【鍵を握る青い結晶】
莉奈の病状悪化、凱をあきらめる事で泣き腫らし、眠りに落ちた私だったが、その間に見たファータの1件はさらに私を苦しめる。
起きたのは翌日の昼過ぎだった。部屋から出ることも億劫になり、自分の部屋で1日を過ごす。昨日の凱との会話を聞いていた母が、私を心配して何度となく部屋の前まで来ている気配を感じる。凱と両親が莉奈の様子について話す声がリビングから聞こえるが、莉奈は眠ったまま、まだ目を覚ましていないようだ。
何も考えたくない。これからずっとあの2人を見て、自分が嫉妬に押しつぶされてしまうのが容易に想像できる。そして、その感情を抱えたまま生きていくんだと思うと、人間としておぞましく、醜い存在になってしまうようで怖くてたまらない。
『ああ、何にもしたくないし、考えたくもない…。いっそこのまま、消えてしまいたい。もう夢も見たくない…。夢は夢なんだから、何もそこまで悩む必要ないはずなのに…。私の夢っていったい何なのだろう。他の人もこんな夢を見てるのかな…。ああ、もういやだ。』
ベッドに寝転んでごろごろしていると、昨日の夢がリアルに思い出される。
『それにしても、昨日の夢はいつになく感情の起伏が激しかった…。夢で疲れるってほんとにどういうこと…?』
凱との思い出したくもないやり取りが頭を巡り、また気が滅入る。
『もっと楽しい夢が見たいな。せめて夢ぐらい幸せでありたい。』
そう思いながら、ふと飾り棚に目をやると、昨日凱が部屋に入ってくる直前、蒼く光る何かに気づいたことを思い出し、棚に近づく。
『えっ?』
私はそれを2度見する。間違いない…。これは、メルゼブルクで凱にお守りとしてもらった結晶だ!でもなんでここに?これは夢でもらったもののはず…。
そして、夢だと断定して捨て去ったはずの別の記憶が蘇る。凱がメルゼブルクで落馬した私の怪我を現実で知っていたこと。夢を共有しているような違和感。失恋のショックで断片的にしか把握できていなかったことが、点と点を結んだように明確になる。
この事実に心底怖くなった私は、また処理したはずの3つ目の違和感を思い出す。
【現実でも起きている、大量拉致事件】
夢の中で起こっていることが現実に起きている。多くの人々が消える事件。夢で負った怪我こと、凱から夢の中でもらった結晶が、現実に残されていること。何度考えてもおかしい。これはどういうこと?夢と現実がリンク?もしやと思ったけれど、そんなはずはないと整理した記憶…、いや、まさか…ん?待って…、でもファータでは拉致事件の話は出ていなかった…。やっぱり夢は夢に過ぎない?
考えてもわからない…どういうこと?
私はゴールのない迷路をあてどなく彷徨い、カギを握る凱に真偽を問いたださなければ真相はつかめないのだと改めて感じる。
※※※
それからしばらく私の頭の中は堂々巡り…。拉致の開かないこの状況に、
『夢が現実?そんな馬鹿な…。とにかくニュースをもう一度確認するのが先決だ』
先日のニュースをネットで見返す。ここ2週間余りで1万人近くの人が突然消えている。
さっきまで一緒に仕事をしていた同僚が…。
授業中の子供たちが…。
家族が…。
日常から突如消え始めた。この前例のない怪奇的大量拉致事件に、政府も同じ事件が起きている他国同様、対応に手間取っているとのこと。
私はこの理解できない状況に目まいを感じ、その場に座り込む。
すると無意識に目に入ってきた蒼白く光る結晶を、凱から受け取った経緯を思い出す。
『メルゼブルクで魔獣との戦いの最中、凱の魔力が1段階解放されたときにあらわれた。』
凱はこう言っていた。これは間違いなく夢の中の事だ。現実にあるはずのない結晶。これがここにある…この事は何を意味するのか?考えても考えても、結局答えなんてわかるはずもない…。
今思えば、この時の私は結論の出ない問題を繰り返し繰り返し考えることで、どうにも癒えぬ失恋の痛みを紛らせようとしていたのかもしれない。
考えては振り出しに戻るような状況の中、部屋の中をぐるぐる回っていた私は、何気なくその結晶に触れてみる。その瞬間、今まで見た夢が全て突如フラッシュバックする。
騎士団と盗賊の戦いで、自分が怪我を負ったあの夢…、いや…もっと以前から見ていた夢。
シュバリエの家の前に捨てられた時からの記憶。両親に愛された日々。凱との生活。そして続くのは、メルゼブルクで私が生まれたその日からの出来事すべて。初めて魔法を教わったあの日。王宮で私たち姉妹とクラウディス、凱の4人で遊んだ日々など、メルゼブルクでの生活すべて。ファータの地に王女として生まれ、教育され、毎日素敵なドレスで着飾って、ヴァランティーヌとまるで姉妹のように過ごした日々。すべて、私が見てきた夢が次から次へと頭の中に浮かんでくる。
それらの夢は、つい最近見始めたわけではない。ずっと昔から見てきた夢だ。ただ、それを現実では【忘れていただけ】。また夢の中に入れば、何の違和感もなく順応することができた。ただ高校入学とともに、夢に現実性が帯び、私の実体験の記憶のように、目覚めてからも鮮明に覚えているようになったことを理解する。
今までの全ての出来事を思い出すとともに、体も緊張で強張り、背中がずきずきと再び痛みだす。怪我…。そう…これも、腕も胸も全て確かに夢の中で負った怪我。
それとどうしても説明のつけられない事。それは、
『俺がお前を守るって言ったのに…ごめん。こんな怪我を負わせて…。』という凱の言葉。
凱は夢の中で負った怪我を、現実で自分のせいだと謝罪した。
ファータでも疑問に思ったことだが、改めて今までの出来事と合わせて考えてみると、私の頭の中に「あり得ることのない」1つの仮説が生まれた。今度は全ての状況や事実から目をそらすことなくたどり着いたもう一つの仮説…。
【私の夢全てが現実で、そして凱は私の夢を共有しているのではないか?】
真剣に一つ一つの出来事と向き合い、導き出した仮説だが、やっぱりあまりに現実とかけ離れていることに気付き、プッと吹き出す私。
『凱とのことがあって現実逃避したいのはやまやまだけど…、馬鹿な考えはよそう。』
そう思いながらも何かが引っかかって、その蒼い結晶を見つめるが何の変化もない。
『漫画とかアニメの世界だとこういう時って、だいたいこの結晶が光ったりするんだけどね…。そんなわけないよね。』
と考えながらも期待して、しばらく見つめているが結局何の変化もなかった。
「残念…。」ふざけて呟くが、私の心の混乱は、『単なる夢』と『全てが現実』の両方でかき乱され、なかなか落ち着かせることができなかった。




