【第1夜㊵ ~あなたの胸の中で~】
それからどれくらいたったのだろうか…。凱の胸の中で目覚めた私は、気を失ってからずっと凱が私を抱きしめてくれていたことに気づき、この温もりを永遠に感じさせてほしい…と叶わぬ願いをかける。そして再びその胸の中に顔をうずめる。それに気づいた凱がゆっくりと頭を上げ、
「起きたか…。大丈夫か?莉羽。」と優しく声をかける。私もゆっくり顔をあげて、
「うん…、って言えるまで、もう少し時間が欲しい…。」凱はぎゅっとして、
「そうだよな…。いろんな事があったんだ。気持ちを立て直せるまで時間はかかる。俺も今回ばかりは…、だいぶヤバい…。」凱もかなり参っているようだ。でも、私たちは分かっている。時は待ってくれない。事態は非情にも進んでいく事を。
しばらく無言で時を過ごした私たちは、触れ合っている腹部のあたりがじんわりと温かくなっていくのを感じる。
「なんかお腹のあたりが温かいんだけど…。」2人顔を見合わせ、その部分を見てみると、
「お前のポケットの中だな。」凱が体を少し離し、私はポケットに手を入れる。すると、そこには粉々になりながらも光を放つ石のかけらがあった。
「それは…?」凱が触れようとすると、光がさらに増し、さらに温度が上がっていく。
「凱からメルゼブルクでもらった結晶だけど、ずっと肌身離さず持っていたの。でも魔の山での戦いのとき…、私が雷光魔法をかけた直後に攻撃を受けていたみたいで、気づいたら粉々になってた。」
「攻撃?誰の?」凱が驚いて言う。
「莉奈。」
「莉奈?なんでわかった?」
「さっき思い出したんだけど、超高速の攻撃で、はじめはわからなくて…、でも相手が私に攻撃を仕掛けるときに躊躇したのか、隙が生まれたの。私は逃げる事しかできなかったけれど、その時本当に一瞬だったけど、はっきりと莉奈の顔が見えた。それでその攻撃を、凱がくれた石が全部受け止めてくれて…。粉々になっちゃった…。ごめんなさい。」
「お前を守るために渡したんだ。だから謝るな。」凱がそう言うと、石はさらに光りを放ちながら溶け出し、そして再び凱にもらった当時の形に戻っていく。
「えっ?何これ?石が自分で形を戻していってる…。」私と凱はその石から目を離せない。
「この石には意志があるみたいだな。」凱は自分で言った後にはっと気づく。
「うまい事言ったなって思った?」私がからかうように言うと、
「たまたまだよ。そんなこと言うなら返してもらう。」そう言って、私の手からその石を取ろうとする。
「だめだよ。これは私がもらったもの。だから一生大切にするの。この石はあの時、粉々になっちゃったけど、凱が守ってくれたんだなって…、すごく嬉しかった。だから元に戻ってほんとによかった…。これがあれば安心して戦える。」凱は私の言葉を聞いて、ほほ笑みながらも心配そうに、
「気負いすぎるのも、自分が辛くなるだけだ。全部しょい込むなよ。何のために俺がいるんだ?」
「うん。わかってる。でもね、莉奈が敵だって分かって、逆にこれが現実なんだって…自覚させられたの。実の姉に命を狙われ、殺されそうになってはっきりわかった。それまでいろんなことがあったけど、まだ自分の中でここでの事すべてが、夢の中の出来事なんだって感覚だったんだと思う。でも莉奈の件で、現実だって突きつけられて…、お父さんとお母さんが莉奈に殺されて…。」また涙ぐむ私。凱は、私の頭を自分に抱き寄せ、
「もう思い出すな。お前の心が落ち着くまでこのままでいよう。俺もそうしたい。」
「うん…。ありがとう、凱。」
私はそう言うと、頭に重くのしかかる「神遣士の禁忌」ゆえ、、今までしたことのない、してはいけないと心でセーブをかけていた行動に出る。
凱の大きな胸に抱きしめられた私は、その体にゆっくりと両手を回す。凱は少し驚くが、そのままそれを受け入れ、その力は心なしかさっきより強くなった気がする。私たちがお互いの腕を体に回して抱き合ったのは、これが初めてのことだった。
そして目を閉じる。心臓が激しく鼓動を刻むけれど、そのぬくもりを感じ、私の心が少しずつ落ち着いていくのを感じる。
私は自分の精神状態が良くないことに、少し前から気づいていた。そして、それに凱が気づいていることもわかっていた。しかし、今回シュバリエでの両親の死を目の当たりにし、完全に自分をコントロールできなくなっていた。止まることのない涙に溺れそうな心を、何とか救い出してくれる凱の存在が、どれほど私には必要なのかを痛感し、さらに強く凱に抱き付くと、凱は私の頭にそっとキスをする。
その凱の温かさを、神遣士とバートラルの関係を超えた、1人の女性として感じていたいと望む自分を、今だけは許してほしい、ただただそう願っていた。




