらまでの長旅お疲れ様です。式までゆっくり休んでくださいね。」と皇子の顔から目を離さず、心の中で、『目の保養、目の保養』と思いながら微笑む。まさか私が心の中で、そんな事を考えているとはつゆ知らずの皇子は、私の様子にまだ笑顔全開だった。
「ありがとうございます。でも、姫とこうやってお話しすることが、何よりもの癒しですよ。」
「まあ、うれしいことをおっしゃいますね。」そう言うと皇子は私の手の甲にキスをする。
それから突然、まるで別人のような、さっきとは正反対の表情で、
「わたくしの侍従が姫に失礼を働いたようで、心からお詫び申し上げます。」と深々と頭を下げる。
『もう話は伝わっていたのね。』と思いながら、私も真面目な顔で、
「いえ、わたくしがこういった立場でなければ、このように大事になる話ではないのですが…。皇子、あの侍女と1度お話しいただければと思います。あの侍女の思いを…。」
そこまで言うと、皇子はそれ以上は、と言わんばかりに口に人差し指をあてて、
「姫。式直前で何かと落ち着かない状況のあなた様に、心を砕かせてしまうとは…、心から陳謝いたします。そして無礼を働いたあの者に対してまで、お心遣いをいただき、その慈悲深いお心に感謝いたします。」
「皇子。彼女は自分でしたことの大きさに気づいて、意気消沈していることと思います。早く行ってあげてください。私も皇子にお伝えしたいことがございますので、ここでお待ちしておりますね。」優しく語りかけると皇子は立ち上がり、
「分かりました…。失礼します。」と言って、再び手の甲にキスをして退室する。
その際ドアを開けたのは凱だった。私は少し複雑な気持ちで皇子を送り出した。




