破壊神③~救われた命の意味~
意識を取り戻さない彼女を、寝食も忘れ枯れはてるほどの涙を流しながら、必死に看病する日を何日も過ごした…。
彼女が身を投げた崖の高さは50mほど。普通に考えて、助かるはずのないこの命だけでも何とか繋がっていることを、柄にもなく神に感謝する日々を過ごす。実母からの虐待を受ける中で、神への希望など疾うに捨て去っていた自分の中に、いまだ神が存在し得ている事に驚きを感じながらも、私はただただ祈るしかなかった。その末、夢にまで見たことが現実となる。彼女が目を覚ましたのだ。
私は1人じゃない…。彼女を失えば、再び孤独な生活に引き戻されることになる。彼女が意識を取り戻したことでその恐怖から解放されたと、喜びで涙が溢れた。
しかしその一方で、彼女は天井を見つめ絶望しているように見えた。おそらく死ぬことで、自分を穢した私との地獄の日々から解放されると思っていたのだろう。しかし、その思いが叶わなかったのだ。結局また諸悪の根源である私の元に戻ってきてしまったショックから立ち直ることなど到底難しい事だと、この私でさえも分かる事だ。でも、後に知ることだがそれは違った。
彼女は私に陵辱された精神的ショックと崖から落ちた際のショックで記憶を失っていたようだった。
そして、この全て何もかもが私の大きな勘違いであった事が、この後世界を揺るがすほど計り知れない大きな悲劇を生むとは、この時の私は想像すらしていなかった。
言い訳になるのかもしれないが、単にこの時の私は何も知らなかった…。だから仕方のない事なんだと後に自分に言い聞かすことになる。
※※※
その後の彼女との会話の行き違いから、彼女が記憶を失ったと思っていた私は、泣いている私の涙を手で拭ってくれるその優しさに、私の犯した罪の全てが許されたように感じてしまっていた。
「なぜ泣いているの?」と尋ねる彼女に、親の愛さえ知らない、ましてや人とのコミュニケーションとは無縁な生活をしてきた私は、彼女が助かって嬉しいとの思いを素直に伝えることができず、
「わからない。」と一言だけつぶやく。すると、彼女は、
「かわいそうな人ね。」と言って、私の頬に優しく手を当てる。幼き頃、母の手が自分に伸びた時は、ほぼ100%殴られていた私にとってその手の温もりは、初めて感じた「人の温かさ」そのものであり、一生忘れることはないだろうとまで感じるほど温かいものだった。
それから10日後には彼女は起き上れるまでに回復した。それまでは食べることもやっとだった彼女が、快方に向かってからはよく食べるようになった。それでも完治はせず、まだ看病は続いていたが、その間の私たちの会話といえば、まだ数えるくらいしかなかった。それからまた数週間経つと、彼女は完全に元の生活ができるまでになった。
思い通り体を動かし、私の手を借りず生活できるようになると、自然に私たちの間にも会話が生まれ、生活の役割分担も当たり前のように出来始めた。私は食料の確保、彼女は洗濯や家事一般を担うようになり、その日も私はいつものように狩りの為に家を出る。
しかしその日、私は彼女が崖から身を投じた日からずっと心に引っかかっていた事を試そうと、彼女には家を長時間開ける旨だけ伝え、家を出た。丸一日家を空けることで、彼女がどう行動するか…自分が長時間出かける間に、彼女が好機だとまた逃げるかどうかなのか…。私は彼女が記憶を失ってるようだと思いながらも、自分の事をどう考えているのか…という不安を、その罪の重さから、あの日以降ずっと拭えずに抱えていた。隙あらば逃げ出したい。そんな気持ちを持っているのではないかと…。彼女の私への思いを試してみようと思ったのだった。
怖かった。もし家に帰って彼女がいなかったら…、またあの幼いころ感じていた孤独と絶望を味わうのではないかと…でも半面、家で私を待っていてくれるという望みも持ってはいけないと思いながらも…、持たずにはいられなかった。
そうこう考えているうちに日暮れの時間になった。私は重たい気持ちのまま家へと帰った。おそらく彼女はいないだろう…。




