【第9夜② ~異色の瞳を持つ男~】
マグヌスが前騎士団長の邸宅に向かって数日。事件解明の手がかりが何一つないまま、国内の魔物の数が格段と増加していると報告が入る。各編隊で対処に向かうが、すべて討伐するには限界が近づいてきていた。
「魔物の出現が人の生活域に入りこんできている。拉致の件数は、1週間前に比べて1桁近く増加しているし、今後の対応をどうすべきか…。」フィンはどうにもできない状況にむしゃくしゃしている。
「この国に何が起きようとしているのかしら…。」アラベルが不安そうに話すと、ロイが、
「今できることを1つ1つこなしていくだけだ。マグヌスからの報告はまだか?」隊員に聞くと、詰め所の外から、
「報告、報告です!」
「おおっ、言った傍から来たね。」とフィンが待ってましたといわんばかりに部屋のドアを開ける。
「各地に配置されています編隊より報告です。」
「マグヌスではなかったか…。それでどうした?」少しがっかりしたような口調でロイが言う。
「今まで行方不明になった人たちが、それぞれの故郷に戻ってきたとの報告です。その数、150人余り。」
「何?」ロイは顔をしかめる。
「連れ去られた人たちということ?」驚いた表情で言うアラベル。
「はい。しかし…。」隊員の顔は曇っている。
「しかし、なんだ?」ロイが聞く。
「その者たちの全てが、以前戻ってきた1人と同様、記憶をなくしているそうです。」騎士団詰め所に緊張が走る。
「なんだと?」想定外の答えに皆、動揺する。
「連れ去られたショックで全員が記憶喪失になる可能性はないだろうし…、どういうことだ?」フィンは混乱しているようだ。
「それと…、戻ってきた者の中に、どこの言葉かわからない言葉を話すものがいるようで、その地区の遠征部隊でどのように対応すべきか、指示をいただきたいとのことです。」
「この国の言語は1つ。訛りがあったとしても分からないということはないはずだが…。それはどこの遠征部隊だ?」ロイがさらに顔をしかめる。
「はい、東地区のリブです。」
「わかった。我々は直ちにリブに向かう。その他の地区には、引き続き戻ってきた者たちの聴取を続けるよう伝達せよ。」
「はっ。」部屋を出て行く隊員。
「今の報告通り、事態が急変した。私たちはリブに向かう。直ちに出動準備に入れ。」
「はっ。」皆一斉に動き出す。
私と凱も新調したばかりのマントをまとい、出動の準備に入った。
※※※
私たちはリブに到着すると早速聴取に入る。私と凱も、この地域で戻ってきた人たちの聴取に入ることになった。
その隣の部屋では、ロイとフィンを中心に、異国の言葉を話す者の聴取に入ろうとしていた。
「こんにちは、あなたのお名前を教えてください。」フィンが尋ねると、男は困った表情で何も返すことができない。
「困ったな。ほんとに通じないんだね…。」すると、聞いたこともない言葉で、突然男が話し始める。
『ここはどこ?私はどうしてここにいるんですか?皆さん、どうして私の話が分からないんですか?家に帰りたいです。』泣きそうになりながら話す男。見た目は30代半ば、この国では見たことのないデザインの衣服に、朱色の髪。瞳の色は右目と左目で色が違い、初めて見る者は思わず見入ってしまうだろうが、ファータの王族以外の民は皆、瞳の色が違っているので、それを見慣れた私は何の違和感もなかった。
聞きなれない言語に少し面食らったフィンが、
「わかんないな…。ん~、文字も違うのかな?ちょっと書いてみるか…。」そう言うと紙に文字を書き始める。
【シュバリエ】
書いた文字を指さしながら、
「これ、読める?」と聞く。男はフィンの顔を見ているが、首を振るばかりで返事をしない。
「やっぱり文字もダメか~。」フィンは肩を落とす。
「どうしたものか…。」ロイが男の持ち物を見ながら呟いたところに、私と凱が部屋に入る。
「失礼します。隣の部屋にいるこの村の民は全員、自分の家だけ覚えているようで他は一切覚えていないようです。」凱が報告する。
「そうなんだ…。全員というところが引っ掛かるよね。なんなんだろう…。」フィンがお手上げ、という感じで手を上げる。
「この方ですか?他国の言語を話すというのは?」私は興味本位で聞いてみる。
「そうなの、でもやっぱり分からないのよ…。」アラベルも困った表情を浮かべている。すると、
『そちらの方も私の言葉が分かりませんか?』と異国の男が口を開く。
私ははっとして、凱を見る。凱も驚いたように私を見る。
『わかります。お名前を教えてください。』私がそう言うと、凱以外の者全員が皆驚く。
「莉羽。お前、言葉がわかるのか?」フィンが上ずった声で聞く。
『私の名前はコーグです!私の言葉がわかるんですね?あなたも…。』
「莉羽、どうしてわかるんだい?」怪訝そうな顔でロイが男の言葉をさえぎって聞く。
「ロイ団長…。なぜかは分からないんですけど…、わかるんです。」私は困惑した表情で話す。
コーグの言葉はファータの言語。ここでファータのことを説明するわけにもいかないので、そう答えるしかなかった。疑いの目で私を見るロイに、今まで感じたことのない冷たさを感じていると、私たちのやり取りを見ていたコーグが話し始める。
『おそらく私はここから遠く離れた国から、ここに迷い込んだと思います。私もあなた方が思っているのと同じように、あなた方の言葉が分かりません。でもあなたは分かってくれる。あなたは私の国ファータをご存じですか?』
『いいえ。ごめんなさい。でもあなた、記憶がだいぶ残ってるんですね?』仲間の手前、なぜ知っているのか疑われるのもまずいので、知っているとも言えず、ここではそう答えるが、それよりも彼に記憶があることに驚く私。
『私の国は全ての民が多種多様な能力を持つ国で、その中でも国王一族は、強力な能力を持っています。そして王は、その力を国民の平和に使ってくださる。どの国の王もそれを最大の使命としていて、その中でも1番の力を持つファータの王が、全5か国を、実質ほぼ統治している状況です。近々、ファータの姫様が、結婚するとか?しないとか?で、どうやらその相手は私の国ジークの皇子らしくて…。またそれが、このお方は類を見ないほど強大な力を持っていて、姫の持つ力と皇子の能力で私の国はこの先も安泰だと皆、話しています。私は結婚のお祝いをするための準備の品を、前もって隣町に仕入れに行くところを…。』突然、恐怖で顔が引きつるコーグ。
『どうされたんですか?』
『黒いローブを着た男が突然目の前に現れ…。そのあとのことは覚えていません。気づいたらここにいました。』よほど怖い思いをしたのだろう、顔が青ざめている。
『そうでしたか…。』
黒ローブの男…、私が過去いじめを受けた事件の先導者と、ハルトムートのお姉さんを連れ去った人と同じじゃない?真相に近づくための一歩には違いないけど、一体何者なんだろうと考えていると、
「何か聞けた?」フィンが期待でいっぱいの顔で聞いてくる。
「あっすみません。この方は…。」必要な情報だけ伝え、いらない情報は省いて伝える。
「黒ローブの男か…。ハルトムートの姉上の事件と共通するな…。何者なのか情報を集めねばならぬな…。ところで、なぜこの者は他の者に比べて記憶があるのか聞いてみてくれ。」先ほどの表情とは打って変わって穏やかな面持ちで聞いてくるロイ。
「はい。」私はそういうとコーグに向かって話し始める。
『コーグさん、あなたと同じように連れ去られた人たちは、皆、記憶が無くなっているのに、あなたにはどうして記憶があるんでしょうか?』そう言われたコーグはしばらく考えてから、
『わかりません。…でも考えられるのは…私の国ではみな新しい年を迎える際、毎年国王からご加護を受けます。国王は1人1人に加護を施され、私は先ほど話した皇子のご加護を受けました。あのお方の御力は本当に偉大なんです。それ以外には心当たりは…、ないと思います。』
『そうですか…。そんなにすごい力をお持ちなんですね。』エルフィー皇子の顔を思い出しながら言うと、コーグは自信に満ちた顔で、
『はい。』と答える。
私がファータで結婚しようとしている皇子にそんな力があるなんて…。と、また考え込んでいると、フィンが急かすように、
「なんだって?」と聞いてくる。
「コーグさんの国の皇子のご加護ではないかと。この皇子の力は絶大で、人望もあり、国民から愛されるような素晴らしい方のようです。」
「加護…。その強大な力というのも気にはなるが…。それもなかなか信じがたい話ではあるな。」ロイが少し考えてから話す。すると、
「とりあえず、この人がどこの国の人かわかるまで王宮で保護するとしよう。」フィンが言う。
「じゃあ、そのように伝えますね。」私はその旨、彼に伝える。すぐにファータに帰ることが出来ないことに少しがっかりしたようにコーグは頷き、
『また来てくれますか?話が通じる方が他にはいないようなので心細いです…。』
『わかりました。顔出しますね。ほかに聞きたいこともたくさんあります。その皇子のこととか…。』皆に分からないのを利用して皇子の情報を得ようと微笑みながら話すと、彼も笑顔で、
『皇子は本当に素晴らしい方です。ファータの姫様とのご結婚までには私もジークに帰りたいです。』
『早くその方法が見つかるといいですね。では、また会いに来ますね。』にこっと笑ってそこを出る。
すると先に出ていたロイが、
「何を話していたんだい?」探るような表情で聞く。
「早く国に帰れることを願っていますとお伝えしました。」と冷静に笑顔で答える私。




