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【第8夜⑤ ~現実と3つの夢の世界~】

 その後、私が泣き崩れていたのは言うまでもない。政略結婚…王女として生まれてきたからには当然の事…。でもこの夢の記憶は、現実ではほぼ覚えておらず、私にとっては降って沸いたような、突然の結婚話だった。今の時代では到底想像もつかない政略結婚に、戸惑わないはずがない。しかも失恋直後の…。


 心が落ち着くまで、ヴァランティーヌは私の傍を離れなかった。本意ではない結婚をする、私の逃れられない運命を思ってくれるのは、10年以上仕える、時には身分の壁を越えて本当の姉のように接してくれる、この人だけだ。先ほどの話の「夢の君」にしても、彼女にとっては、政略結婚から逃れるための私の苦し紛れの「嘘」に思えただろうが、それでも私の心中を察し、しっかりとその思いを受け止めてくれた。


「ヴァランティーヌ、ありがとう。あなたが私の侍女でいてくれて、神様に心から感謝したいわ。」

その言葉を聞いたヴァランティーヌの目が潤んでいる。そして、

「幸せになってください。姫。」と、泣き腫らした私の顔にやわらかいタオルをあて、

「いつもの美しいお顔で参りましょうね。」と、涙を拭い、やる気に満ち溢れた表情で、

「さあ、本領発揮しますわよ!ここが私の一世一代の腕の見せ所。その…、見るに堪えない泣きはらしたお顔をいつも通りの…、いやそれ以上のお顔に仕上げます!」そう言うと、腕まくりをして、私の顔をこねくり回してやろうと言わんばかりの勢いを見せる。その鬼気迫るヴァランティーヌの様子に、私は慌てて鏡を見ると…、なるほど確かにあの美しい皇子には、到底見せられない顔であることにショックを受け、

「ひどい顔…。ヴァランティーヌ、あなたの力でこの腫れた顔、完璧に仕上げて!」と縋り付くように言うと、

「もちろんでございます。お任せくださいませ!とさっきから申し上げておりますよ!今の今まで、寝不足でクマが出来ようが、むくんでどうにもならないような、ひっど~い顔であろうが、私はあなた様を、いつもの美しいお顔に仕上げてきましたわよね?」と、少しむっとした様子も見て取れる表情で話す彼女に、

「そうでした。いつもの通りよろしくね!」そう言って、無言で3秒見つめあって、私とヴァランティーヌは大笑い。

「さあ、気合入れますわよ~。」私は、こんなヴァランティーヌが心から大好きだ。


 それから30分後、ヴァランティーヌは有言実行の女性であることを改めて思い知る。あんなに泣き腫らして、誰にも見せられないようなとんでもなくひどかった顔を、自分で言うのもなんだが、いつも通りの素晴らしいクオリティにしてくれた。


「ありがとう!ヴァランティーヌ!!!」

私が抱き付くと、彼女は心からの笑顔で私を送り出してくれた。


 王、皇子と私、3人の晩餐では、結婚を前提とした話、日取りや結婚後の住まいの話、子供の話などが話題に上がり、夢の中とはいえ、具体的に進んでいく自分の結婚に私は困惑するばかりだった。その部屋の隅に控える凱の姿も、私の席からよく見えるのも困惑の大きな要因の1つで、さっきと同様、その微妙な表情も、全て皇子に見透かされているような気がしてならなかった。


 私の心だけが中途半端に置き去りにされているかのように、父とエルフィー皇子の間で婚姻の話が進んでいく。私は作り笑顔をしつつ、取り残された疑問に頭を巡らしていた。この夢を見る前、私と凱が現実の世界で確認したのは…、メルゼブルクで負った落馬の傷。凱はその傷を自分のせいだと謝っていた。凱は私の夢を共有しているのか…、もしくはそこにいたのか…。


『もしメルゼブルクが現実世界の1つだとすると、シュバリエもこの世界も現実の可能性がある…?この夢も現実なの?』


私は落馬の怪我を確認する。すると朝まで激痛が走っていた場所に、何の違和感もなくなっていることに気づく。


『えっ?怪我が治ってる?』


 もしこの世界が現実だとすると、怪我はまだ治っていないはずだ。それなのに無いということは…、頭が混乱して私はその動揺にナイフを床に落としてしまう。


『確かに着替えの時に、ヴァランティーヌは怪我の場所について何も言わなかった。ということは、その時点で怪我が治っていたということ?そんなに早く治るわけがない…。』


父と皇子がナイフを落とした私に驚くが、余程話に夢中なのだろう…。その後も2人は結婚の話で盛り上がっていく一方だった。私は少しうつむいて、


『八方ふさがりか…。もう後戻りできない。』


婚約破棄なんてありえないことを確認し、政略結婚に覚悟を決める。それでもなお、自分の心の揺らぎを感じつつ、4つの世界についての考えをめぐらす。そして1つの結論に至る。


この時の私は、到底説明のできない事実はさておくとして、自分に都合のいいことだけをかき集めて処理したかったのだろう…。今ではありえない仮説を立てていた。


『今まで夢に出てきた3つの星の出来事は、現実であるはずがない。凱の発言、行動は全て偶然?の出来事であり、何ら疑うことではないと…。でなければ、この国の王女であり、エルフィー皇子と結婚する私が、メルゼブルクにおいてクラウディスと結婚することはできない。宮國莉羽という1人の人間が、同時進行的に4つの人生を歩むことなんてあり得ない。もし全てが現実だとしたら…、魂のバグ?いたずら好きな神様が、私の魂を弄んでいるはず。私の魂を使ったお遊びをしているだけなんだ』と。


自分の疑問の有り得ない着地点を見出した私は思わず『ふふっ』と笑みをこぼす。そんな私に気づいた皇子が、


「どうされました?姫。」と尋ねてくる。


私は微笑んで、

「何でもありません。この世界においての私は幸せだなと…、そう思っただけです。」


皇子は初め、キョトンとした顔をしていたが、直ぐにいつものように微笑んで、

「何よりです。」と言ってグラスを持ち、父の方を向いて、


「ファータの偉大なる王、本日はお招きくださってありがとうございます。今日という、何とも素晴らしい日に、私はこの星の永久の平和を誓います。」そう言うと、ファータ王である父と、この上ない笑顔で再びグラスを交わす。



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