【メルゼブルク大戦㉕~バートラル、我が愛しき人よ~】
私はすぐさま凱の傍に駆け寄り、
「やだ…、凱?ねえ、凱?目を開けて。ねえ、お願いだから…。ねえ、凱…。」
私の目はもう涙で何も見えない。それでも愛しい凱の顔を見ようと、何度も、何度も涙を拭うが、涙は止まることを知らない。
私は横たわる凱の胸に顔を近づけ、心音を確かめる。弱いながらも鼓動を打つ心臓。私はその振動にほんの少しだけ安心し、そして再び呪文に取り掛かる。
「凱、どう考えても私はあなたを諦められない。だからごめんね。」私はそう言って、深く息を吸いこみ、最後の呪文を唱える。
すると、さっきまで微動だにしなかった凱が、ゆっくりと手を伸ばし、指で私の唇を押さえる。
「莉羽…。それだけは…、ほんとにだめだ。」凱はかすれる声で、何とか言葉を発する。私はすぐさま凱の手を握り、
「でも、でも何もしなかったら凱が…。」私は全身を震わせ、泣きながら訴える。もう何も見えるはずのない目を凝らして、私の顔を見ようとする凱の姿にさらに涙が溢れ、私は震えながら、声にならない声を必死に出そうとする凱に、
「何?凱。」号泣しながら聞く。
「もう…、お前を守れな…、ごめん。」凱は悔しそうな顔で話す。
「何言ってるの。凱。ずっと、守ってくれるんでしょ?そう約束してくれたじゃない。」声を震わせる私。
「…。」
「やだ、なんで返事してくれないのよ…。凱。」私は無意識に手に力が入る。凱はそれに呼応するかのように力を振り絞って…、
「莉羽…、聞いてくれ…。
俺は…、お前が神遣士であろうとなかろうと…、幸せにしたいって思ってた。お前の隣で、ずっと生きていくって決めていた。お前の笑顔を守るって…。どんな時もお前しか見てなかった。お前しか見えなかった。
神遣士とか眞守り人とかそういう使命とか運命とかじゃなくて…、お前は俺の中でずっと…、うっ。」
口から再び大量の血が噴き出る。
「凱!」凱が最期の力で手を伸ばし、私の顔に手を当てる。
「莉羽、最後に聞いてくれ…。」
「何?」
「俺はお前を…、
愛して…。」
言葉は途切れ、私の顔に当てられたその愛しさに満ちた手は、力なく地面におろされる。
そして、その後に続く言葉は出ることはなかった…。
「凱…。凱?」私はその事態を飲み込めず、声をかけ続ける。しかし次第に蒼ざめていく凱の体は動くことない。私はようやく状況を理解した。
「いや、待って、凱。ねえ、凱。目を開けて。そんな冗談いらない。ねえ、早く、早く目を開けて。いやよ、凱。私を置いて行かないで。ずっと一緒にいるって、私の事守ってくれるって、約束したじゃない。凱!」
私は凱の右手を両手で握りしめ、
「いや~。」
私は今まで秘めていた凱への思いをぶつけるように強く、そしてさらに強く、力なく横たわった体を抱きしめながら泣き叫ぶ。
その声は全ての戦場に響き渡り、その後、あり得ないほどの静寂が訪れる。
ただ、今にも嵐の到来を予感させる曇天の空の元、私のむせび泣く声だけを残して…。




