【第6夜⑤ ~ハルトムートの思い~】
俺の父は、祖父まで代々続いた盗賊を止め、ウィルドアとシュバリエ、西部のカルバス全域の村や町を行き来する武器商になり、母と俺と姉の4人で生活していた。父は武器の金属加工、母は武器に〈石〉をはめ込み、その力を解放させることができる加工士だった。母は〈石〉の力を手に触れることで「見抜く」能力を持ち、その石のはめ込み方で、その力がどう解放されるかを、感覚的に知る力をもっていたが、母のその能力を知る者は傭兵など、戦いを生業にしているもの等のごく僅かだった。
この力を使って商売を大きくすることは容易にできることだったが、解明されていない石の力を、感覚的にとはいえ知ることができる母の力を公にすることは、母の力を巡る、国家間の争奪戦になりかねなかったので出来るわけもなく、そもそもその力を信じる者もごくわずかだったので、周知させる気もさらさらなかったとの事だ。今でいう霊能力者のような扱いで、信じる者は信じるし、信じない者にとっては霊感商法の一つに過ぎない。だから人々は自分の家に代々伝わる〈石〉以外を受け入れることがまずなかった。
しかし、一度その武器を使った者は、母の腕を高く評価しており、それ故、常連の注文が途切れることはなく、父も母も休む間もなく働いていた。
シュバリエで商売をしていた俺がまだ8歳くらいの時、店に黒いローブを着た長身の男が、見たこともない黒光する〈石〉を持って現れ、この石を使った剣を作ってほしいと依頼してきた。それを見た母は、初め、その石の力に違和感を覚えたようで、父に依頼を断るように言っていたが、その男は幾度となく訪れては、桁外れの金額を提示し、諦める気配がなかった。今考えるとその男は、当時の我が家の懐事情を調べ上げ、父が注文を受けざるを得ないことを分かっていたのかもしれない。
というのも、俺の姉は生まれながらに原因不明の難病を患い、発作がおきると高熱を出し、その度に生死をさまよっていた。発作が起きなければ、通常の生活に何ら支障をきたすことはなかったのだが、発作を抑えるための高額な薬は家計を圧迫し、我が家は日々生活していくこともやっとだった。力を持った〈石〉が埋め込まれた武器は、桁違いの力を発揮することから、桁外れの価格で取引されてはいたが、そんな高額の武器を扱っていても、薬の購入のためにすぐにお金は底を突く。そのため、〈石〉に違和感を持つ母は最後まで反対したが、最終的にはその注文を受けることにした。
数か月後、いよいよ納品という時、姉がその剣を持ち、黒いローブの男に渡そうとすると、その〈石〉が橙色に光りだした。それと同時に橙色だった姉の目が黒く変わり、そのまま姉は倒れこんだ。それを見ていた父が慌てて姉を抱き上げようとしたその時、黒いローブを着た男が姉を抱きかかえ、一瞬にして連れ去った。そのあまりの速さに、為す術もなく呆然とする俺たち家族の心は、その日から光を失ってしまった。
かけがえのない最愛の娘が突如連れ去られたショックで、なかなか立ち直ることができない両親を、俺は1人支えながら、国内の悪事に手を染める奴らを捕らえることで、姉につながる情報を収集し、取り戻そうと仲間と共に動いてきた。そんな俺たちの噂は、裏の世界では、ここ数年で国境を越え広まり、ウィルドア国王の耳にも届いたというわけだ。国王は俺たちの力を高く評価し、高額な報酬で雇ってくれた。俺たちはその恩義に応えるベく、数々の国家反逆の陰謀を計画段階で潰し、ウィルドアの国家統治に一役買ってきたのは間違いない。
今回の、採掘場の一連の事件で功績を上げることで、ウィルドア国王はシュバリエに恩を売ろうと考えていた。その駒として俺たちは使われていたが、俺は逆に、シュバリエでの活動も許可なく自由にできることを望んでいたので好都合だった。そして今回の事件と姉の誘拐を考えて…はっきりした。俺はここにいるべきだと。俺は姉を取りもどしたい。そのためには何でもやるし、あんたたちがいくら俺を利用しても構わない。そう思っている。」
話を聞いた私たちは、しばらく何も言うことができなかった。その話をするより前の、冷静かつ物静かな雰囲気を醸し出していたハルトムートとは、まるで別人のように取り乱した姿。その姿にハルトムートの姉を取り戻したいという強い意思を感じ、私たちは圧倒されたのだった。静まり返った室内。そこでロイが閉ざしていた口を開く。
「君の思いは分かった。ただ…一つ質問してもいいか?その事件がシュバリエにいたころに起きたのなら、なぜ騎士団に報告しなかったんだ?この事件は騎士団が調査するべき重大事件に値する。それをなぜ…?」
「言ったさ、もちろん。だが信じてもらえなかった。俺は何度も何度もあきらめずに、騎士団の詰め所に通った…。でも最終的に、その当時の騎士団長は何と言ったと思う?
『そんな作り話を信じるほど俺たちは暇じゃない。村中に訴えたって、気がふれて可哀そうにと言われるのが関の山だ。もうやめろ。こっちまで頭がおかしくなる。』
俺はそれから絶対に騎士団には世話になるまいと心に決めたよ。でも、代が変わって…お前たちは前の団長のころの騎士団とは全然違う。会って間もないし、交わした会話もわずかだが、お前たちには何か違うものを感じる。それがなんだか分からないが…。俺が感じた何かを信じてみたいと思ったんだ。」声のボリュームを上げ、興奮気味に話すハルトムート。
「そうか…。承知した。でもまさか…前団長がそのようなことを…もしそのような対応を取っていたとしたら…、その非礼は…、前団長に代わって私が詫びたいと思う。申し訳ない。だが、この問題はこれで終わりにはできない。前団長の在任時の記録を調べてみる。結果が出るまで待ってくれるか?」そう熱く話すロイの目に一点の曇りもなかった。
「頼む、ロイ団長。」
ロイとのやり取りの中に、ハルトムートの実直さや家族や仲間を思う心が伝わってくる。怪我で思うように動けない私にも、
「まさか、君にこんな怪我をさせてしまうことになるなんて…長として謝罪をさせてもらう。本当にすまない。」そう言うとしばらく頭を下げたまま、上げようとしない。
「ハルトムートさん。私は大丈夫です。頭をあげてください。」そう伝えて少し経ってからようやく頭をあげる。その彼の瞳に誠意を感じ、
『責任感の強い人だ…』と感じる。
また、採掘場から王都に戻る際、怪我のために、馬車での移動を余儀なくされた私の警護を担当すると、最初に手をあげてくれたのがハルトムートだった。余談にはなるが、その時凱も手を上げていた。しかし、凱はまだ乗馬に慣れていないということで却下され、それを今でも引きずっているのか、暇さえあれば乗馬の練習をしている。
騎乗しているハルトムートは、余裕のある姿勢でしなやかに馬を走らせていた。栗毛色の艶やかな短髪、端正な顔立ちに濃いオレンジの瞳、浅黒い肌が少し異国の雰囲気を感じさせる。そのいで立ちに世の多くの女性はハートを射抜かれるのだろうなと。そこまで男性の外見にこだわりがない私だが、私が今まで出会った男性の中でも、かなり上位に入るイケメンぶりだった。
『シュバリエの男性は顔面偏差値が高い』
夢を見るたびに思う。それはさておき…、
何よりもこの栗毛の若者に優しさを感じたのは、こんな場面だった。彼は時間を作っては、今回の件で負傷した仲間の体調を確認し、必ず何かしら声をかけるという心配りをしていた。仲間のほとんどが、ハルトムートより年上で、彼らからするとハルトムートは息子や弟的な存在であるのに、この心配りがあるためか、仲間たちは彼を自分たちの長として認めている。総勢200人の集団をまとめるだけの器の持ち主である事が、この一瞬で分かった。たかだか出会って数日だが、彼は私の尊敬の対象になっていたので、自然に語りかけていた。
「ハルトムートさん。私もハルトさんのお姉さんを一緒に助けたいです。出会って間もないですけど、私は何回もハルトさんに助けてもらいました。私は未熟でみんなの足手まといにしかなってないけど、あなたの力になりたいです!」私の言葉で、それを聞くみんなの表情が柔らかくなるのが分かる。ロイも頷きながら、
「私もこの数日だが、君の様子を見させてもらった。君は0か100の男。やると言ったら絶対に為す男だと思う。君の思いはみんなに伝わっている。これからそれを君の仲間たちと、君の行動で示してほしい。100、期待しているぞ。」そう言うと全員の顔を見て
「異論はないな?」聞かれた私たちは笑顔で頷く。
「では、ハルトムート隊長に敬礼!」
一斉に立って敬礼する。少し顔を赤らめたハルトムートも遅れて敬礼をする。
「仲間が増えたね!ねぇ、莉羽。お前の師匠がまた増えたぞ~!逃げるなよ。」と、にやにやしながら近づいてくるフィンから逃げようとする私を、ここにいるみんなが、「また始まったな」という表情を見せたところで、私は長い夢から覚めるのだった。
シュバリエ王宮内の一室。一人の男がポケットから〈石〉と紙切れを取り出して、
「少しずつですが近づいてきております。今のところ予想通りの動き。また何かありましたらその都度報告させていただきます…。」
そしてまた〈石〉をポケットに入れ、その男は不敵な笑みを浮かべてその場を後にした。