伊関先生②~現代のねずみ小僧~
「凱…。何してるんだよ…?え?お前、まさか…。」いぜっきーは突然目を見開いて天を仰いだかと思うと、すぐさま机に肘をつき頭を抱える。
「多分、先生のご想像のとおりですよ。ジークヴァルトの名前を知っているのは、ごく限られた人間だけですからね?」ニヤッと笑う凱の顔は、今まで見たことのない別人の顔だった。
「どういうことなの?凱。」私は何が起きているのか理解できない。私以上に何の話をしているのか全く分からない玄人は、話を聞く事すら諦めているようだ。
「ちょっと、早く教えてよ、凱。」私はしびれを切らし凱を問い詰める。
すると凱は、パソコンの画面を指さしながら、
「これ。いぜっきー。」
そこにはブラック企業といわれる、とある企業に関する事件の新聞記事が載っていた。
「ああ、この事件って…、ここ最近話題になってる、残業代とか、休日手当とか、ちゃんと出さない企業の資金を引き出して、代わりに社員にその分の給料を正規に支払ってあげたっていう、現代のねずみ小僧って呼ばれてる人の記事だよね?その正体は謎に包まれているって…。ええっ?まさか、そんな!」私の動揺っぷりに凱はにやりとほほ笑んで、
「そう、その【現代のねずみ小僧】ってのが、いぜっきーってこと。」
「はあ?」事をようやく理解した玄人が、目が飛び出しそうな勢いで驚いている。
「しっ!それ以上話すな!」いっぜきーは脂汗をハンカチで拭きながら、凱を睨みつけている。
「凱…。なんで分かった?」いっぜきーは声を落として、パソコンを凱から静かに取り返す。凱はいっぜきーの隣の椅子に座って、
「鉄壁のいぜっきーのパソコンに侵入しただけですよ。」凱はそう言って、先生の手から再びパソコンを取り戻すと、おもむろにキーボードに打ち込み始める。その速さとしなやかな手の動きに魅了される私達。
「なんだ、こいつの手は…。」玄人は呆気にとられ、口をぽかんと開けたまま、閉じる事を忘れているようだ。その隣で、凱の打ち込む様子を見ながら、さっきまで興奮して真っ赤な顔をしていたいぜっきーの顔が、徐々に蒼ざめていくのに気づく。
「ここまでガードしてるのに、いとも簡単に…。」いっぜきーも驚きを隠せない。
「これは先生の仕事の一部に過ぎない。でしょ?他にもたくさんあるんですよね?ジークヴァルトさん。」凱は、いっぜきーの顔を覗き込むようにして聞く。すると先生は、はっとして、ゆっくりと凱の方に顔を向ける。
「あ、ああ。この他にも…。」先生はそう言うと気落ちしたように頭を下げて、それ以上口を開けることができない。凱はそんな先生の様子を見て、
「先生。また連絡します。ちょっと仕事を頼みたいんで。先生にしかできない仕事です。」
そう言うと凱はおもむろに立ち上がり、
「先生史上、最高にワクワクする仕事を依頼するんで…、よろしくお願いします。」
凱はにやりと笑って職員室を出て行く。私たちは全く状況が飲み込めないまま、凱の後に続くしかなかった。




