【第9夜① ~記録・記憶の抹消~】
眠りの先は、再び騎士団の国シュバリエ。
ハルトムートの姉の拉致事件を解明すべく、騎士団長ロイはまず、事件が起きたと思われる年の記録を確認するために、記録が残された王立所蔵庫に行く。そこは、この国の全ての本、資料、武器、道具などが収められており、ここに来ればこの国の歴史が全て把握できるほどの宝物が集められた、この国の財産と言っても過言ではない、貴重なもので埋め尽くされている。それだけ価値のある物が収められているだけに、厳重な警備を要する。そのため騎士団詰め所のすぐ隣に建てられ、周りには護衛が常に5人は常駐し、警備を固めている。過度と思えるほどの警備のおかげで、有史以来、この所蔵庫からは何も盗まれたものはないとのことだった。
ロイは、その当時の記録を所蔵庫から移動し、全て詰め所で確認する。その年の記録は分厚い資料5冊分もあり、皆で手分けして該当する事件を探し出そうとするが、なかなか見つけ出すことが出来なかった。全ての記録に目を通し終えたのが、その日の深夜であったが、結局そのような記録は残っていなかった。
「ハルトムート。確かに前騎士団長に、その事件について話をしたんだよな?」フィンが確認する。
「もちろんだ。相手が相手だけに、騎士団の力なしに姉を救い出すことは難しいって、すぐにここに来た。」ハルトムートは冷静に答える。
「ではなぜ、記録が残されていないんだ…?」ロイは、ハルトムートの言葉が真実であるならば、なぜ前騎士団長が記載しなかったのか疑問に思う。
書類を一冊一冊確認していたアラベルが突然、
「ちょっと待って!これ…。」
「どうした?アラベル!」とフィンがアラベルの見ていた資料を覗き込む。
「これが…、どうしたんだ?」フィンは何も気づかないようだ。
「この時期の書類だけ、微妙に素材が違うの…。よく見ないと違いが分からないくらいに類似してるけど…。」アラベルは考えこむようにして、その資料をみんなに見せる。
「普通、後世まで残す資料は、サイカの木を紙にして作るんだけど、この資料だけサイカじゃないの。」
「どうしてわかる?」ロイが聞く。
「サイカは紙になった状態で、コスという薬液をつけると緑に変化するんだけど、この資料だけ色が変わらない…。」
「すり替えられたというのか?」マグヌスが呟く。
「まさか…。ここの警備は厳重なはずだ。外部のものが侵入するなどあり得ない…。」頭をもたげ考えこむロイ。
「この王宮は、王の御力による結界が張られ常に守られている状態だ。王が王宮を離れると、その力がなくなるため、その際は<結界の石>の保有者である司祭が、王の代わりにその力を代行する。だから王宮は常に守られているはず。しかも、王はこの何年もこの王宮から出た記録がない…。」フィンが資料を片手にいつもより静かな声で話す。
「ということは…まさかこの王宮内の人間が…?でも、ここの警備は厳重だ。内部の人間でも、普通に出入りできるものでないと、すり替えるなんて不可能だ。」
「前騎士団長の可能性が高いということか…?」フィンはロイの顔を伺いながら言う。
「一番避けたがった事態だ…。だが、ハルトムートの話によると、前団長は、その事件をまともに取り合おうとしなかったとの事。そこも不可解だ。記録は規則において、担当の者が残しているはずだが、それをすり替えられるのは…、数人しかいない。」常に冷静沈着なロイは、いつになく落ち着かない様子で窓の外を見ている。
「団長…。」マグヌスが言いかけると、振り向いたロイは、
「ああ、頼む。彼は腕の立つ人だ。気を抜くなよ。」とマグヌスの肩をたたく。
「ああ、わかってる。任せてくれ。」そういうと部屋を出るマグヌス。
その日の夕刻、彼と彼が率いる特任部隊は前騎士団長の邸宅に向かって馬を走らせていた。
マグヌス一行は、次の日の昼過ぎには前騎士団長の邸宅に到着していた。しかし、そこはすでに、もぬけの殻。おそらく何年も前からこの邸宅には人が住んでいないことがすぐにわかる。玄関のドアは壊れ、窓ガラスが割れ、家中にツタが蔓延ったその家に、人が住んでいる気配は微塵もなかった。2階に上がると割れた窓からツタが伸び、足の踏み場を探すのに苦労するほどだったが、
「ここまで荒れ果てているし、おそらくここには何も残されていないだろう。だが念のため調べるぞ。」
マグヌスは部下に指示を出し、家中捜索に入る。家の中はどこもかしこも、すでに荒れはて、どの部屋も何もなくがらんとしていた。初めに入ったのは、リビング。置いてあるのは割れたカップや、食器、ボロボロになったテーブル、収納棚など。特にこれといった違和感はない。次々に部屋をまわっていくが、どの部屋も同じように、手がかりになるようなものは何も残されていなかった。
「ここ3、4年以上前から住んでいなそうだな。」マグヌスが言うと、
「隊長!棚と壁の間にこんなものが…。」2階を捜索していた隊員の一人が駆け寄ってくる。
それは、銀製の宝飾品のようだが酸化が進み、全体が真っ黒になっていて一見、石のようにも見える。それを見たマグヌスが顔をしかめながら、
「大分古いものだな…。」
「ロケット型のペンダントでしょうか…?」
「ああ、そのようだ。開けられるか?」
「そうですね。何とか…。」そう言って団員がこじ開けると、中に髪の毛が入っている。
「これ、どうします?持って行かれますか?」
「ああ、念のため。」マグヌスはそう言うと団員からそれを受け取って、
「他に何か手がかりになるような物は無かったか?」尋ねる。
「はい、これといって…。」
「そうか…。とりあえず、ここの捜索は別動隊が戻ってくるまでとしよう。彼らが戻り次第、城に戻る。」
「はっ。」隊員は再び邸宅内の捜索を始める。
※※※
「マグヌス隊長!」別動隊が馬を走らせ戻ってくる。
「ご苦労だった。それで何かわかったか?」
「はい、前騎士団長ですが、ハルトムートの姉上の事件から数か月後、西地区のバハードに広大な土地を購入した記録が残されていました。その数年後に騎士団をやめて、家を構えた後、1人で出かけたまま行方不明になったとか、魔物に襲われて死んだとか…、他にも様々な噂があるようです。町の情報屋でさえ、それ以上の事は分からないと…。」
「なんだって?本人はもうこの世にいない…?それでは真相がつかめないかもしれないということか…。それでその西地区とは、まさかあそこではあるまいな?」
「はっ、はい…。そのまさかでして…。『魔の山と言われるアジュール山』の麓だというのです。」
「きな臭いな…。魔の山か…。」
「よし、ではお前たちはこのまま城に戻り報告してくれ、私は先に魔の山に向かう。頼んだぞ!」
「え?応援を呼ばずに行かれるのですか?それは危険すぎるのではないでしょうか?魔物の巣窟とも言われ、入ったものは誰一人として帰ってきたことのないと言われる、曰くつきの場所ですよ。」隊員は顔を引きつらせながら言う。
「大丈夫。無理なことはしない。周辺の偵察に行くだけだ。心配するな。」
「いやしかし…。」
「これは命令だぞ。」マグヌスが笑いながら言うと、隊員はその笑顔にマグヌスの絶対的自信を感じ、
「そうですね。マグヌス様ですものね。大変失礼いたしました。」笑顔でそう返す隊員。
「では、頼んだぞ。」そう言い残し、颯爽と馬を走らせるマグヌス。
マグヌス率いる特殊部隊は2手に分かれ、マグヌスと数名の隊員が魔の山に向かい、その他は王宮へと馬を走らせた。
「あなたはなぜあれをここに置いたのですか?」半獣の若者は地上を見下ろしながら主人に尋ねる。
「面白いじゃない?あの子がこれをどう使って進んでいくか…。見物だわ。」不敵な笑みを浮かべる主人の冷酷さに、自分の身をも案じる従者の感はあながち間違ってはいなかった。




