【第7夜 後半②~驚異的魔力~】
この一件以来、私は双子の姉妹、アーロに懐かれ、常に共に過ごし、修業にも一緒に励んでいた。みるみる成長していくちびっこ3人の姿に、私も負けてはいられないと、会得した魔法を実践してみる。私の力は周りの想像をはるか超え、日に日に大きくなり、その度に私の力を見ようとする外野が増えていった。その力を間近で見ている子供達3人も、私の魔力と安定した魔法に圧倒されていた。そして、それを繰り出している私自身が、その力に恐怖を感じていた。
「莉羽、父様の修業のおかげでほんとに強くなったね!」とミディア。
「ここに来た時は攻撃魔法もそれほどできなかったのにね。」とリディアの手厳しい一言。
「それはそうだけど、リディアちゃん、はっきり言うねぇ…。」私が苦笑いしていると、アーロが、
「莉羽。僕に何の魔法でもいいから教えて。」と隣にちょこんと座る。それを見た双子の姉妹も、
「私も~。」
「私も!」と3人で競い合うように言い寄ってくる。そんな3人に私は、
「はいはい。じゃ順番にね!誰からやる?」と賑やかに応えていると、その様子を見た第8の隊長がクラウディスと凱に、
「さすが、莉羽様。あの方の周りはいつも笑顔であふれていますな。」と笑顔で話しかける。
「そうだよ。将来この国の王妃となる人だもの。僕の目に狂いはなかっただろ?」と誇らしげに話すクラウディス。
その会話を聞いていた莉奈は、うつむいてその場を去る。それを見た凱は立ち上がって莉奈を追う。気まずそうな顔をしている隊長に、
「仕方ない、事実だからな。莉奈は体が弱い分、外に出ることも少なかったし、みんなとの接触も少ない。周りが体調を気遣っているということもある。周りを幸せにする力は、莉羽が持って生まれたものだ。お前が気にする必要はない。」そう言い、うなだれて何も言えない隊長の肩に手を置くクラウディス。
すると突然森の奥から、
「魔獣です。魔獣の群れがこちらに向かってきます!」団員の声が村中に響く。
「なんだと!結界はどうしたというのだ!」団員たちが騒いでいる。村中が一気に混乱の渦に巻き込まれようとしている中、
「皆、落ち着け!団員は急いで戦闘準備だ。村人の避難誘導は第8の隊長、君が中心に行ってくれ。非難が済んだら随時戦闘に参加するように。」
「承知いたしました。」第8の隊長が声を上げる。
「凱。凱はどこだ?」クラウディスの声にテントの奥から、
「ここに!」と出てくる凱に、
「とりあえず、このテントから後方に結界を張る。手伝え!」クラウディスが声をかける。
「分かった。」凱はそう言うと、すぐさま第8の隊長を呼び止め、すでにテント奥で避難誘導について指示を出しておいた衛兵から指示内容を聞くように促し、自分は結界を張るための祈りに入る。緊急時における凱の動きの速さに驚く第8の隊長は、凱の後ろ姿に羨望の目をむけ敬礼する。
魔獣の魔力がいよいよ近づくのを感じ取りながら、2人の皇子は最前線に出て魔力を融合し始める。2人の体から放たれる紫色の光が、テントから奥に向かって半円上に伸び、村一帯を覆うように広がった。
「よし、戦えるものは前へ。補助魔法士は俺たちの後ろに。魔力が近づいている。備えよ!」とクラウディスが言うや否や、亡霊のような風貌の魔獣が何十体も姿を現した。この村に待機していた第8部隊と私たちの仲間は合わせて15人足らずだが、第8部隊は避難誘導に入っている。しかもこの魔獣は初見で、どんな能力を持っているか分からない。少し怯んだ私だが、クラウディスと凱は、顔色一つ変えず魔獣を迎え撃つ。私も心を決め、魔獣との戦いのために最前線に立とうとする。それに気づいた凱が私の前に立ち、
「お前はぎりぎりまで後方にいろ。そこで、この戦いの全体を把握、陣形が崩されそうな場所を確認次第、俺に知らせてくれ。」
「でも、私も力を試したい…。」願い出る私の顔をしばらく見て、
「わかった。でも俺のすぐ後ろにいろ。実戦をまずその目に焼き付けろ。どう戦えばいいか、自然にわかるようになる。でも絶対に離れるなよ。」凱の力強い口調に圧倒され、唾を飲み込んだ私は、
「わかった…。」とだけ答える。
凱は実戦の経験のない私に「戦い方」を自分の身を挺して教えてくれようとしているのだと…。凱の背中がいつもより頼もしく感じる。
避難誘導を終えた第8部隊で魔力のあるものは、兵士に守られるようにして呪文を唱え始める。下級の魔法使いは、魔力を引き上げるまでに、ある程度の集中力と時間を要するため、それまでは兵士が魔法使いを守らねばならない。魔力が引き上げられると兵士は後方に下がり、魔法使いの補助に入る。それが上級魔法使いともなると、一瞬にして魔力を解放することが可能なため、兵士の補助は必要ない。下級魔法使いが多くを占める皇兵団の魔法使いは、魔力を瞬時に解放できるように日々鍛錬しているが、それには高度な技術と集中力が必要なため、そう簡単ではない。皇兵団の魔法使いの課題は、下級からまずは中級へのランク上げであり、それは急務であった。
亡霊まがいのこの魔獣に効くと思われる、攻撃魔法、鎮魂魔法、浄化魔法がメインに繰り出さる。しかし、魔獣の魔力は思ったよりも強く、第8の能力者の力では太刀打ちできない。そんな中、ガージリフト、ミディアとリディア、アーロは魔法で次々魔獣を倒していく。
「アーロ、サイドの魔獣を鎮魂魔法で!」私は凱に言われた通り、戦況を見極めて配置と戦術を伝える。
「わかった!」アーロは、単独でもサイドの敵を迎撃できる力を発揮していた。もしもの場合は、私自身が出る。そう決めて、中央を2人の皇子、右サイドをガージリフトと双子の姉妹、左サイドをアーロに着かせる。私の指示を、何頭もの魔獣と戦いながら聞いていた凱が、私に余裕があることを確認し、
「莉羽、アーロと俺たちの間の魔獣を頼む。」と私に向かって叫ぶ。私の願いを尊重してくれた凱に任せてと言わんばかりの笑顔を送り、
「わかった!」そう応え、私は目を閉じ、深呼吸して呪文を唱え始める。
神経が研ぎ澄まされ、周りの音が一切聞こえなくなる。すると何も見えないはずの目の前に、広がる戦場が映し出される。鋭くなった感覚で、今まで見えなかった敵の動線、そして行動予測まで、全てが見えるようになっている。
私は狙いを定めた魔獣に意識を集中させ、その攻撃の反動で、自分をも後退させるほどの魔力をぶつける。私の放った攻撃は、狙った魔獣だけでなく、周りの何体もの魔獣の動きを止めるどころか後退させ、そして吹き飛ばしたのだった。私はゆっくり目を開け、何も無くなった辺りの様子を確認する。自分の魔力の絶大な威力を把握すると、その場から動けなくなった。
『自分で自分の力に恐怖を感じる。』
仲間たちも一瞬何事かと私のほうを見ると、皆、納得したのか、頷いて再び戦闘に集中する。
しかし、その間にも亡霊魔獣は増えていき、その攻撃は止むことはない。その攻撃はリディアを集中的に狙い始め、私が我に返った時には、リディアは片腕を切りつけられ、大けがを負ってしまっていた。
「莉羽、リディアに防御魔法をかけろ!しっかりしろ。まだ戦いは終わってない。」その凱の言葉に私は自省し、
「リディア!」そう言ってリディアに防御魔法と治癒魔法を同時に施す。しかしその傷は思ったより深く、回復までにかなりの時間を要する。
「莉羽、リディアを連れて下がれ。ここは俺に任せろ!」クラウディスが叫ぶ。
私はどうにかリディアを連れて戦線から離脱する。それを確認したクラウディスが魔法を唱えると、一瞬にして闇が世界を支配し、視界が完全に閉ざされる。次の瞬間、天より雷のごとく強烈な光が放たれ、私たちは漆黒の世界から一気に光の世界へと誘われる。その間わずか0コンマ数秒。その光に包まれた魔獣たちはすべて灰になり、光が収まったころには跡形もなく消え去っていた。
「リディア!」皆が駆け寄る。
「リディ、大丈夫?」ミディアが声をかける。
「うん。莉羽と莉奈が治癒魔法と回復魔法をかけてくれたから、さっきより痛くなくなったよ…。」顔を引きつらせながらも何とか笑顔で応えるリディア。
「そうか…よかった…。」父であるガージリフトは安堵のため息をつくと、
「莉羽様、莉奈様、ありがとうございます。」と言って私たちに頭を下げる。
「いいえ。私が戦闘に集中しきれなかったばかりに…。ごめんね、リディア。こんな怪我をさせてしまって…。」私は自分のせいで怪我をしたリディアを早く治そうと、魔力を上げる。
しばらくすると、村周辺の魔獣の確認を終えたクラウディスと凱が戻ってくる。
「リディアの具合は?」凱が聞く。
「治癒と回復魔法でだいぶ良くなってる。今、莉羽が治癒魔法を施しているところ…。」莉奈が言う。
「そうか、命にかかわるような怪我でなくてよかった…。リディアが攻撃を受けたのを見て熱くなってしまった…。」クラウディスが息を切らしながら言う。
「クラウディス様の魔力が怖いくらいに上昇してほんとにびっくりしました…。いつの間にそんなお力…。」とガージリフトが言うと周りも頷く。
「みんな、僕の事、見直してくれた?」そう言って、にこっと笑うクラウディス。
「あの魔法がなかったら、私はもっと大変なことになっていました。ありがとうございます。クラウディス皇子。」そう言って深々お辞儀をしたのは、先程まで治癒魔法を受けていたリディアだった。
「えっ?もう治ったの?」驚くクラウディスと仲間たち。
「うん!ほら!」そう言って嬉しそうに話すリディアが続ける。
「なんか、莉羽って、あの本の救世主みたい!」
そこに第8の隊長が何人かの隊員を連れて来る。
「リディアちゃん、もう完治したのですか?なんと!いやしかし…、凱皇子の迅速な指示といい、クラウディス様の強力な魔法といい、我々は感銘を受けました。今後も日々精進いたします。」そう言うと、他の隊員も頷いている。
私はその言葉に、にこっと笑ってリディアに、
「よかった。早く治って。」と言うと、隣にいたガージリフトが、
「あの怪我をこれほどまでに早い時間で治せるなんて…。」今にも泣きだしそうな目をして話す。周りの仲間たちも、私の施した回復魔法での回復の速さに驚いていたが、
「僕の魔法もすごかったと思うけど、戦闘中の莉羽の魔法だって、かなり強烈だったよ~。」とクラウディスが嬉しそうに話す。戦闘中の凛々しい様子から一転、いつもの私にデレデレなクラウディスに戻ってしまった。
その言葉には仲間たちも納得するも、クラウディスの態度には苦笑いするしかなかった。




