【禁断のキス~愛しいあなたに~】
「凱?」
私はゆっくり体を起こし、その人物が凱であると確認するとすぐさま凱のそばに行き、その手を握る。
「凱!起きて!」
しかしその手には温かみはなく、体全体に生気は感じられない。私は瞬きすることも忘れ、ただ溢れ出る涙をそのままに呆然と見つめる。
「凱…。凱…。起きてよ…。」
そこで思い出される、凱が引っ越してきたあの日からの記憶。
どんな時も必ず近くにいてくれた凱。物心ついたころから凱は私の隣にいた。幼い頃のアルバムを開くと、私は凱の隣にいて、いつも手をつなぎ満面笑顔で溢れている。入園式、卒園式、入学式、運動会、卒業式、どの場面でも…。もう取り戻すことのできない当たり前の日常。その大切さを、失ってから知るなんて…。
自分が神遣士であり、この世界を救うと決意したときから、私は死を覚悟したつもりだった…。でもそれはあくまで「つもり」で、それが本当に現実に起きるとは…。出来ることなら時を戻したい。凱と共に過ごしてきた、あのかけがえのない日々を…。涙はとめどなく溢れる。
私のその姿に声をかけることが出来ない3人は、ただ見守る事しか出来ずにいた。とうに陽は沈み、部屋の中は街灯の光がぼんやりと差し込むだけで、私たちは暗闇に支配されているようだった。
何時間経ったのだろう…。気が付くと私は涙も枯れはて、魂が抜けたように、ただ凱の隣に座っている。私は力なく凱の手を握る。冷え切った手に、もう温もりが戻ることがないのだと分かってはいるが、それでもいつかは動くのでは…と一生懸命に手をさする。
そして、重なった手の感覚で、ふとあの日の遊園地での出来事を思い出す。私が神遣士の記憶を取り戻した時、それに動揺する私の手に、凱は自分の手を重ね、心を落ち着かせようとしてくれた。あの日のことを…。
「凱。観覧車の中で言ってくれた言葉、覚えてる?」
私は横たわる凱に話しかける。
『世界規模で無責任なこと言うと…、神遣士であるお前が自由に恋愛できない世界なんて…、俺は存在したくない…』
あの言葉は『そういう』意味だよね、凱?私も…凱がいない世界になんか…、存在したくないよ…。ねえ、凱…。お願い、起きて。お願い…。」
涙を流しながらも何とか作り笑顔で、凱の両頬に優しく手を当て、そっとおでこにキスをする。それは神遣士として禁じられた行為だったのかもしれない。でも、この時の私にはそんな事、もはや関係なかった。ただ、凱と再び共に過ごしたいと願う気持ち、凱を誰よりも愛おしく思う心がそうさせたのだ。
凱への思いが涙の雫となって、彼の頬に零れ落ちる。
「凱…。」私は声にならない声を力なく発する。




