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【序章】~【 第一夜 不思議な夢の傷の痕 】

《序章》


 眼の前にそびえ立つは、暗雲を突き抜けんばかりの高さを誇る巨大神殿。

古代ギリシャの建造物を思わせる、その神殿の奥、厳かな空気漂う最も神聖な場所、至聖所の肖像画の前で祈り続ける一人の少女の頬に一粒の涙が伝う。

「世界に恒久の平和あらんことを…」


 ※※※


 眼下に広がるは、夜空に輝く無数の星のように、数多(あまた)のネオンに彩られた見知らぬ巨大都市。その中心部に不気味な様相で屹立するタワーの展望台で、私は絶望に打ちひしがられ、ただ茫然と空を見上げている。

「状況は吞み込めたか?」あざ笑うかのように、その声の主は続ける。

「その様子…、かなり動揺しているようだな。ふふふ、まあいい。次なる舞台はここ首都東京…。ここにはお前が心から望んだ「理想の世界」が広がっている。幾多の戦いを経たお前にとって、この世界はどう映る?理想の世界でお前はどう生きる?見せてもらおう、お前が再び悩み、足掻く姿を…。そして私の元にたどりくのだ。時間は限られている。必ず生きて私の前に…。」

 ノイズにかき消されそうになりながらも、古びたスピーカーから聞こえてくるその女の声は、私の心に底知れぬ不安を残したまま、それを最後に途絶える。

「また始まったのね…。」

私は再び始まる戦いに思いを巡らし、ただただ天を仰ぐことしかできなかった。




《第一夜》


「ここは…どこ?」

 私は見知らぬ辺境の地で、どういう訳か、中世を思わせる甲冑に身を纏い、騎士団の一員として仲間と共に戦っている。幼馴染の(かい)を守るために飛び出した私は、盗賊らしき敵に、背中と腕を切りつけられ、その場に倒れこむ。そして…、力尽きる…。

      

 ※※※


 朝6時前、私は寝苦しさで目が覚める。

「夢?」

ゆっくりと体を起こすと、何故か体がこわばっているのを感じる。と同時に、背中と腕の激痛で思わず声を上げる。

『何っ?この痛み。』そして顔に手を当てると涙が頬を伝っている。

『えっ?なんで…泣いてるの?私…。』そして、生暖かい液体が滴り落ちていく感覚に腕を見る。腕に切られたような傷があり、そこからにじみ出る真っ赤な血と、背中に感じる痛みに血の気が引く。

『なにこれ?傷?えっ?さっきの夢の?えっ?だって、さっきのは夢でしょ?』


【コン、コン】

窓ガラスをたたく音。隣に住んでいる幼馴染、凱の〈おはよう〉の合図。起こそうとしてもなかなか起きず、いつも遅刻ギリギリな私を見兼ねた凱の救済措置。根気強く窓を叩き、絶対に…、必ずこれで起こしてくれている。凱には頭が上がらず、感謝しかない私であったが…、今日に限って…、私は起きている。そう、怪我の痛みや違和感によって起きてしまった私は、状況が呑み込めないながらも、とっさに涙を拭き、血で汚れた腕を隠し、痛みに耐えながら、何事もなかったかのように窓を開ける。

「おっ、おはよう。凱。」顔が無意識に引きつる私。普段とは違う、その異変に気付いたのか、

「おはよう、莉羽(りは)。開けるの遅かったな…ってかお前、顔色悪いぞ。大丈夫か?」心配そうに私の顔をじっと見る。

「う、うん。」

怪訝な顔で私の顔を見ている凱に、私は焦って、

「何?何にもないよ、大丈夫だって、ははは、今日もいたって異常なし…。じゃ、いつもの時間にね。」そう言って、そそくさと窓を閉めようとする。

「んっ?ああ、大丈夫ならいいけど…。じゃ、また後でな。」凱は不信そうな顔で窓を閉め、私は安堵のため息をつく。

『はあ~。こんな傷、心配性の凱に見られたら…、なんて説明したらいいかわからない。っていうか、この傷…ほんとに何?』

鏡で見てみると、背中の傷は思ったより深くはないようだ。でもこの場所は、間違いなく、さっき夢で見た、盗賊に切りつけられた場所。私は訳も分からず、腕に包帯を巻いて、急いで学校の準備を終え、毎朝のルーティン、神様に朝の挨拶をする。

「今日も一日頑張ります!いいお導きをよろしくお願いします。」言い終えるなり、大急ぎで玄関を開ける。すると退屈そうにしている凱の姿があった。

「遅い。5分遅刻だぞ。」

「ごめん、ごめん。準備に手間取っちゃった。」私は苦笑いしながら答える。

「全くしょうがないな…。ほら行くぞ。」凱は、ちらっと振り返り、私がついて行くのを確認すると、少し前を歩いて学校に向かう。 


 ここは、惑星セルフィスの一国、アースフィア。現代の東京に酷似した環境で、大きな違いと言えば、この国がこの星で一番国土が大きく、そしてこの星の中心となっているという事。人々は、ネットを中心とした環境の元、経済活動や社会生活を送り、現在の地球と同じような社会問題を抱えている。


 私はその中で、この春、高校に入学したばかりのいたって普通の女子高生。名前は宮國 莉羽(みやくに りは)性格は素直で明るく、生真面目?で信心深い…、そんないたって普通の女の子である。隣に住んでいる同級生、武城 凱(たけしろ かい)は、私が幼稚園の時に隣に引っ越してきた。私を毎朝起こしてくれるように、とても面倒見のいい、傍から見たら好青年、いや、普通に見ても好青年の、とてもいい『奴』である。同い年ということもあり親同士の交流も深く、一緒に育ったような私たち二人は、自然と同じ高校を選んだ。


 入学式から2か月。同じクラスで部活も同じ陸上部。ここまでいろんなものが一緒だと、男とか女とか関係なく、私と凱は親友のような存在で、そんな私たちの関係から、凱がいつもと違う私の様子に気づくのは、もはや必然だった。


「お前、今日なんかおかしい。」凱がいつの間にか私に並び、顔を覗き込んでくる。私は一瞬ドキッとして、

「そんなことないよ…。」と誤魔化すものの、長年一緒に時を刻んできた私たちに、下手な嘘は通用するはずがなかった。

「調子悪いんじゃないのか?」凱が私のおでこに手を当てようとした時に、遠くから声が聞こえる。

「おはよう。莉羽~。」親友の佑依が手を振って走ってくる。

「おはよう。佑依(ゆい)~。」佑依は私の隣に来ると、

「あれっ、ちは。今日顔色悪くない?」その言葉に凱が、

「だよな、なんかいつもと違うんだよ。こいつ。」私を凝視する二人の目に、動揺を何とか隠しながら、

「大丈夫だよ~。元気が取り柄の…いつもの莉羽だよ!」精一杯の作り笑顔で返すと、佑依の後を走ってきた凱の親友、玄人(くろと)が、

「あはは。知ってるぜ!脳筋、莉羽!」と言って飛びつき、凱の肩に手を回す。

「もう変なあだ名付けないでよ!ひどいなあ、玄人は…。」ふてくされる私の頭に凱が、笑いながらポンポンと手を乗せ、

「無理すんなよ!」そう言って歩き出す。私は、

「うん。」と返事をして、顔は冷静を装い、心は「傷の事、バレるな、バレるな!」とひたすら神様に祈りながら、また歩き出す。


 思い返してみると、私が凱の顔を見上げるようになってから始まった、凱のこの『ポンポン』に、私は今まで何度となく救われている気がしている。そして、それはこの先もずっと変わらず私を動かす原動力であり続けるのを、この時の私はまだ知らなかった。


 佑依(森影 佑依(もりかげ ゆい))と玄人とは小学一年生で出会い、意気投合した私たち4人はどんな時も一緒だった。姉御肌の佑依は、私たちのお姉さん的存在で、すっきり系の美人。バリバリの体育会系だが、モデルのような容姿を維持するのに、美容にはうるさく、肌も髪も痛まないようにと、念入りにケアをしている。その為、美容系に無頓着な私はいつも怒られ、何かと世話をしてもらっている。また、イケメン、ギャップ好きで、良い男と、意外性のある男に目がなく、且つ、そんな男をいつも跪かせたいと話す、なかなかな女王様気質の持ち主である。


 玄人(櫟 玄人(くぬぎ くろと))はクラスに一人は必ずいるようなお調子者で、私たちのムードメーカー的存在。凱と同様、180センチを超える高身長、鍛え上げられたスタイルの2人が並んで歩くと、とてもさま(・・)になる。黙っていればモテるのだろうが、中身は小学生、優しく、お人好しで、世話好き、奥手な彼の魅力を理解してくれる人はまだ現れていない。そんな玄人だが、実は亭主関白な一面もあり、たまにその一面が垣間見えると、かかあ天下な佑依はドン引きした後、喧嘩を売り、ひと悶着起きるのが常である。


 そんな私たちは、小さいころから集まっては四六時中公園を駆けずり回り、夏は朝から夕方までプール三昧、冬はスケートと、休む間もなく体を動かし、体の電池が切れるまで、とことん遊んだ。そのおかげか、私たちは体力、運動能力にかなりの自信をつけ、中学では陸上部に入り、それぞれの種目でトップレベルの力を保持するまでになった。その為高校に入学してからも、私たちは迷うことなく4人全員が同じ陸上部を選び、中学からの同級生の中では「脳筋4人衆とか、体力おばけ」と呼ばれているほどだった。


「じゃ、また部活でね~。」私と凱と佑依が同じクラス、玄人は1人隣のクラスである為、

「おうっ。」と言って別れ、玄人は隣の教室の内窓から中に入っていった。

「全く玄人は…。ほんと、いつまでも子供みたい。ビジュは良いんだけど…、中身がね、残念。」佑依は、やんちゃな玄人の行動にいつも毒を吐き、ダメ出ししながらも、わが子を見守るお母さんのように微笑みつつ、鼻でフッと笑う。


 授業が始まってから、私は夢のことを思い出していた。夢の中で覚えている限りの事を、一つ一つ振り返るけれど、何が起きているのか、夢の傷と現実の傷がどうつながるのか、全く分からない。考えれば考えるだけ訳の分からない気持ちに押しつぶされそうになり、そして夢で負った傷が、次第にずきずきと痛み出し、この不可解な状況と傷の痛みで今にも涙が溢れそうになる。

『元気だけが取り柄の私。弱い自分は誰にも見せたくない。でもこんな状況にどう対応すればいいの?』

 そう思っているとチャイムが鳴り、次の体育の授業のため、クラス全員が更衣室に移動し始める。そこに凱と佑依が来て、

「おい、莉羽。やっぱり今日具合悪いだろ?次の体育は休めよ。」

「そうだよ~。今日の莉羽、なんか変だよ。休んだほうがいいって。」

「ううん。大丈夫だよ。ちょっと貧血気味なだけ。」私はゆっくりと立ち上がる。

「ほんとに大丈夫か?無理すんなよ。」

「うん。ありがとう。」

 そう言いながらも、今の自分の状況に自信がなくなっている事に気づく。軽い怪我や傷だけだったら、痛みに強い私はいつも通りでいられるはずだ。でも、今日は傷に加え、夢が私の心に大きなダメージを与えている。しかし、

『強くありたい。誰にも弱いところを見せたくない』負けず嫌いで生真面目な私には、授業を休むという選択肢はなかった。


 私が馬鹿みたいに強くありたい理由。それは3歳差の、春に大学生になった姉の莉奈が絡んでいる。莉奈は小学生のある時期から、突如体が弱くなり、今までずっと入退院を繰り返している。しかもその原因が解明されていない難病。そのため我が家は、姉の病状に常に左右される生活を送ってきた。両親は気が休まることなく姉の体調を気遣い、その意識は私にも向いていた。

 私のちょっとした体調の変化にも過敏に反応する母親を見てきた私は、母を心配させたくない気持ちから、自分の体調について伝えることを、あえて(・・・)やめてきた。少しくらい熱があっても、だるくても、何も言わずに元気なふりをしてきた。それがいつの間にか当たり前になって、苦痛に感じることもなくなっていた。


 でも今日は違う。この訳の分からぬ状況が、どんな時でも「平常運転」の私のポリシーを邪魔している。とりあえず、着替えなきゃ。誰もいなくなったのを見計らって体育着に腕を通し、ゆっくりとジャージをはおる私に、校庭から走ってきた佑依が、

「莉羽。大丈夫?」と心配そうに声をかけてくる。

「うん。」

「ほんとに?無理そうなら休みなよ。無理は禁物。」

「そうだね。でもほんとに大丈夫だから…。」私は重い体と心を何とか上げて校庭に向かう。


 そして体育の授業が始まる。よりによって今日は100m走。

『このままじゃ、怪我をしていることがみんなにばれてしまう。途中で足がつったふりでもして離脱すれば、記録も残らないし、誰にも知られないで済む。そうだ、そうしよう。』スタートラインに立つ私。陸上選手として『棄権』なんてどんな理由であれ、一番したくはない。でも今日は、今日だけは…。

【バンッ】スタートから出遅れた。でも仕方ない。このまま足をもたつかせて…、あれっ、おかしい。視界が…歪んで…

【バタンッ】

「おい、莉羽。莉羽。大丈夫か?」

先生の呼ぶ声が次第に小さくなり、意識が遠のいていくのを感じる。


 ※※※

静まり返った暗闇の中、

「とうとう動き出したか…また始まるのだな。さて… ここまでたどり着くか…待っておるぞ。娘。」

私の頭の中に老人の声が響く。

  ※※※



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― 新着の感想 ―
夢の中での出来事と現実の傷が交錯し、不安感が増していく様子が興味深いです
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