【第3夜⑥ ~奇襲~】
4日目の朝、私たちが王宮の広場で修業のための準備を始めようとしていると、空がにわかに黒雲に覆われ始めているのにルイーゼが気が付く。
「あの雲、不気味ですね、姫。」ルイーゼが、画材を運びながら話しかける。
「何あれ?ほんとに不気味ね。嫌な予感がする。」私はその不穏な様子に咄嗟に凱を呼び、ルイーゼの傍に付かせる。
「みんな、何か来る。準備して。」私はそう言い残し、魔法による瞬間移動で、王宮の上空から黒雲の様子を警戒する。
すると王宮南方の黒雲が、直径500mほどの円形にぽっかりと空き、そこから何人か、人らしき影が降りてくるのが見える。
「凱、来て!」私は焦って凱を呼ぶ。
なぜならそこにいたのは、騎士団の前団長ロイ、オレンジの目をした女性と、メルゼブルク第一皇子クラウディスの3人だった。そして、こちらを見たクラウディスが心層に話しかけてくる。
『莉羽…、ここにいたのか。これはラッキーだな。探す手間が省けたというもの。ん?何をしているんだ?まさか修業とか言わないよな?弱きもの故、仕方あるまいが…。まあ、せいぜい頑張れ。』鼻で笑いながらクラウディスは、自分たちの周りに結界を張る。グレーの半透明の結界がみるみる彼らの周りを覆うと、
「時が満ちるまでわずか…。だが、お前たちにできることはもう何もない。我らの神の前では、お前たちがどれ程の力を得ようと赤子同然。修行なんぞ無駄なことをせず、ここで諦めたほうが身のためだ。」
そう言うクラウディスの声の響きは、以前とは別人のように冷酷さをまとい、聞くものの心に恐怖心を植え付ける。そして、その隣には、見慣れたロイの姿が視認でき、おそらく彼は結界を強化する術をかけている。
「ロイ団長…。」私の口から自然に漏れる、かつての騎士団長の名前。
やわらかく、優しさにあふれた微笑みが嘘のように、目の光も失ったその冷徹な顔を見た私は涙ぐむ。
そして視線をずらし、クラウディスを凝視する。
「まだ生きていたのね?クラウディス。あなたが、最初から私たちを騙していたなんてね…。良心は痛まないの?」私は目を離すことなく、瞬きもせずクラウディスに問う。
「莉羽…。騙してるだなんて…、人聞き悪いこと言わないでよ。良心があるからこそ、僕たちはいるべき場所…神の元にいるんだよ。今回はこの星の人々を救済するために、一気にこちら側にお迎えしようとしたんだけどね…、まさか君がいるなんてラッキーだったよ。ねえ、莉羽…、僕たちと一緒に行こう。今なら受け入れおっけーだよ!」以前の軽い口調に戻ったクラウディスに私は首を振って、
「馬鹿な事言わないで!クラウディス!」と叫ぶ。
「なんで怒ってるんだよ。僕たちはメルゼブルクでは、婚約者だっただろ。こんなことで崩れるような、そんな浅い仲じゃなかったよね?そんなに怒らないでよ。まあ、主のもとに行ったら…、僕たち、同じ従者っていう立場になるけどね。」笑って話すクラウディスにロイが怒ったように、
「クラウディス。くだらない話はするな。さっさと移動させて戻るぞ。」そう言うと、両手を伸ばし何かを呟きながら目を閉じた。私は咄嗟に、
「皆、結界張るから力を貸して!」と叫ぶ。
そして凱の横に立ち、下にいる能力者のパワーを吸い上げて、凱の力と融合させることで巨大な結界を作る。それぞれの力が徐々に上がっていくことで、より広い範囲に結界が広がっていく。しかし私たちの結界ができるまでの数秒間で、ロイの術により現れた黒雲の中に、何百という人たちが一気に吸い込まれ、消えていった。
「遅かった…。」私はその様子にショックを受け、身動きできずにいると凱が、
「気を抜くな、莉羽!」そう言って凱が結界の拡大を引き継ぐ。
突然の敵の襲撃に、人々は恐怖で慌てふためきながら逃げ惑う。自分たちの異能力で何とか対抗しようとする人々の事も、容赦なくその黒雲は吸い込んでいく。私は我に返り、その様子にどう戦うか手立てを考えていると、黒雲の中から聞きなれた声が響いてくる。




