【メルゼブルク大戦⑰~形勢逆転~】
「えっ?」私は自分の体に矢が一本も刺さっていないことに驚き、頭上を見上げる。
するとそこには、先ほどまでただの人形のようにその場に立っていた凱の姿があった。
「凱?これはどういうこと?」私は状況を飲み込めず、周囲を見回しながら凱に問う。
「なぜ?…凱。私の洗脳がなぜ…。」口からブワッと血を吐き、そう言って私と凱を見つめる莉奈。
「莉奈っ。」
私は無意識に莉奈の元に駆け寄る。ここまで命を懸けて死闘を繰り広げてきたのは間違いない。しかしそうは言っても、血を分けた姉妹である。莉奈との思い出はほんのわずかしかないし、今現在の状況を考えるとなぜ自分がこんな行動をとってしまうのかは分からないが…、やはり、私の中で姉妹として育った家族の時間、情を心の奥底で簡単に捨て去ることが出来ないという事なんだと思う…。
私は瀕死の莉奈の体を起こし、あふれ出る血をなんとか止めようとする。すると私の意に反して、莉奈はかすれた声で、
「私に触らないで…。情けは無用よ。あんたのどこまでもお人好しな所が昔から大っ嫌い。」そう言って私を振り払う。
その勢いで飛ばされた私を受け止める凱。私はゆっくりと視線を上にずらす。そこには、いつもの見慣れた優しい瞳の凱が私を見つめている。
「凱?洗脳は?」そう聞く私の質問は後回しに、凱は私を抱きしめ、
「間に合って良かった。」
安堵の表情を浮かべ、回復魔法をかける。すると突然、莉奈を囲むようにして数人の黒い人影が空から舞い降りる。それは私たちを一瞥し、横たわった莉奈を宙に浮かせ、一瞬にして連れ去る。そのあまりの速さに驚いた私が、
「莉奈!」と叫んだ時には、その黒い人影ははるか上空に移動し、黒雲の中に姿を消そうとしていた。
凱は莉奈が倒れていた辺り一面、血で染められているのを確認し、言う。
「あの本数の槍だ。そう簡単に治せる傷じゃない。しばらくは出てこれないだろう。」
私は戦場を見つめて、
「あんなに敵意をむき出しにされたとはいえ、やっぱり莉奈は私のお姉ちゃんだから…、死ぬかもしれないって思ったら、体が動いてた…。」ボソッと言うと、
「お前は昔からそういう奴だよ。姉妹として同じ時間、過ごしてきたんだから…、そうなるのも理解できる。でも、残念だが…、莉奈にはもう、そういう気持ちはない。お前にとっては辛いだろうが…、戦うしかない。」凱は苦渋の表情で私に伝える。
「うん。そうだよね…。うん、分かってる。分かってるんだけど…。」私はそう言いながらも、心のどこかでそうでないことを願い、また涙がこぼれないように空を見上げて、
「覚悟してたんだけどな…。」その言葉を聞いた凱は、私の肩を抱き、自分の方に引き寄せて、
「涙は我慢しなくていい。俺がお前の元に戻ってきたからには…、どんな状況にも隣には俺がいる。お前はお前らしくいてほしい。泣きたい時は泣いていいんだ。俺が全部受け止める。」そう言うと凱は、私の頭をポンポンとして、
「でも…、クラウディスを片づけて戻ってくるまでには泣き止めよ。まあ、秒だろうけどな。」振り向きざまに笑顔を見せながらそう言う凱の言葉に、私も泣きながらも笑顔を見せ、
「うん。」と頷く。すると、
「凱の洗脳が解けたのね。」と喜びかける声が聞える。
仲間が意図的に分散された事に危機感を感じ、響夜との戦闘位置を徐々にこちらに近づけてきた莉亞の声だ。そんな莉亞は、私の周りに滴る血液を見て、一瞬にして表情を変える。




