【第7夜⑥ ~バートラルと主の覚醒】
『父さん。わかったよ。僕やってみる。凱皇子とあの人を必ず連れ戻すから。僕のこと見ててね』
そういうと静かに祈り始める。その顔からはあどけなさが消え、たくましい表情が見て取れた。そんな息子を誇らしく見守るガージリフト。
アーロは、自分の力の限り祈る。アーロの体から赤い光が放たれ始めると、その光は徐々にオレンジ、黄色と変化していく。するとその周りの木々、草、石、土、ありとあらゆるものからアーロが発する光と同じ色の光が生まれ、その光が空に向けてまっすぐに伸びたかと思うと、空中で融合し一筋の光となって、アーロの体に再び吸い込まれていく。
目を見開いたアーロの瞳が茶色から黄色に変わり、再び目を閉じた瞬間、先ほど吸い込まれた光が凱の体から発せられている光と融合する。
アーロの祈りが、私と心層でつながっている凱の意思に届くと、凱がゆっくり目を開け、私の額に手を置き、また目を閉じ何かを呟き始める。その言葉一つ一つが、私の意識を戻すカギになり、私の心層のより深いところに届く。
心底に刻まれたその言葉によって、私を誘っていた死への道が、少しずつ消えていくのを感じる。
『莉羽。俺はここだ。俺を信じて、ここまで戻ってこい。手を伸ばせ。』
そう言って、私の方に自分の手を差し伸べる凱。私はその声に徐々に意識を取り戻し、その手を離すまいと必死に握り返す。重い瞼を何とか開こうとすると、その先に、私を見守る凱の顔がうっすらと見え始める。そして、
『私はここで負けちゃいけない。私はこの国のみんなを救う。絶対に…。』と力強い意思を言葉にすることで、自ら生きていることを確認する。
心層で彷徨っていた私は、ゆっくりとしっかり目を開ける。すると心層と同じ優しい笑顔で私を見る凱の顔が、はっきり見える。そして固唾をのんで見守っていた仲間の歓声が聞こえる。
「莉羽~。」
「莉羽様、よかった。」
「莉羽様…。」そう言って、ガージリフトはしゃがみ込み涙を流す。
「私の力が及ばないために、あなたを死の危険にさらしました。この失態…。お詫びのしようもありません。ならば、この私の命を差し出し…。」と言いかけたところで私は声を振り絞り、
「その必要はありません。ガージリフトさん。」何とかここまでは言葉にする事が出来た。しかしそれ以上を話す力がない私の心の言葉を、凱が皆の心に届けてくれる。
『私はここに、こうして生きています。皆の元に戻って来ることができました。だから何の問題もありません。魔導書も全て会得しました。それに心層では、この経験がなくしては得られなかったものを、数多く得ることができました。だからもう大丈夫。ガージリフトさん、自らの命をも削るような修業をしてくださり、心から感謝します。』
心に響く私の言葉に、ガージリフトが私の方を見ながら、さらに大粒の涙を流したのは言うまでもない。
意識が戻ったとはいえ、まだ体を思うように動かせない私を、凱が支えている状況を気に入らないクラウディスが、凱に代わるように言うが凱は、
「動かすと危険だ。」と代わる気がないことを伝える。クラウディスはかなり不機嫌になって、肩を落としているガージリフトの前に立って、
「次期皇太子妃になる莉羽をこのような目に合わせた罪は大きい。莉羽は、ああ言ったが、次期国王となるこの私が許すはずがないことは、お前も分かっておろう?覚悟しておくように…。」と言うと、クラウディスはこの場を離れる。その言葉に、
「ガージリフトさんもアーロさんも…、クラウディス様の言うことは気にしなくて大丈夫です。あの方は今、ちょっとこじらせているだけですから。」と苦笑いしながら側近のロンバルトが言うと、みんなも笑顔になる。
皆が私の無事を安堵し、この場の空気感が変わったことを確認すると、凱は私を抱き上げ、救護室のベッドまで運んでくれる。ベッドにたどり着くまでの間、凱は自分の不甲斐なさから、自分を攻める言葉を発しているようだったが、完全に体が麻痺している私の聴覚もイカれていて、結局何を言っているか分からずじまいだった。ただ一言、
『バートラルなのに…』この言葉だけは、脳内にしっかりと刻まれている。
『バートラルって?』
凱に尋ねようと、私はぼんやりと頭の中で何度も繰り返すが、言葉を発する力も今の私には、残されていなかった。
「俺がそばにいるから大丈夫。俺を信じて、心配いらないからゆっくり休め。起きたら楽になってるはずだから。」凱はベッドに横たわる私の手を取り、治癒魔法と回復魔法をかける。
凱のその言葉が現実なのか分からぬまま私は、
『ありがとう、凱。』そう心で伝えて目を閉じる。
そして眠りに落ちる直前に、凱の口から発せられたこの言葉に、私はこの先ずっと苦しめられることになるとは思いもしなかった。
『これが序章に過ぎないなんて…。こいつに言えるわけないだろう…。』
そう言って、凱は天を仰ぐ。




