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【メルゼブルク大戦㉒~禁忌魔法を…~】

 ついに莉奈が動き出す。


 祈りのために胸の前に組まれた両手が開かれ、その中に真紅の光が生まれる。そしてそれが、渦を巻きながら力を帯びていくのが見て取れる。


「ハルトムート、狙いの中心はお前だ。みんなも最大限の防御を…。来るぞ!」


 コンラードが言うや否や、その光はハルトムートを貫き、その奥にいる私めがけて一直線に向かってくる。私は最高値の防御魔法で応戦するも、莉奈の放った悪の光は、聖なる力で守られた私の魔法を今にも破ろうとしている。


『熱い、体が焼けるよう…。莉奈の憎悪がこんなにも大きいなんて…。』


 その悪のオーラは形を変え、鎖のようになってまとわりつき、私の体を徐々に締めあげていく。私はこの攻撃を食い止めるだけで、そこから反撃する余裕などなかった。かろうじて開けている右目には、今にも私に攻撃を仕掛けようとする莉奈の姿が映り、そして次の瞬間、彼女の姿が消え、と同時に私は何かで左腹部を攻撃され、絶叫を上げる。


 私はゆっくり目を開けて状況を理解する。莉奈の剣だった。消えたと思った莉奈の攻撃により、私は彼女の剣の風圧により、一瞬で左腹部を5センチほどえぐられる。私はわき腹を抑え、立っているのがやっとの状況の中、うっすらと誰かが目の前で倒れ行く姿を確認する。凱だった。


「凱…。」無惨にも倒れ行く姿が、私の目にまるでスローモーションのように映しだされる。私は負った傷もそのままに反射的に、その場に倒れこむ凱の上半身を起こし、呼びかける。


 そのとき私は状況を始めて知る。凱は莉奈の術による攻撃を、自分の身を挺して受け止めた。そして一方で、莉奈が持つ剣は、凱の右胸部を貫き、その後ろにいた私の腹部をえぐったということだった。


 あまりに一瞬の出来事で、私は瞬時に理解できなかった。


「凱!」


 私は自分の腹部の傷と、凱の全身からあふれ出る血液で、真っ赤に染まりながら泣き叫ぶ。凱が腕を上げ、私の顔に手を当てようとするも、もうその力は残されていないのか、私がその手を取り握る。


「凱!今、止血するから…。」私は凱の胸部からとめどなく流れ出る血を震える両手で抑えるが、それは何の意味もなさない。血は絶え間なくあふれ出る。私は自分の行為が単なる気休めに過ぎないことを理解していた。すでに治癒魔法も手遅れであることも分かっていながらも、私は凱の命を諦めるわけにはいかなかった。


 私の腹部から大量の出血が溢れ出る…しかし、私の目には凱しか見えなかった。自分の命なんてどうでもよかった。凱さえ生きていれば…。


「莉羽…。」凱は声を震わせ、何とか声を絞り出す。私はそんな凱の手をさらに強く握り、


「凱…。何としてでもあなたを助けるから…、だから…今はしゃべらないで…。血が…。」私は涙を拭い、不自然な笑顔で凱を見つめる。


「莉羽…。泣くな…。俺はまだ戦える…。勝手に俺の命を諦めるな…。」凱はそう言いながらも、


「ぐはっ。」と口から大量の血を吐く。


「凱っ。」私は驚きのあまり、全身を震わせながら凱を抱きしめ、何度も、何度も彼の頭を撫で続ける。凱はそんな私に、


「ははは…、これじゃさっきの言葉に何の説得力もないな…。でも俺はお前のバートラル。ここで何にもせずに犬死するわけにはいかないんだ…。」


 おそらく、もう見えていないであろう目を細めて、凱は私の顔に手を伸ばす。その姿はまるで、2度と見ることが出来ないかもしれない私の姿を、その目にしっかり焼き付けようとしているように見えた。私はそんな凱の胸の傷口をおさえ、涙を流しながら、


「大丈夫だよ…、凱。私は凱が守ってくれたから…。ねっ、大丈夫…。私は莉奈に絶対に勝つから…。だから今は…、アースフィアに戻って治療に…。」


 私は言葉途中で涙がさらにこみ上げ、嗚咽が漏れないように必死で自分の口を抑える。凱は少し微笑んで、自分の右手を私の頬に当てる。そして、


「はは…、ほんとに情けないな。俺は…。お前をこんなに泣かせて…。」


自分の無力さを嘆く凱の目は、遠くを見つめている。私は凱の言葉に、溢れる涙を拭って、


「何言ってるの、凱。私を守るために、莉奈の攻撃を全部自分に向けてくれたじゃない。それに莉奈の最後の一刀も…。私をかばったから…。見て、私は大丈夫。


 こんな事できるの凱しかいない…。凱以外にはいないんだよ。

だから、情けないなんて言わないで…。」


私は一切の瞬き止め、凱の目を見つめる。凱は私の言葉に目を閉じ、


「でも、出遅れた…。俺が攻撃を受け止めている間、お前に向けられた攻撃をそらすことが出来なかった…。ごめん。」


 凱は力を振り絞って目頭を押さえ、その隙間から一筋の涙が零れ落ちる。私は初めて見る凱の悔し涙に、かける言葉が見つからない。


「やだ…、凱。やだ…。」


 私の中の凱は、いつも偉そうにしつつも、私を見守り、優しく導いてくれる絶対的存在。そんな凱が、私に涙を見せる事自体、最悪な結末を予想させ、私を底知れぬ不安に陥れる。


 私は再び凱を抱きしめながら、ふと禁忌の魔法を思い出す。それは凱から存在だけは教わっていたもの。しかし、その詳細は王宮の魔導書にも載っていない、私が知るはずのない魔法だった。


 しかし私はそれを知っていた。そしてそれをすでに習得していた。


 私は凱を抱きしめながら、決意し、それを実行に移す。


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