【ああ素晴らしき日常~恋の予感~】
「よく寝たな。」そう言いながらゆっくりと動き始める凱。
「うっ、うん。」今の今まで抱きしめられながら寝ていた事実を、本格的に脳みそが動き出してから自覚した私は、まともに凱の顔を見ることができなくなっていることに気付く。
『このドキドキは何?今まで感じたことないし…。昔だってよく、自分から凱に抱き付いたりしてたのに…。凱は何も感じてないの?何事もなかったように平然としてるけど…』
問い詰めたいが、そんなことできるわけがない。逆に、そんな私の顔を不思議そうにのぞき込もうとする凱が、
「お前、調子悪い?」と言い放つ。無神経もいいところだ。
「そ、そんなことはないよ…。」と返す。
「じゃ、いつもの時間にな。」凱はそう言って、何事もなかったかのように自分の部屋に戻っていく。
「…。」
部屋にポツンと取り残された私はしばらく呆けた後、我に返る。
『調子が悪い?はっ?何言っちゃてんのよ。誰のせいだと思ってんのよ。朝起きたら抱きしめられてるって、どういう状況よ。そのせいでドキドキしてるところに、え?調子悪いの?って何?え?』
と心の中で大絶叫。枕を何度も叩いてから、深呼吸して気持ちを落ち着ける。
我に返った私は、急に冷静になり、そして急に恥ずかしくなる。
『え?もしかして私ってば、凱から異性として見られてないの?高校生の男子が女の子を抱きしめるって、誰にでもできるもの?今まで好きとか恋とか無縁で生きてきた私だけど…、もしかして何も分かってない?私がおかしい?ああ~、もう何が何だかわかんない!でも、この胸のざわつきだけはどうにもできない!凱の馬鹿~。』
凱があまりに冷静でいることに、自分の動揺が馬鹿らしくもあり、その反面、心の奥にぽっと生まれた淡い思いに心地よさも感じていているのは否定できなかった。
そんなこんなで頭の中ぐちゃぐちゃ、心臓バクバクな状態で登校していると、待ってましたとばかりに佑依が近づいてくる。
「おはよう、莉羽さん。昨日はお2人揃ってお休みでしたが、何かあったんですかね~?」佑依がにやにやしている。その後ろで、同じように玄人が凱の肩に手をまわし、
「いやいや、2人でお休みということでね、かなり外野は盛り上がっていましたが、期待通り何かあったんですかねえ?」にやにやを通り越した、見るにひどい、イケメン台無しの顔で凱に絡む玄人。
「お前たちのご期待に添えるようなことは、何一つありませんけど…。」凱が、ちょっとむっとしたような表情で答えると、
「顔、顔~。無理して怒ったふりしないの!長い付き合いなんだから…、お見通しですぜ、旦那!」それを聞いて、ぷはは~と吹き出し、
「お前、何だよ~。旦那って…。もう、2人ともふざけすぎだ!落ち着け。」笑いながら話す凱。それを横目で見ながら、
「あらあら、こちらのお嬢さんは、凱君みたいに余裕がなさそうですよ、旦那!」と玄人が真っ赤になった私の顔を指さしながら茶化す。
「もうやめてよ~。何かあったらいつも最初に佑依に話すでしょ!何も話さないってことは、何もないの!」焦っていて何を言っているか自分でもわからない状況に、
「そっか、そっか、そうだよね。茶化してごめん。最近莉羽が元気ないなって思ってたんだけど、昨日休んだから…、ほんとに心配になってて…。それで今、莉羽の顔見たら、なんか嬉しくなってからかっちゃった。まじでごめん。」
小学校のころから無遅刻無欠席で、皆勤賞は当たり前!の私が休んだことを心配してくれている佑依の思いと言葉に胸がいっぱいになり、涙がこみあげてくる。なんだかよく覚えてないけど、いろんなことがあったような…で情緒不安定なところに佑依の優しさが心にしみて、無意識に涙があふれたのだった。
「ごめん、そんな心配かけてたなんて、佑依がそんな風に思ってくれて…。ありがとう。」普段から一切涙を見せない私の目から流れる大粒の涙を見て、3人は驚き私を囲む。
「莉羽が泣くなんて…、珍しいもの見たな。おい凱、宝くじでも買いに行こうぜ!」玄人は私の様子を見て、少し間を置いてから言う。それに過剰に反応したのが佑依だった。
「何、それ~。あんたはほんとに思いやりってもんがないの?まったく!このどアホ!!」玄人の肩を叩きながら怒っている。そして今度は私の方を見て、
「莉羽!私達親友なんだから…体調悪い時とか、悩みがあるときは、ちゃんと言うこと!ため込むの禁止!何もない時も言う(笑)!水くさいよ!」ほっぺたを膨らませながら言う。玄人はそういうつもりで言ったわけじゃないのにぃ、と言わんばかりにしょぼんとしている。玄人は玄人なりに私の気持ちを上げてくれようと、不器用ながらに言葉をかけてくれていたのは、私にもわかった。
私はそんな2人の優しさにまた涙が溢れるのを感じる。そして、とどめは凱のいつもの笑顔。
「だそうだ。大丈夫、お前には俺たちがついている。」その言葉に涙はより一層あふれ出る。
「ありがとう、みんな!ほんとに大好き!」私は3人をぎゅっと抱きしめる。その瞬間、心がじわったと温かくなったように感じる。友達って良いなぁ…、改めて、この3人の存在が、いかに自分にとって大きいかを実感する。私の大好きなこの3人。この時間。この空気。ずっと、ずっと大切にしていきたいと強く思うのだった。