【メルゼブルク大戦㉜~さらば、愛しき全てのものよ~】
一方の莉奈は私の口元を見て、何かしらの呪文が発動させられていることを察知して、焦りを感じているようだった。その様子を、私は彼女の数センチの後ずさりから読み取りニヤッと笑う。
『間違いない、莉奈は自分に向けられる魔法を読む力しかない。』
私は確信を得る。
私の笑みは、さらに莉奈の恐怖を煽ったようで、莉奈はさらに後退しようとするが、すでに私の魔法は莉奈の周りの全ての物体にかけられ、莉奈の行く手を阻む。
莉奈が読み取れなかった私の策略…、それは、
まず莉奈が立つ地面に魔法をかけた私は、莉奈の背後から天空に突き出すように地面から壁を作り出し、莉奈がそれ以上後退できないように動きを止める。そして次の瞬間、莉奈の足元は全て砂状になり、アリジゴクに落ちていくかのようにその砂に巻き込まれ、地中に吸い込まれていく。私はこの瞬間、その砂に水魔法をかけ、大気中の水分子と砂の微粒子を結合させ、渦を巻き起こし、その中に莉奈を取り込むようにする。水を含んだ砂の粒子は泥状になり、その中に取り込まれたものは息が出来ずに窒息死する。と同時に、その砂粒子はダイヤモンドのように硬い鉱石を含んでいるため、莉奈の体をまとわりつきながら切り刻んでいき、死に至らしめる…というものだった。
私が目を閉じ、神経を莉奈に集中すると、その泥状の中をもがき、そして体中を切り刻まれ、痛みに苦しむ血だらけの莉奈の様子が見え始める。そして、
「莉奈、もう終わりにしよう…。」私はそうボソッと呟くと、最後の攻撃に入る。
『操心魔法開示請求278『心滅廻魂』』
前述したように魔法にはレベルがあり、その中でも心を操る魔法を習得した者は全魔法使いの中でもたった2%ほど。私はその難関をすでにクリアしていた。莉奈は心層に響き渡るその魔法の名前を、わずかに残された聴力で確認すると、命の終焉を覚悟する。その魔法は、精神の崩壊を引き起こし、それに呼応して体中の細胞が、自らを破滅させていくという魔法だった。
『ラーニー様。申し訳ございません。』
莉奈は心層でそう呟くと目を閉じ、体をうねりに任せる。莉奈の体が泥状の沼の中に完全に見えなくなったところで、突如曇天の空から光球が現れ、莉奈のいる地中に向かって突き進んでいく。
あまりの速さに何が起こったのか分からない者たちが、きょろきょろとあたりを見回している。
「あの光球、とてつもないエネルギーを放ってる。何なの?」
重苦しい精神エネルギーを持った光球は、私の心を恐怖で支配し、私に操心魔法の最後の一文を唱えることを忘れさせるほどだった。
それに気づいた莉亞は、必死に離れた場所から叫ぶ。
「莉羽、戦いは終わっていない。」
私はその言葉に我に返り、再び魔法を唱え始めようとする。その瞬間、私は驚き、言葉を失う…。
地中より莉奈を抱き上げ、その男は現れた。至極色の憎悪にまみれた陰のオーラをまとったその男は、瞬き一つせず私を見る。私はその男の目に引き込まれるような感覚に襲われる。そして確信する。
『この人が破壊神…。』
目をそらすことも、身動き一つとることもできない。ここまで邪悪なオーラを持つ、異次元の存在に圧倒される私。
細身の体に、所々に金がちりばめられた漆黒のローブを身にまとい、右半分を黒、左側が金色の髪をなびかせ、切れ長の目から伸びる、髪の色と同色の長いまつげは、彼の金色の瞳を時に隠す。
『美しい…。』
無意識にこぼれる言葉。氷のような冷たさを感じさせる色白の肌、見え隠れする人間味のない非情さを感じる金色の瞳、そして風になびく黒と金色の髪の毛は、彼の持つ品をさらに引き立て、その姿はまさに母、莉月から聞いていた「破壊神」そのものであった。
彼がゆっくりと口を開く。その声はその風貌からは想像できないほど低く響く。そして人の心を凍らせるように冷たい声だった。
「お前が莉奈の妹、莉羽、この世の神遣士か?」
「…。」私は返事すらできない。
破壊神と思われるその男は、恐怖で震える私を、表情一つ変えることなく一瞥し、何かを口ずさみながら片手を上げ、無言で目を閉じ一瞬で手を振り下ろす。その瞬間、私の周りの一切のものが全て粉砕し、私の体も彼の放った術の風圧に吹き飛ばされそうになるが、私は力を振り絞って何とか耐えきる。
その様子を横目で確認した男は、莉奈を抱いたまま、再び光球となってその場から姿を消す。時間にして、ほんの5秒も経たない、あっという間の出来事に周りの仲間たちは呆然としている。
そんな中、私はその場に倒れこむ。駆け寄る仲間たち。かすかに聞こえる私の名をよぶ仲間の声が次第に遠のいていく。
私はここで息絶える…。




