破壊神②~その罪~
私は母親のおっぱいをせがんで泣く弟の姿を一瞥し、家を出た。両親は気づいていたはずだが、出ていく私を引きとめることはしなかった。
車が走る音も、鳥が鳴く声も、セミの声も何もかも私の耳には聞こえなかった。この世界は無音だ。いや、音だけではない。全てが無だ…。自分だけ、何も持っていない。皆が当たり前に感じるはずの愛情も、それを与えてくれる両親でさえも…。そう何1つ…。そう感じた私はその時まだ5歳だった。
私はその後あちこち転々とした。家出と悟られないように、人目のつかない場所に身を潜めた。街中での食事はすべて残飯。洋服は人の家に忍び込んで盗んだものを着まわした。川で体を洗い、必要なもの全て、盗んで手に入れる毎日。行動は暗くなった夜間に行い、人と関わることが無いよう隠れて生活した。全ては家出とばれて、あの女がいるあの家に返されないための手段。だから、何1つ嫌なことはなかった。家こそが私の地獄。家以外は全て、私にとっては天国だった。
それから何年たっただろう。私の背丈も普通の大人と同じくらいになった時には、山での自給自足の生活をしていた。木を伐り、自分の手で家を作った。食料は狩りや採集の生活。文明とはかけ離れた生活の中、私は孤独だったが幸せだった。
あれはおそらく私が10代後半ほどになった頃だろう。山に迷いこんだのか、切り立つ崖の上から辺りを見回す1人の女を発見する。人里離れた山奥にまず人が迷いこむことなど無く、私がこの山で生活するようになって初めて人を見たような気がする。木陰からこっそり隠れ見た自分と同じくらいの年齢の女に、母親とは全く違う「女性」を初めて見たような、そんな感覚を味わった。
その女はとても美しかった。肌も透き通る様に白く、その柔らかな体つきに私は…、得体の知れない初めての感情を覚える。気付いた時には私はその感情を行動に移していた…。
私はその女の背後から近づき…、女を羽交い絞めにする。その恐怖に驚き、何とか振りほどこうとするその女の両手を、持っていた紐で拘束し…、私はその女をその場で犯した。女は最中、ずっと泣き叫んでいた。いや、泣き叫んでいただろう。私にはそんな声は聞こえなかった。自分のその得体の知れない欲求のまま、何度も何度も私は彼女を自分の思うがままに扱った…。
私はそれから時間さえあれば、無我夢中で女を抱いた。女は泣きながらその度に抵抗した。でも私にはそんなのお構いなしだった。私の気持ちさえ晴れればよかった。女の気持ちなんてどうでもいい。私さえよければ…と。
そんな日が何日も続いていく中で、次第に女は食事を摂らなくなり、毎日空を見つめては涙を流していいた。そして、その眼には徐々に生気がなくなっていった。
ある日、私がちょっと目を離したすきに女は逃げた。私は必死に山の中を探し回った。女が行きそうな場所を全て回るがどこにもいない。その時突然、私の脳裏にある不安がよぎる。
私は次の瞬間、ある場所に向けて死に物狂いで走り出していた。私が女を犯したあの崖の上。そう、女が自殺を図るのではないかと…。
その不安は的中した。崖の上に到着した私が見たのは…今まさに崖から身を投げようとする女の姿だった。私は女を引き留めようと再び力の限り走り出す。
「行くな!」私の必死の叫びに驚き振り向いた女だったが、無情にも女の足はすでに宙を舞い、悲し気な目から一筋の涙が光り…、私の視界から一瞬にして消えて行った。私は絶叫する。
その時、頬を生暖かい液体が落ちていくのを感じた。
涙だった。
私の目からあふれ出る涙は止まることはなかった。実の母からの度重なる虐待の中で泣くことを忘れていた自分に、まだ涙が存在していることに驚き、同時に、私自身がその女を失ってしまった事に不安と寂しさを感じている事を、皮肉にもその何年振りかの涙で確認する。そして自然に口から言葉が漏れる。
「死なないでくれ…。私を1人にしないでくれ…。」




