【第9夜④ ~決別の為の宣誓】
ファータでは、私とエルフィー皇子の結婚に向けた準備が着々と進んでいた。
「莉羽。式の準備も進んでいるこの状況でこんな話はしたくないのだが…、次期王妃となるそなたの耳にも入れておかねばならない事態が起こっておる。」いつも笑顔で話しかけてくる父の顔は、いつになく真剣で、今から聞かされる事の重大さが伝わってくる。
「なんですの?お父様。」
「ああ、実はここ数週間前から、この星の5か国全てで失踪事件が起こっている。被害者はすでに500人を超えて、幼子から年配のものまであらゆる世代の者がいなくなっておるという。」父ファータ王が静かに話す。
私はこの件を聞いても動揺することはなかった。先のシュバリエの夢で、このファータから連れ去られたコーグさんの話を思い出したからだ。そして彼の言っていた黒いローブの男の話をするべきか考えるが、まだ早いと判断して黙っていることにした。
「お父様、この国の民は全て何かの能力を持っているはずです。にもかかわらず、何者かによって連れ去られたのですね?」すると王は不思議そうな顔をして、
「ん?莉羽。私は連れ去られたとは一言も申していないが…。」私は焦って、
「お父様、先ほど拉致って言いませんでしたか?」と誤魔化す。
すると呆れたような顔で、
「莉羽、わしは拉致とは一言も言っておらんぞ。大丈夫か?結婚を前に浮かれておるのか?」と半分にやにや、半分諫めるように話す。私は上手く誤魔化せたと胸をなでおろすが、会話に細心の注意を払わねばと肝に銘じた。
「この星の民の能力に個人差があるのは知っておるじゃろ。我々王族と平民では、能力に雲泥の差がある。国民の多くは能力があるといっても、微々たるものがほとんどだ。自らの身を守れるものがどれほどおるか…。」
この夢の中で私は、この国で生まれこの国で育ってきた。でも、ほとんど王宮から出たことがない。それは私の能力が、この星の歴史に類を見ないほど強大で、存在自体がこの星を支えているといっても過言ではないほどのものであるかららしい。もし、私に万が一のことがあった場合、この星自体が消滅する可能性もあるというのだ。そのため、力が完全に解放されるまで、王宮から一歩も出ることなく、生まれてこの方16年も、外の世界を知らずに守られ生きてきた。
未来のこの星を担う王女である私には、幼少期から、この星を学ぶための先生が何人も付き、平民の生活全般については、教科書を使って先生方が教えてくれた。しかし実生活を自分の目で見ることはまずなかった。
そういう事情もあって、国民の実生活に精通し、国民の人望も厚く、そして私の能力に匹敵するといわれるエルフィー皇子との縁談が持ち上がったのは、ごく自然な事だった。
「失踪事件の原因は分かっていないのですね?」私は父に尋ねる。
「ああ。私の能力をしても何も見えぬ。この事件を、誰かが意図的に起こしているのだとしたら、わし以上の力がある可能性が高い。とすると、この星にとって脅威だ。」
「この件、皇子はご存じですよね?」
「ああ、もちろんだ。」
「そうですか…。」そう言うと私は意を決して、今まで言えなかった思いを伝える。
「お父様。わたくしの思いを聞いてくださいますか?」
「どうした突然…。」意味深な言葉に動揺する王。
「私はこの国の王女として生まれ、強大といわれる力を授かった故、この王宮から出ることさえ許されない生活、運命を憎らしく思っておりました。私には友達という人もおりませんし、平民の同年代の子が、何に興味を持って、どんな生活をしているかなど、何1つ分かりません。
ですから、私は13歳の時、このままここで一生を終えることに絶望を感じ、この城から抜け出そうと試みました…。でもすぐに連れ戻され、たくさんの先生方に諭されました。私の存在が、どれだけこの星の人々の生きる支えになっているかということ、私の能力が、この星の存続にどれだけ必要なのかということ、そして私を支えるために、どれだけの民が尽力してくれているかということ。私がこの星に存在する意味を、改めて教えていただくことで、この星の人々のために生きていくことを決めました。
でも実は、今回の結婚については思い悩んでいました。この星のためと分かりつつも…、感情が許さなかったので。しかし先ほどの『失踪事件』の話を聞いて、私は固く決意いたしました。この国の王女として生まれた、私にしかできないことに力を尽くすと。それは、この星以来の最強の能力者と言われる私と皇子の力で、この星を、民を守ることです。ですから、ご安心ください。この難問を皇子とともに解決し、必ずやこの星に平和を取り戻して見せます。」熱意のこもった私の言葉に王は目に涙を浮かべながら、
「まさかお前が幼いころから、そのような思いを胸に秘めておったとは…。母を亡くし、わしが母の代わりもせねばと思っておったが…。わしは何1つ出来ておらんかった。すまなかった…。でも、そのように決心してくれたこと誇りに思う。ありがとう…。」そう言いながら、とうとうこらえきれず、目から大粒の涙を流し、私を抱きしめる。
「お父様…。」
私は父に、このように宣言することで凱への思いを断ち切る以外にこの気持ちを抑える手段はないと考えた。これしか、なかった。苦渋の決断だったが、国家間で決められた婚約を破棄することなど、もともとあり得ない事。ファータでの自分の役割を、夢であれ、何であれ、全うするしかないと、この行動に出たのだった。もう、2度と凱への思いがあふれ出すことが無いように、早く結婚の儀が執り行われることをただただ待つしかなかった。




