【第8夜④ ~政略結婚の狭間で~】
部屋に戻ると私は予想通り、ヴァランティーヌの質問攻めにあう。晩餐会とまではいかないが、王と私と皇子の3人の食事会のためにドレスを替え、メイク、髪のセットに余念がないヴァランティーヌだが、手は休めることはなく、あっという間に支度を終えることが出来た。しかし、彼女の質問はほとんど私の耳に入ってこなかった。それには理由があった。
「姫、エルフィー様とどんなお話をされたんですか?」
「姫、エルフィー様はどんな香りがしました?」質問の嵐はなかなか止まない。
「ねえ姫様、聞いてます~?」最後は少し怒っている。
「あっ、ごめん。聞いてなかった…。」
どこか心此処にあらずで元気のない私に気づいたヴァランティーヌが、
「どうしたんですか?あんなイケメン皇子と2人っきりの時間を過ごせたというのに、上の空だし、ため息ついてるようですし…。何か心配事でもおありなんですか?」さっきとは打って変わって、心配そうな表情で私の顔を覗き込む。
「姫様らしくないです…。何かあるのでしたら、お話しください。わたくしはあなた様に12年以上お仕えしてるんです。悪い癖ですが、いつも姫様は自分1人で抱え込んで…。こんなわたくしですが、少しくらい頼っていただきたいです。」悔しそうに話すヴァランティーヌ。
物心ついた時には傍にいて、私にずっと仕えてくれている彼女。私を本当の妹のように、いつも優しく導いてくれた大好きな人。ヴァランティーヌなら話してもいいのかもしれないと意を決して、
「ヴァランティーヌ、私の気持ちが間違っているのか教えてほしいの。」と真面目な顔で話す。
「本当に姫様らしくない、深刻な顔をして…何事ですか?どんなお話でもお聞きしますよ。」とニコッと笑いながら、目の前に椅子を移動して、
「失礼しますね。」と言って座り、聞く気満々なヴァランティーヌ。
「実は私…、庭園でエルフィー皇子から熱烈プロポーズされたの。」頬を赤らめて話し始める。
すると目をきらきらさせながら、
「はい。それで?」食い気味なヴァランティーヌ。
「ちょっと、なんか変な期待しすぎ!」と言うと、彼女は真剣な顔に戻して、
「はい。それでどうされました?」だが、期待にデレる顔を何とか保とうとしている。
「正直、私はこの国で、この城の男性以外と話したことも、接したこともないわ。だから全く恋愛経験がない私だけれど、実は…。」
「実は?」興味津々に、
「夢に出てきた方に恋しているの…。」しばらく、ふんふんと静かに聞いていたヴァランティーヌだが、突然、
「えっ?ひっ、姫様、どういうことでしょうか?」慌てふためくヴァランティーヌ。
「おっ、落ち着いて、ヴァランティーヌ。ごめんさい。突然変なこと言いだして…。」
「いやいや、ほんとです。姫様、何をおっしゃってるのか、私には意味が分かりません…。でも、最後までおっしゃってください。わたくし、なんでも受け止めますので…。」そう言う彼女の顔はひきつっている。
「ありがとう、ヴァランティーヌ。それでね。私は夢の中の男性を愛してしまっているんだけど、これはかなわぬ恋とは分かっているから、どうこうしようなんて思っていないわ。ただどうしようもなく彼を愛している私が…、恋心もない別の男性からプロポーズされて、
『ありがとう、じゃあ、結婚しましょう!』
って、なるのはその方に対して失礼じゃないかと思うの…。だって皇子は私?のことを5年間思い続けてくれたのよ。そこまで純粋に思ってくれる方を騙しているようで…。しかも皇子の想い人は私ではないと思うし…。」と困惑していると、しばらく考えた後に私の頭を撫で、優しい声で、
「姫。あなた様はご自分に嘘が付けない方でいらっしゃいます。国同士で約束された、政略結婚であることは分かっていらっしゃる。そして皇子と結婚する未来は見えていて、そのお相手である皇子は、姫を溺愛されている。でも、姫は心から想う方がいるので、そんな気持ちのまま結婚する事が皇子に対して申し訳ない気持ちで、そんな気持ちのまま結婚する事は失礼だ、ということですね?しかも皇子の想い人が姫様ではないという何かしらの確信もお有りということ…。状況は受け入れられるけれど、気持ちが受け入れられない。その狭間で悩んでいらっしゃる…。」
「ええ…。いつも私の話を聞き流しているくせに、こういうのはしっかり聞いてくれるのね、ヴァランティーヌ。」
「こんな一大事。聞き流したり、聞き逃したりなんて、さすがの私には出来かねます。まあ、それは置いておいて…。厳しいことを申し上げることをお許しくださいますね?姫。」
「ええ、もちろん。」
「姫が夢の中の君をどれほど愛していらっしゃるかは分かりません。でも、この結婚は国と国との問題ですし、この国の王女としてお生まれになられたからには、果たさなければならない「宿命」なのです。
現状、皇子は姫様に想う君がいらっしゃることはご存じないかと思いますが、ご自分を姫が好いていらっしゃらないとお分かりなはずです。なぜなら、遠い過去に一度しかお会いしていないとの事で、姫ご自身は、その時を覚えていらっしゃらないとお伝えしたのですよね?でしたら、何の問題もございません。
姫は、悩むことなくあのお方の胸に飛び込んでよろしいのです。」
そう優しく諭した彼女は立ち上がって、後ろから手をまわし、まるで小さな子供を抱きしめるように私を包んだ。私はその手に自分の手を重ね、
「ヴァランティーヌ…。」
私は一度大きく深呼吸をしてから、
「どうかしてたわ。皇子のお気持ちと私の心の温度差がありすぎて…。夢の中の君を忘れられない後ろめたさも…。そう、でもあなたが言う通り、私はこの国の王妃になるのだから…。国を、国民の運命を背負っていくのですものね。そもそも私の気持ちがどうこう言える問題ではなかったのよね…。本当にどうかしてるわ…。王妃となる覚悟を決めなきゃね。」
自分で気づいていなかったが、その時の私は、自分に言い聞かせるように、震える声で話していたのだろう。ヴァランティーヌはより強く私を抱きしめた…。




