【第7夜⑤ ~大魔導士ザラードと幼き能力者の覚醒~】
ガージリフトとアーロが祈り始めて1時間以上が経過していた。額にびっしょりと汗をかきながら一心不乱に祈る2人の思いがようやく通じたかに見えたのが、それから30分後の事だった。2人の体から真っ白な光が放たれ、それが一筋の光となって私の中に入ってくる。そこにいた全ての者はその強烈な光に一瞬視界を奪われるが、その光の優しさにその光景をしっかり目に焼き付けることが出来た。それはたとえようもないほど神々しい光だった。
「なんだ、この光は…。」
「温かい、優しい光だ。」
「莉羽様に何か変化は?」
「今のところ何の変化もないが…、待とう。2人が生み出した祈りの光が、莉羽様を導いてくださる。その時まで。」村長がそう言うと、その光を前にそれぞれが無意識に祈り始めていた。
『君の意志はこんなものか?』
私の精神の根底にある心層で、誰かが呼ぶ声が聞える。誰の声かわからない。だが、誰が呼ぼうとも、今の私はこの修業で身も心もボロボロになり、もう戻ることはできない。
『もう立てない。心も体も…、もういうことをきかない…。本当は…、すべての力を会得したかった。でももうだめだ。耐えられない。』涙があふれ出る。
『こんなところで終わりたくなかった…。私にはまだやりたいこと、やらなくちゃいけないことがたくさんあるっていうのに…、でも体が…。』
『これが君の限界か?と聞いておる。』再び声が聞こえる。
『…。』私は答えることができない。
『君はこの世界の、仲間も人々も…、全てを守れるだけの力を持っているというのに、それを放棄するのか?』私はその言葉に驚き、動揺する。そして、
『何を言ってるんですか?…、私にはそんな力はないです。』
『そうか…。君の生きる意志、この世界を守る意志、仲間を守る意志がこんなものだったとはな…。私は君のことを少々買いかぶりすぎていたようだ。洗脳の影響が少なからずあるにしても…残念だ。では、仕方がない。君の運命もここまでだ…』その声の主が私の心層から離れようとしたとき、凱が私の心層に入ってくる。
『待ってください!魔導師ザラード!』
『ん!!なぜ私の名を知っている?お前は何者だ?』声の主は驚きを隠せないようだった。
『あなたから、感じたことないほど強力な魔力を感じます。これほどの魔力の持ち主とは…、魔導師ザラード。あなた以外考えられない。私はこの方の眞守り人です。あなたの御力をお借りしたい。』
『ん?眞守り人…、バートラルか?』
『はい』
『いや、仮にお前がこの者のバートラルだったとしても、仕える者の心層に入り込むことなどできないはず…。お前の力は…。』
『私は、ただこの方を守るためだけに力を行使しています。』
『なぜ、ここまでしてこの者を守るのだ?心層にたどりつくまでにお前の体も相当なダメージを受けているではないか…。いくら守るべき者だとしても、この者にそれだけのが価値があるとは思えんが…』
『このお方はこの国のみならず、この世界に必要なお方です。ここで失うわけにはいきません。』
『こんなにも非力であるのに…そうなのか?』
『おっしゃるとおりです。このままでは世界の終わりを見ることになります。ただ…、能力解放の日は近づいております。私はこの方をお守りして、全力で世界の崩壊を食い止めねばならぬのです。』するとその老人は全てを悟ったのかニヤッと笑い、
『長い年月眠りについていた私だが、なぜ今目覚めたのか合点がいった。この者の魔力に惹きつけられたというわけか…。そしてこの眞守人の決意も堅そうだ…。面白い。』凱にも聞こえない小声で嬉しそうに話す老人。
『魔導師ザラード。それは間もなく訪れようとしています。このお方の魔力解放に力をお貸しください。このお方しか世界を救える人はいないのです。』凱は心層の中で再び懇願する。
『そうか…、この者であったか…。この者を纏う力が懐かしく感じるのは…、そのせいか…。では、諦めるわけにはいかぬな?』
『はい』
『ふむ。そなたが眞守人であるなら…、生を諦めているこの者を目覚めさせることができるのは、他の誰でもない。バートラルであるそなたしかいない。』
『私だけ…ですか?』
『うむ。導き、支えるのがそなたの役目だろう?』
『はい。でも、私の力だけでは…』
『いや、そなたの思いと力を過小評価するでない。そなたの力で十分にこの者を導くことはできる。己の力を信じるがよい…』この言葉を最後に、その老人は私の心層から離れていった。
『待って下さい。またお会いできますよね?』
『時が来たら…。』ザラードの声だけが聞こえる。
心層の中で凱は横たわった私に呼びかける。
『莉羽、莉羽。俺だ。凱だ。わかるか?』
凱の声が頭の中に響く。その声に応えようとするが、もう声を出す力もない。わずかに残る力を振り絞り、何とか手を動かそうとするも、人差し指が少し浮いただけ。これでは気づいてもらえないだろう。しかし、凱はそのわずかな動きでさえ見逃さなかった。私のその手を取り、握りしめながら、
『莉羽。わかるんだな?動こうなんてしなくてもいいから聞いてくれ。お前とのリンク魔法の最中、ガージリフトが何者かに洗脳され、攻撃魔法の魔導書を会得しようとするお前の心層に、その者が乱魔を注ぎ込んでお前の精神、肉体を破壊しようとした。魔導書の会得は間に合ったが、ダメージが…。このままお前が負の感情を持ち続けていたら本当に死ぬ』
「死ぬ」という言葉を聞いた瞬間、私は反射的にまた指を動かしたらしい。握る手に力が加わるのを感じる。凱の額から汗がにじむ。
『なあ、莉羽。お前が俺に、初めて将来について話したときのこと覚えてるか?』凱は一呼吸置いてから話を続ける。
『俺たちがまだ小学生だった頃、莉奈さんが突然倒れて昏睡状態に陥った時、お前は、
「毎晩寝るのが怖い。寝てる間に、お姉ちゃんにもしものことがあったらどうしよう」って言って、泣いたよな…。莉奈さんの病状が深刻で、お前の両親がつきっきりで看病していた時、俺の家で寝泊まりしてただろ。そのときに話した将来の夢の話。透き通った冬の夜空の下、2人でベランダに出て無数の星を見ながらお前は俺にこう言った。
「将来お医者さんになって、お姉ちゃんみたいに病気で苦しんでる人を助けたい」って。それから夢をかなえるために、一生懸命頑張ってきたよな。幾度となく入退院を繰り返す莉奈さんのため、両親に心配をかけないようにって、熱が出ても黙って、怪我をしてもばれないようにって無理して、笑顔を作って。全部莉奈さん、家族のためにって。俺はそんなお前の意志の強さに、俺自身も負けてられないって力をもらっていた。これからも一緒に頑張っていこうって思った。だから俺も死ぬ気で勉強してきたし、お前を支えたいと思った。お前と同じ夢を叶えるために…。
お前は十分頑張ってる。いつも困ってる人は助けたいって、人の幸せばかり考えて…。でもその頑張りを今度は誰のためでもない、お前自身がお前自身のために注いでくれ。頼む。』そう言うと、凱は両手で握った私の手を、自分の頬に寄せてさらに強く握った。
ガージリフトとアーロは全身全霊で祈り続けている。2人の額からも汗が噴き出る。そんな極限状態の中、2人は心層で会話をする。
『父さん、洗脳を施した者の魔力は、今までになく強力です。僕の祈りもさっきから弾かれていて…』
『アーロ。私たちだけの力じゃ太刀打ちできない。凱様の祈りに私達の祈りを融合させる。今、莉羽様の心層に入った凱様が、莉羽様に接触しているようだ。この機を逃すわけにはいかない。お前の祈りで凱様にコンタクトを取ってくれ。』
『え?どうして父さんがやらないの?』
『今までお前には伝えてなかったが…、お前の潜在魔力は私以上のものがある。私の力では凱様の心層に触れることさえできない。お前の力が必要なんだ。心を穏やかに…、祈りに集中して…、自分の意思だけでなく…、森羅万象に宿る魂をお前の中に取り込むんだ。』その言葉を聞いたアーロは戸惑いながら、
『父さん…僕にそんなこと…』
『いつも言ってきただろう。意思を強く持て。すべては自分の意思から生まれる。その意思を見失ったら、それ以上の力は出せない。お前には計り知れない力がある。それを解放させるも、ここで終わらせるのも自分次第だ。でも、私はお前をそんな軟弱に育てた覚えはない。やれること、やれる意思、可能性があるならどこまでも食い下がれ。お前自身、そして莉羽様のために自分の力をあきらめるな。』
その言葉を聞いたアーロは、さっきまでの表情と違って、何か吹っ切れたような面持ちで力強く、
『父さん。わかったよ。僕やってみる。凱皇子とあの人を必ず連れ戻すから。僕のこと見ててね。』




