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【第2夜 消された記憶 】


 「おい、おきろ!おい!いつまで寝てんだ!」

私を起こす、凱のいつもの声。まだ開かない目をこすりながら、私はゆっくりと体を起こす。

『ああ、またここか…。』私はこの場所を知っている。この設定も分かっている。ここは私の夢の中の世界の一つ。私はここで現実と同じ16歳。そしてなぜか?凱の妹という設定らしい…。

「おはよう。凱。今日は何の訓練?」

「今日から真剣を使っての訓練って団長が言ってたな。まあ、莉羽はもちろん、腕立て100×3セット、腹筋背筋が100×2セット、王宮内周20周終わってからだけどな!」

「え~?それは毎日あるんだ…マジか。」私はショックで肩を落とし、

「つまんないよ~!私も初めから剣の訓練したいのに…。」と嘆いていると、

「お前はまだ見習いだからな。とりあえず、支度してすぐに降りて来いよ。」凱はそう言うと、階段を駆け下りていく。

「りょーかい!」私は一階にも聞こえるような大きな声で返事をして、着替えを済ませる。


 ここは王制国家シュバリエ。国土の70%は山地や丘陵地で、北部には火山地帯、南部は湿地帯が広がり、手つかずの未開拓の地も多く残っている。しかしその土地のほとんどに、魔物が生息し、人々の生活圏はかなり狭い範囲に限られている。土地を開拓できれば、農作物の生産も増加し、食料の供給に問題はないはずなのだが、魔物の生息地を避けて農業、狩猟を行っているため、土地は痩せ、決まった動植物の乱獲による生態系の破壊が広がり、ここ数十年でその影響と思われる災害が、多々起きている。国民の多くは農耕や畜産などで生計を立てているため、その年の気象に生活が左右され、生活困窮者の数が急激ではないにしろ、増加傾向にあることは間違いない。国政として、王は魔物討伐のため騎士団の増員と強化に尽力しつつ、この10年で織物、工芸品、武器等の産業の発展に力を注いで、雇用を増やす政策も実施しているが、目に見えた成果は上がっていない。


 前述したように、この国では古くから騎士団により治安が守られ、近年大きな暴動、紛争などは起きていないのだが近年、その土地の権力者による、農民への過重労働の強制、詐欺や搾取などが横行し、それに伴う恨みや憎悪の殺人などの事件の収拾の為に、騎士団の多くが出動しているのが現状である。これらの問題が、産業の発展により人々の生活が大きく変わろうとしているのを阻害している。そんな矢先、魔物の数が急激に増え始め、ここ数か月で人々を連れ去るという事件が多発している。今まで比較的平穏な世界を護ってきた騎士団は、日々慌ただしい活動を余儀なくされ、それに属する私と凱も、訓練に加えて、魔物の調査に多くの時間を費やすことを強いられていた。


 支度が終わり階段を降りると、母の作った朝食のいい匂いが食欲をそそる。

「おはよう、莉羽。今日も凱に起こされて…。そろそろ自分で起きないとね。」母はちょっとあきれ顔だ。

「ははは~、そうだよね…。」私は笑ってごまかす。

「そうだ、俺だって朝は忙しいんだ。自分で起きろ!」凱も少し怒ったように見せて、呆れて笑っている。

「はい、ごめんなさい。凱。」私も応じてしおらしい言葉と裏腹に、べ~っと舌を出す。

「それはそうと…、一昨日いなくなったっていう花屋の娘さんは見つかったの?」母が不安そうに尋ねる。

「隣町に、結婚式用の花を納品しに行ったっていうお嬢さんかい?」洗面所から出てきた父が尋ねる。

「ああ、まだ手がかりも何も見つからなくて…、難航してるよ。ところで母さん、今日はその隣町に行く日じゃなかった?」凱が尋ねる。

「そうなんだけどね、今回の事件があったから延期してもらったの。」

「こんな時だからね、延期にして正解だよ。母さん。」

「莉羽が騎士団見習いじゃなくて立派な騎士になったら、莉羽に護衛してもらいたいわ。」母はそう言って、ほほ笑みながら私の頭を撫でる。

「うん。私がお母さんのこと絶対守る!」そう張り切って力こぶを作る私に、

「お前の今の力じゃ、いつになる事やら…。」凱はぼそっと呟く。

「はっきり言ってくれるならまだしも、そんな風に言葉を濁すように言われると、ほんとにショックなんですけど…。」私がほっぺたを膨らませて言うと、凱はちょっと楽しそうに笑っている。

「ほらほら、もう、凱は莉羽をからかわない!」母が間に入ると、凱は急に真面目な顔で、

「お前はこのまましっかり訓練を重ねて行けば大丈夫。俺が言うんだから間違いない。って、ロイ団長も言ってくれてるから大丈夫なはずだ。」と団長の真似をしながら言う。その感じが、半分ふざけているようにも見えて、イラついた私がブーブー文句を言っていると、

「お前って、ほんとにからかい甲斐があるな。」と言って、にこにこ笑っている。

「もう~、そういうのやめてよ!凱!」私が凱の腕を叩くと、

「ははは、冗談。大丈夫だよ。お前の実力なら…。お前は俺を信じて励め。しっかりついてこいよ。」と言って、私の頭をポンポンとする。


 それは、凱が私に対してお兄さん風を吹かせるときに、必ずとる行動。私は現実でも夢の中でも、凱の「大丈夫」という言葉と頭を「ポンポン」とされる事に安心と自信を貰っている。どんな時でも力をくれる、この2つを受け止めて私は、

「うん。」と頷く。すると、それを見た母がにこっと笑って、

「今日もうちは賑やかね。朝から二人に笑顔をもらって…、お母さん嬉しいわ。でも…、ほんとにこの辺りも物騒になってきたから、二人とも気を付けるのよ。」出来たばかりのお弁当を包んでくれる。

「は~い。」私はそう言って、愛情たっぷりの、女子にしてはかなり大きく団員からもドン引きされている大きなお弁当を持ち、玄関で手をあわせ、

「今日もいい日になりますように…。」二人揃って家を出る。


【コンコン】

毎朝のルーティン。窓を開けるとそこにはいつもの凱の笑顔。

「おはよう。凱。」私は両腕を上げて体を伸ばす。

「おはよう。よく眠れた?」凱はそんな私を見て、少し笑いながら聞く。

「うん。なんか…いっぱい寝たのかな?すっきりしてる。」

「よかった。ちょっと腕見せて。」私の腕をグイっと引き上げて、何かを確認する凱に、

「何よ~。朝からセクハラはんた~い!」私はきっと睨んで、少しむっとした感じを見せて言うと、少し困惑した凱が、

「セクハラって…、それはないだろ。確認だよ。確認。」見終わると手を離す。

「何の確認?」

「何もなければ、よし!じゃ、いつもの時間に!」凱は逃げるように窓を急いで閉める。

「何よ~。気持ちが悪い!」私はゆっくり窓を閉め、さっきの凱の行動に違和感を覚える。

『なんだろ、凱…。腕がどうかしたのかな。』私は自分の腕を見て、

『今日もすべすべ絶好調~』と鼻歌を歌いながら制服に着替え、神棚に朝の挨拶をする。

「今日も一日頑張ります。良いお導きをよろしくお願いします!」私は一礼して、玄関で靴を履きながら、

『全く凱ってば…、確認って、何なのよ。ほんとに意味わかんない…。』私は凱の行動の理由を知る由もなく、ぼやいて玄関を開ける。


 教室に着くと佑依が心配そうに近づいてくる。

「おはよう、莉羽。具合大丈夫?」

「え?何が?」きょとんとしている私に驚き、

「いやいや、莉羽さん。昨日あなた、早退したじゃない!」佑依が、私の様子に動揺した感じで言う。

「?」何のことか分からない私に、

「なに、きょとんとしてるのよ。って、おいおいまじかっ、どうした、莉羽?」佑依が、一人あたふたしていると、凱が遮るように私たちの会話に入ってきて、

「はいはい、佑依。莉羽は、昨日帰ってから寝すぎて…、昨日の記憶ゼロなんですよ。」そう言うと、佑依がびっくりしたように、

「え~?どんだけ寝たの?幸せじゃん。莉羽っぽい。」笑って言う佑依に、

「え?何それ?ほんとに私、早退したの?」すがるように聞くと、さらににやにやしながら、

「ほんものだわ~。え?じゃあ、怪我は?」重ねて聞いてくる。

「怪我って?」

「腕、怪我してたじゃん。莉羽~、しっかりしてよ~。」そう言われて両腕を見てみるが、何もなっていない。真顔になった佑依が急に、

「どんだけ治癒力高いの…ってか、怪我の跡もないじゃん…。まあ、良かったよ。痕が残らないで済んで。」と言った後、私の後ろに立っている凱の表情を伺うのがわかった。そして、突然焦ったように、

「…ごっ、ごめん。なんか、私の勘違いかな~。あっ、私ったら委員会の仕事があったんだ。行ってくるね~。」佑依がそう言って、そそくさと教室を出る。

『この違和感何だろう。朝の凱の様子といい、佑依の様子といい…腕の怪我って何?私、記憶をなくしたの?』不安に襲われている私の様子に凱が、

「授業終わったら話そう。だから今は気にするな。」凱はそう言うが、気にならないわけがない。でも凱を安心させるために私は、

「うん…わかった。」と言って、次の授業の教科書を取り出す。その様子を見届けてから、凱は教室を出ていった。


【トゥルルルル、トゥルルルル】

「もしもし、凱?どうしたの?」

「すみません、突然。佑依が昨日のことを莉羽に話して…。」

「えっ?佑依が?効かなかったの?分かったわ…、今から取り掛かるわね。莉羽は、大丈夫?不信に思ってるでしょ?」

「ええ、そうですね…。すみません、授業始まるんで、よろしくお願いします。」

「ありがとう。」電話を切った母、莉月は、少し考えて、周りを確認した後、何やら呟き手を合わせる。


【カーン、カーン、カーン】

「じゃあ、今までのところ、明日小テストするからよく復習しておけよ。」

「え~、いぜっきー。明後日にしてよ~。」クラスのお調子者が先生に食いつく。

「残念だったな。一度言ったことは撤回しないよ~。」そう言うと、担任で数学の教科担任の伊関先生が笑いながら教室から出ていく。


 私たち4人は、この4月から伊関先生に陸上部の顧問としてもお世話になっているが、中学の時からトレーニングでも面倒を見てもらっている。その他に進路などの面でも話を聞いてもらっていて、勉強、部活、両方に力を注げるこの高校にしたのも、先生の助言によるものだ。だから、私たちにとってまだ26歳の伊関先生は頼れるお兄ちゃん的存在である。


 私は先生の後を追って、

「先生!」

「おっ、どうした?莉羽。質問なんて珍しいな。部活だけじゃなくて、勉強の方もやる気が出てきたか?」いぜっきーがにやにやしながら言う。

「あっ、えっとそういうんじゃなくて…私、昨日早退しました…よね?」佑依の言葉が気になって、先生に確認する。

「何言ってんだ?お前は昨日もうるさい位元気だったぞ。ちゃんと部活までやって帰っただろうが…。どうしたんだ?お前らしくない。」不思議そうに私の顔を見る伊関先生。

『先生の言葉に嘘はなさそうだ…』

「先生。ごめん。なんでもないです…。」

 

 何が何だか分からなくなりながらも教室に戻り、席に着こうとしたとき、一瞬目の前が真っ白になり、目が眩む。それと同時に凱が近づいてきて、

「いぜっきーに質問?」私は目を抑えながら、

「うん、この問題分からなくて。」そう言って教科書の問題を指さし、適当に誤魔化す。

「そっか、なら良かった…。」

「何が良かったの?」

「何でもないよ。…お前は安心して俺に任せておけ。」

「ん?任せる?何を?たまに凱ってわけわからないこと言うよね~。ふふふ。大丈夫?凱君?」凱はそんな私にやさしく笑いかけると、自分の席に戻っていった。


 記憶を意図的に消されているとは知らず、この時の私は、何の疑いも持たず平穏な日常を過ごしていると思っていた。


「お疲れ~、また明日ね、莉羽!」

「お疲れ、佑依!」部活が終わると佑依と玄人は電車、私と凱はバスで帰る。そのため途中から、私と凱は二人で下校している。小学生の時からこの生活なので、一緒に登下校するのも気づいたら、もう10年目になっていた。

「今日もこの後、練習OK?」私が聞くと、

「ああ。」凱は頷く。


 中学で陸上部に入ってから、私たちは一度家に帰り、そのあと河川敷で走り込みをする生活を繰り返している。もともと運動神経は良いほうだったが、中学に入り本格的に陸上を始めると、短距離の記録が驚くほどに伸び、全国レベルまでになっていた。佑依と玄人もそれぞれかなりの成績を上げている。

「いつかは4人それぞれの種目で全員でトップになる」と心に決め、私たちは日々練習に励んでいた。

その練習の休憩中、私は凱に話しかける。


「昨日ね、夢を見たの。」ちょっとびくっとして、私の顔を見る凱が、

「え?何の夢?」といつになく食い気味に聞いてくる。

「今まで起きたら忘れてたんだけどね、昨日のは確実に覚えてる。その夢の世界は、昔から結構何回も見てて…、その事自体も今朝気づいたんだけど…。どこの国なんだろう?シュバリエって国でね、私達2人、騎士団に所属してるんだよ。それでね、笑っちゃうんだけど、その夢の中で私が凱の妹なの。悔しいことに、凱はもう騎士団の一員になってて、私は騎士団見習いだった。でね、そこでもね、私たち超人的なトレーニングしてたよ。体がだいぶ仕上がってる感じで。私、腹筋も夢の中の方が割れてるし、腕も肩も筋肉すごいの。」私がふざけて楽しそうに話すのを、真剣に聞く凱が、途中から笑顔になり、

「なんだ、その夢。騎士団とか、いつの時代の話だよ。ってか、漫画の読みすぎ!」凱は、日が沈み真っ暗になった河川敷の街灯に集まる虫たちを見ながら言う。ぼんやりと、名も知らぬ星が雲の合間に見え隠れしている。

「ほんとにその通り…、漫画の読みすぎは否定しないけど…。私が凱の妹だよ!あり得ないよね?」私はそんな凱の横顔を見ながら言うと、

「お前は夢の中でも元気なんだな。」凱は呆れたように笑っている。

「そう。夢の中くらい、少しは大人しい、可憐な美少女でいたかったなあ…。」

「はは。どう転んでも無理な話だな。可憐とは程遠いもんな。しかも美少女って…。」凱がくすくす笑っているのがなんだか悔しい。

「うぅ~。何も言い返せない自分が悔しい…。」私が口を一文字にして悔しがっているのを、今度は大笑いしている凱が、

「じゃあ、夢の中でもしっかりトレーニングした成果を、今ここで見せてもらいましょうか、莉羽さん。」

と、凱が私の手を取って立ち上がらせようと右手を差し出す。私もそれに返すように、にこっと笑って手を出し、

「りょーかい!」と立ち上がる。


そして私と凱は河川敷の走り込みを、その後1時間みっちりこなし、家路につく。



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