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【混乱と狂乱の渦へ~さよなら愛しき人~】

 次から次に、連続して起こる想定外の事態に、頭から血の気が引いていくのを感じながら、なんとか部屋に戻った。


 カーテンを閉め、棚に飾ってある、凱と撮った小さい頃からのたくさんの写真を伏せていく。そして、そのままベッドのわきに座り込み、呆然と天井を見る。私の心はもう何も感じないのか空っぽになっていた。ふと言葉が漏れる。


『何が何だかわからない…。もう何でもいい…。どうでもいいや…。』


無音の室内に自分のすすり泣く声とため息だけが響く。


『生まれてから発病するまで、ずっと私を可愛がってくれた莉奈。どんな時も、


「莉羽は私の宝物。だからずっと一緒にいようね。」と頭を優しくなでてくれた莉奈。そんな優しい莉奈の事が、私は大好きだった。発病してからは、極力外部との接触を避けるようにと、直接会うことも難しくなり、その生活が始まった当初、「私に会いたい」と泣く莉奈のわめき声が聞こえ、それを聞いた私も「莉奈に会いたい」と泣いて、両親を困らせた。


 そんな強い愛情で結ばれた莉奈の余命を宣告され、そして私の最愛の人である凱を、その最愛の姉莉奈のためにあきらめなければならないこの状況。』


 何も考えられない、何も考えたくない、このまま消えてしまいたい、この体が何も残さず消えて無くなってしまえばいいのに…。泣きはらした目は、触らなくても腫れ上がっているのが分かる。ブス、馬鹿、人でなし…、最低な自分にはこんな言葉が似合う。


 命の危機にある莉奈にでさえ、凱を一瞬でも渡したくない、人間として最低だと。こんな最低最悪な…私なんか、この世に存在しなければいいのに…。マイナスな事ばかり考える。プラス思考の塊だったはずの私が、こんな状態になるなんて…。どうにもならない負の感情のスパイラルに、心が壊れ始めようとしていた。


 それに追い打ちをかけるように夢の中の2国、シュバリエ、メルゼブルクと、現実のここアースフィアでの拉致事件の一致、耐えがたい感情、応えきれない周りからの要求にパンクしそうな自分に、先ほどまで落ち着いていた私だったが、再びしゃくり上げるように泣き始める。


『お父さんとお母さんにこの気持ちを気づかれてはいけない…。余命僅かの莉奈のために、私が我慢しなくちゃいけない…。私は凱のことを好きでいちゃいけない…。私はいつも元気でいなくちゃいけない…。』


考えれば考えるほど、自分がどれだけ多くの呪縛でがんじがらめになっているかに気づかされる。


 カーテンの隙間から、夏のギラギラとしたまぶしい日差しが差し込んでいる。その光までも弱った私の心を突き刺してきそうな錯覚を覚え、カーテンを閉め一切の光を遮断する。私の心は、一切の光も許さないこの部屋のように暗く沈んでいた。


 不安定な情緒の激しい波を、沈んでは浮かび、沈んでは浮かびを繰り返す中で、私は何とはなしに、さっき伏せた写真立ての方に目をやる。するとそのすぐそばで、蒼くぼんやり光るものが目に入ってくる。私は引き寄せられるかのように、その光に近づく。


「えっ?これは…。」と私が無意識に声を出した瞬間、

「莉羽!」と窓から凱が入ってくる。私は驚き、その場にしりもちをついて、立つことができない。

「何?どうしたの?勝手に入ってこないでよ。」突然入ってきた凱に、泣き腫らしてぐしょぐしょの顔を見られないように必死に隠しながら言うと、

「お前…。泣いてる…のか?」心配そうな顔で聞く。

「何でもないよ…。凱には関係ない。」私の心はとうに折れかかっているが、その姿を見せまいと、強がって両手で近づく凱を遠ざける。しかし、凱は私の両手を押さえ、

「俺の目をちゃんと見て。莉羽、ちゃんと…。」凱の声は心なしか震えている。私はその声の震えに驚き顔を上げる。そこには今にも泣きそうな凱の姿があった。


「凱…?」


私はうつむいた凱に問いかけるように話しかける。凱は、ゆっくり顔をあげ、涙目になりながらも優しくほほ笑む。その切ない笑顔に、私の心の緊張の糸が完全に切れ、泣き崩れる。


「ごめん、凱。私、もう耐え切れない。凱はずっと守ってくれるって言ってくれてるのに、もう…、限界みたい…。」嗚咽がこみ上げ、呼吸もままならないほど号泣している私を包み込むように抱きしめる凱。


「莉羽。お前が謝るなよ…。俺が守るって言ったのに…。ごめん。辛い思いをさせて…。しかもこんな怪我を負わせて…。」


そう言って、私が落馬の際に負った怪我の場所を見ながら凱が言う。私は驚きのあまり、凱を再度両手で遠ざけ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃな顔で問い詰める。


「なんで?なんで…怪我のこと…知ってるの?さっきニュースでやってた事件といい…。なんなの?どういう事?夢は現実…なの?」凱は動揺する私の言葉を無視して、私の腕を引っ張り、より力強く、そして優しく抱きしめる。私は凱のいつになく切ない表情から、この胸の温かさを、この先二度と感じることができないことを悟り、抱きしめられるがまま自分を甘やかす。そして、聞きたいこと、話したいことを二の次にして、凱の胸に溺れる。


 凱は、心身ともにボロボロな私に、「ごめん」と呟きながら、私の前髪をそっと上げ、そして頭に唇をあてる。それからしばらく私たちは無言で同じ時を過ごしていた。


 どれくらい時間が経ったのだろうか…。凱は手をほどき、ドアを開け部屋を出ようとする。私はここにいてほしいと引き留めたい気持ちをグッとおさえ、凱を見る。凱は窓に足をかけ、少し時間を置いて振り向く。私は凱のその悲痛の微笑みを…、今でも忘れることが出来ない…。その表情が全てを物語っていた。


『終わった…』


私はその場にしゃがみ込む。抑えきれない涙もそのままに、ただ茫然と天井を見上げる。


『これは凱なりの区切りの儀式だったんだ』と悟る一方、この恋の終焉を意味するものだと自分に言い聞かせるにはまだ時間がかかった。


莉奈の部屋のドアを開ける音が聞える。私は目を閉じ、耳をふさぐ。


この空間との関わりを一切断つための私なりの精一杯の行動だった。


階段で私と凱の会話を聞いていた母は忍び泣き、父にもたれ掛かる。



「眞守人との決別が今後どう影響してくるか…。今は見守る以外に為す術はないのか…。」


地中奥深くで世界の流れを見守る最高魔導師ザラードは、思わぬ事態に困惑の色を隠せない。

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