【第3夜① ~悲劇の始まり~《加害者の言い分》】
「整列!点呼をとるぞ。」
「はい!」(皆)
「訓練生15班、点呼はじめ。」隊長の声が響く。
「1,2,3,4,5,6,7,8,9,10…、11。」
「全員いるな。よし、では訓練始めるぞ!」
「はい」(皆)
私はこのシュバリエ騎士団訓練生15班、本来なら10人編成のおまけの11人目、女性で初めての騎士団見習いとなった。身体能力が10代後半男性平均をはるかに超える筋力、持久力、俊敏性等、比較する全てにおいて優れており、その為10人で構成される班の、女ながらにおまけの一人として入団を許可された。
一方凱は、私を優に超える能力と、冷静な判断力を持ち、おまけに仲間から絶大な信頼を得ていることもあり、未来の騎士団長と噂されるほどだ。私は、夢の中で兄設定の凱に誇りと尊敬の念を抱いている。そう感じるのは、凱の類まれな能力だけだはなく、凱が私を本当の妹のように、大切に接してくれていることも大いに関係している。
そう、私と凱はこの世界では兄妹設定ではあるが、本当の兄妹ではない。私は生後間もなく、凱の家の玄関前で発見され、凱の両親に保護された。まだ乳飲み子である凱を育てていた凱の両親は、瞼の間からうっすら見える私の瞳の色を見ても恐れず、自分の子として育ててくれた。というのも私の瞳の色は、この国で最恐の、実在したと言われる悪しき王「ガゼルバイド」と同じ真紅の瞳だった。
この国において、赤目の人間は突然変異でもないと、生まれることはない。私はこの【稀代の殺戮王】と呼ばれるガゼルバイドの生まれ変わり、悪魔の申し子ではないかと恐れられ、その為、私を本当の家族のように育ててくれている凱一家は、数えきれないほどの嫌がらせといじめを受けてきた。と、噂好きなこの村の村長の妻から聞かされた。
当時13歳の多感な時期に入っていた私には、その話の衝撃はあまりに大きく、立ち直るのにかなりの時間を要した。家族だと思っていた両親、凱が自分の本当の家族ではないこと、それを部外者から突然聞かされたこと、そして今まで私のせいで様々な嫌がらせを受けてきた、両親、凱の気持ちを思うと、胸がぎゅっと締め付けられるのだった。
『なぜ家の前に捨てられた赤子を拾っただけなのに、こんなに辛い、苦しい思いをしなくてはいけないんだろう。赤目の子なんて拾わなければよかった。』と思っているに違いない。凱にしても、友達からどれほどむごいいじめを受けてきたか…。考えれば考えるほどに、自分の運命を恨んだ。自分の生い立ちを呪いながら日々過ごしてきた私だったが、私の超人的な運動能力が少しずつ解放され始め、その噂が村中に広まると、いよいよ悪魔が復活したと、いじめはいつしか暴力に変わり、ますますエスカレートしていった。
そして、それまで大人たちがしてきたいじめが、学校においても横行するようになった。自分の親をはじめ、大人が平然といじめや暴行を行っていれば、子供たちは何の疑いもなく、同じことをする。親の偏見が子供の価値観や行動にどれだけの影響を与えるかなど、自分が常に正しいと唱える者たちには一生かけても分からない事なのだ。
『この子の超人的な能力は、瞳の色が物語っているように悪魔の血を引いているから…、ならばこの悪魔を排除しよう』と。
それまで友達と思ってきた子たちが、最初は小さな嫌がらせを始め、そのうち知らない子までもが、私の近くに凱がいない時を狙って、見えない場所を殴ったり蹴ったりしてくるようになった。私が両親に言いつけないのを良い事に、陰湿ないじめが当たり前になっていったのだ。私の特異な力を持ってすれば、仕返しは容易くできたものの、家族に迷惑だけはかけたくない一心で、黙ってその暴力を受け入れていた。
『なぜこんなひどい目に合うのか?私は何か悪いことをしてきたのか…。ただ赤い目で生まれてきただけなのに…。誰か教えて…、誰か私を助けて…。』私はこの村に住んでいる限り、いや、この星にいる限り、おそらく同じような扱いを受けるのだろう。この世界における私の希望は、生まれた時点ですでに無かったのだろう…。そう思うしかなかった…。あとは、私の心がどこまでもつか…。私の未来は、暗く悲しいものだった。
しかし、その状況がある転校生が来たことで、いじめの状況も、私の考えも変わっていく事になる。その子の名前はドリー。転校初日から、私に積極的に話しかけ、友達になろうと言ってくれた、明るく活発な女の子だった。でも、私は自分と一緒にいることで、ドリーにも被害が及んでしまうのではないかと心配で、極力離れるようにしていた。しかし、彼女は人並み以上の洞察力があり、私のいじめもすぐに勘づいていたにも関わらず、私を一人にしないようにしてくれているのがすぐに分かった。私は、自分に対するいじめを考えると、ドリーやその家族に、想像以上の被害が及ぶだろうと、その日の帰りに事情を打ち明けた。
「ドリー。あなたはもう分かっているみたいだけど…、私はこの村では悪魔のように扱われているから、そんな私と一緒にいることでドリーと家族に万が一の事があったら…、そうなって欲しくないんだ。ドリーが友達になろうって言ってくれた時は本当に嬉しくて…、涙が出たけど…。お願いだから、私に近づかないで。こんな事、本当は言いたくないけど…、もし何かあったら…。」私が夕日を背にしながら、頭を下げると、彼女は真っ赤に染まった顔で、私に勇気を与えるように力強く話す。
「莉羽、状況は少し見ているだけで、すぐに分かったよ。あいつら自分が正しいって思ってるから、平気に何でもやってくる…。でもさ、あいつらの何が正しいの?私には意味が分からない。ただ、莉羽の瞳の色が赤い。その事に何の非があるの?ガゼルバイドの生まれ変わり?証拠は?って、言って、どうせ誰一人答えられないくせに…。親がそう言ってるし、親もいじめをしてるから、自分たちもやって良い、なんて思ってる馬鹿どもが多いんだよ。私は莉羽の事、そんな風に思ってないし、私の家族も理解してくれると思うから…、そんな事言わないで!せっかく友達になったんだから、楽しもう!」そう言って、私の顔を覗き込んでにこっと笑い、
「ほら。」そう言って手を差し出す。私は差し出された手に気付き、ゆっくり彼女の顔を見る。
「新しい友情の始まり。ねっ!」彼女は屈託のない笑顔で笑いかける。度重なるいじめのせいで、人間不信に陥り、冷え切った私の心がじんわりと温かくなっていくのを感じた。私は、『この手は取って良いんだ』と、自分の手をゆっくり差し出し、固く握手を交わす。そして無意識に彼女を名を呼んでいた。まるで、その名を心に刻むように…。
「ドリー。」私はこの時、こんなにも心を震わせるような心温かい人と出会えたことを、夢の中の出会いといえ嬉しく思った。ドリーは涙でいっぱいの私の顔を見ながら、
「こんな状況で、よく一人で頑張ってこれたね。もう大丈夫だから。私がいる。」そう言って、頭と背中を何度も撫で、気持ちが落ち着くまでそうしてくれた。
ドリーにかけられたこの言葉は、その後、私と出会う仲間に、幾度となくかける言葉になるとは、この時の私はまだ知らなかった。
私はドリーの優しい手を感じながら、何とはなしに、ある本の主人公を思い出す。題名とか、内容とかははっきり覚えていなかったが、
「ねえ、ドリー。ドリーって、あの本の主人公に似てるね。女の救世主。世の中の悪い奴をぜーんぶやっつけて、人々に平和をもたらすって、あの本!知ってる?」私が聞くと、ドリーは嬉しそうな顔をして、
「知ってる!あの女救世主様、かっこいいよね!実は…、私の憧れなんだ!ああいう風に、悪い奴らをやっつけて、世界を平和にしたい!って、小さいころから夢見てる。恥ずかしくて言えなかったけど。」ドリーは、赤く染まった顔をさらに赤くして言う。
「恥ずかしくないよ!ドリーはもう、私にとってかっこいい救世主だよ!ドリーの言葉でどれほど救われたか。一人じゃないんだって、そう思えた。強さをもらったんだよ!ほんとに、ありがとう。これからよろしくね!」ドリーはうんと頷き、晴れやかな笑顔で腕を組んでくる。私は嬉しさで胸がいっぱいになり、泣きそうになりながら歩を進める。
出会ったばかりの今日この日。固い絆で結ばれた私たち。今日もたくさんの人々の生を照らした夕日が、今まさに沈もうとしている最中、それは私たちの友情をさらに輝くように赤く染め、私は晴れやかな気持ちで家路につく。
帰宅してから私は、今日の出来事を振り返る。彼女と出会うまでの私の心は常に、理不尽ないじめに対する悔しさ、家族に迷惑をかけてしまっている悲しみ、そして虚しさでいっぱいだった。心が潰れそうになるというのは、こういう事なんだと初めて知った。何をしていても、心が重く、息苦しく、震えが止まらない。何かに追い込まれるような緊張状態。心臓の鼓動もはっきりわかる。こんな状態では、通常の生活もままならないのだと…、その時、私は初めて実生活のいじめ問題について考えさせられた。
実際にいじめを受けている人たちは、常にこんな気持ちでいるのではないかと…。守ってくれる人、支えてくれる人がいなかったら、きっと自殺という最悪なことまで考えてしまうかもしれない。自分は今までいじめを受けたことはなかったが、夢の中でさえ、こんなにも耐え難い状況であるのに、実生活で、もしいじめられたら…、心はどうなってしまうか…。私はこの夢を通して、絶対に自分がいじめをすることも、加担することもしないと心に誓った。
そして気付く。現実世界でのいじめのニュースの何と多い事か…。原因の多くは、被害者側の非がない。加害者側の一方的な思い込みや気分、親からの刷り込み…。対話の少ない状況も…。それによって年間、多くの人がその尊い命を失っているのだ。
このシュバリエでのいじめの経験から、自殺を身近なものにしてしまういじめが、どれほど非道で、残酷、凶悪なものであるかを知り、せめて自分の周りの人には、誰一人としてこの思いを味わってほしくないと…、常に笑顔でいてほしいと感じるようになった。
そして、夢と現実の自分が精神的にリンクし始め、どちらの世界においても、人を大切にしたい、弱きを助け、悪に立ち向かう思いが強くなったのは、この頃からなのだと、いま改めて感じる。
ドリーと友情を分かち合ったあの日から、私はこのシュバリエで一番楽しい時期を過ごす。いつも教室で独りぼっちだった自分を受け入れてくれる友達。そして、彼女と共に笑い、喜び、経験し、全てを共有できる幸せを感じながら、学校生活を送れるようになった。
でも、それは嵐の前のつかの間の幸せに過ぎなかった。
ドリーが転校してきてから2か月ほど経ったある日、凱がたまたま早く学校に行くからと、別々に登校したのだが、そんな日に限って事件は起きる。私は突然10人近くの同級生に囲まれ、今は使われていない、村はずれの古い小屋に連れていかれる。そして、目隠しと口を塞がれている状態で、聞きなれた声を聞く。そう、いじめの主犯格、カレンの声だった。
「友達が出来て調子に乗ってるところ悪いんだけど、村中の人たちが、あんたのその赤い目が、怖いんだって。その目で見つめられると、魂を持っていかれるんじゃないかって、あんたに見られたくないって。だからね、あんたのその目を潰してやろうって話になったの。私は悪魔の申し子って呼ばれてるあんたから、この街を守る救世主。分かる?私は救世主だから正しいことをするのよ。だから、恨まないでね。」
カレンがニヤッと笑いながら、私の耳元でそう囁くと、小屋の扉がばたんと大きな音を立てて開く。小屋にいたカレンの手下たちは驚いて、小屋の奥の方に下がろうとするが、それがドリーだと分かると、
「みんな、こいつも縛り付けて。」とカレンが指示を出す。ドリーは身軽に逃げ回るが、相手の人数の多さには勝てず、捕まってしまう。
「くだらない事はやめなさいよ。あんたたち、自分たちがどれほど人として最低なことをしてるか、分かんないの?」ドリーが叫ぶと、
「こういう正義のヒーロー?ヒロイン?気取りの奴っているけど…、自分の間違いに気づかないものよね。ああ、可愛そう。自分が常に正しいって勘違いして、害にしかなってないの。あんたも矯正してあげようかしら。ふふ。
まず、この正義のヒロインちゃんを先にを片付けましょう。そうすれば、この悪魔は自分のせいで、大切な、大切なお友達が不幸になっていく様を、その赤目に最後に焼き付けることが出来るでしょう?
ははは、ドリー。あんたのおかげで、より悪魔を地獄に落とすことが出来るわ。来てくれてありがとう。」そう言ってカレンは、自分を睨みつけるドリーに目隠しをする。
両手足を縛りあげられている上に、目隠しされ、口も塞がれた状態の私たちは、これから何をされるのか、全く分からず、死の恐怖を感じる。ドリーは初めこそ、声をあげたり、抵抗して何とかロープを外そうと体を動かしているようだったが、身動き一つ難しい事を把握したのか、気配も感じられなくなってしまった。
ただ、カレンの手下が何かごそごそと動いている音だけが聞こえる中、私は予想通り、ドリーを巻き込んでしまったことを後悔し、目隠しの布に涙がしみ込んでいく。
『ごめんなさい、ドリー。謝っても謝り切れない…。誰か助けて…、凱!』私は涙を流しながら、ただただ祈り、
『お願い、凱。来て!』声にならない声で叫ぶ。
すると、【バタン】大きく扉が開く音が小屋に響き渡る。