愛する男の甘い嘘~唯一の救いの手~
『彼がまさか、既婚者だったなんて…。私は心が張り裂けそうな思いで、彼との出会い、彼との会話、彼の優しさ、彼の温もりを思い出していた。
彼は最初から優しかった。私を美しいと言ってくれた。私を胸に抱いて、優しく微笑んでくれたあの顔、あの瞳に嘘、偽りはなかった…。彼が私をまっすぐに見つめ、囁いた言葉を信じられたからこそ、私は彼に全てを捧げたのだ。彼が私をだますはずなんてない。彼が私の生きる理由に…、とまで言ってくれた。そこまでの思いを持つ彼が、私をだますなんて…、そんな事をするはずがない。そうだ、何かの間違いだ。
私は気を取り直して何とか立ち上がり、顔を上げる。すると目の前に、店から家に入ってきた父と出くわす。
私はその目に、全てを悟る。それは、憐みの目。うら若き愛娘が、地位も名誉もある年上の男に騙され、傷ついた…、それを憐れみ、悲しみにくれる、そんな目だった。私は、その目に現実を知り、頭から血の気が引くのを感じ、そのままその場に倒れこんだ。
その後の私の記憶はない。私の元にラーニー様が現れる前までは…。
私は階段で倒れた後、廃人のごとく、何とか生き延びていたらしい。
※※※
それから数週間後、その日は何かに引き寄せられるかのように、店に出ると言い張る私に、母は違和感を覚えたらしい。そんな体でまた倒れるのではないかと、家族の心配をよそに店に立つ。
その日の午後、店に黒のローブを着た男が現れる。ラーニー様の意を汲む男だった。私はその場で黒い石の力を与えられ、そのままその男についていく決断をすることになる。生きる希望も何もかも失い、空っぽだった私の中に、ラーニー様の崇高な目的は一瞬にしてインプットされ、私はそれを受け入れたのだ。
それからエデンまでの記憶はない。一瞬の出来事だったとその後莉奈から聞くが、愛する人に騙された私の心の傷は、深く、黒く、渦巻き、ラーニー様の手によってしか、救われる道がなかったのだと思う。
※※※
弟のハルトムートが、私が連れ去られた事件を騎士団の元に届け出るが、その時それを受理したのがダズフードで、彼が自分の保身の為に、受理した書類一式を破棄した現場もラーニー様に見せてもらった。
私のダズフードへの思いは、愛から復讐へと完全に切り変わったのはこの時からだろう。
私はその後、彼をゆすることになる。




