王女
「曲者だっ、捕らえろっ!!」
「よっ、はっ、私に対して曲者とは言うね」
ツルギがウーゴと対峙している中、アウィスは10を超える魔法使いたちに囲まれていた。
(流石にやるね。戦争中だから本当に強い人は前線に行っているようだけれど、その分人員は増やされている)
彼女は飛び交う魔法の数々を、最小限の動きですべて躱していた。
「くそっ、なぜ当たらん!!」
「でも君らでは私は倒せない。通してくれるとありがたいな」
風魔法で魔法の軌道をずらして別の魔法に直撃させる。首を傾けて迫りくる魔法を躱す。掌で剣を受け流す。
果たしてアウィスは、この場を完璧に掌握していた。
「・・・うん、やっぱり私は誰も傷つけない戦いの方が、得意みたいだね」
アウィスの強みは、高い情報の処理能力にあった。
12人いる魔法使いの場所を全て把握し、魔力の流れや詠唱、気配などからどんな攻撃が来るのかを予測あるいは認識していた。
(右斜め前からの水魔法と火魔法を相殺すれば、二歩前に逃げ場ができる)
「打てッ、弾幕で避ける場所を無くせ!」
「君たちはおそらく、急遽護衛として集められたのだろう?連携ができてないよ」
アウィスはこの場で特に強い、二人の宮廷魔導士の方をちらりと見る。
おそらく彼女ら二人だけが相手だったのなら彼女は既にやられていただろうが、人数が多すぎるせいでまともに魔法を放てていない。
(・・・とはいえ、玉座の間の方に抜けるのは難しそうだ)
そちらは二人が守っている。
(このままじゃジリ貧だな。流石に私の限界の方が先に来る)
いったいどうしたものか、とアウィスが考えていると・・・、
「止まりなさい、貴方たち」
「!!」
一時に魔法が止み、アウィスを含めた全員が跪いてある一点を見つめる。
そこには輝くようなウェーブした金髪を腰まで伸ばした、アウィスより少し幼い少女が立っていた。
彼女は青のドレスに身を包み、銀色のティアラを着けている。アウィスはこの少女を、よく知っていた。
「・・・お久しゅうございます。パトリシア・クローチェ第一王女様」
「久しぶりね、アウィス・エストラーダ侯爵令嬢」
彼女の金色の瞳が、アウィスを射抜く。彼女ら以外の全員が、息を殺して存在を殺す。
コツ、コツと足音をならしながら、一歩ずつパトリシアがアウィスに歩み寄ってきた。
「息災だったかしら」
「・・・それは貴女様も、知っての通りです」
そしてパトリシアは、アウィスのあごに手を添えた。
「貴女は、相も変わらず綺麗ね」
「・・・パトリシア様には及びません」
「ところで貴女がスピラの婚約者に手を出したってのは本当?」
「・・・」
こんな唐突に、パトリシアは何を考えているのだろうか、とアウィスは訝しむ。
「・・・恥ずかしながら、本当でございます」
「ふぅん」
温度のない瞳。一種の幼さと残虐性を湛えた表情で、少女は質問を続ける。
「意外ね。あんなのに貴女ほどの方が惹かれるなんて」
「・・・はは、」
「私としては、どうにも怪しいと思っているのよねえ」
アウィスの額から玉の汗が流れる。彼女はこれからパトリシアがなにを言うのか理解していた。
「ねえ。嘘って悪いことだと思わない?」
それはスピラたちか、あるいはアウィスに向けられた言葉か。どちらにせよアウィスにとって望ましい事ではなかった。
ともかくもアウィスは、パトリシアを騙し切るのは至難の業だと理解していた。だから、
「ええ、おっしゃる通りです。私も嘘は嫌いですから。・・・それより、話を変えてしまい申し訳ないのですが、なんとしてでもパトリシア様に上奏せねばならないことがございます」
彼女は畏まって言ったが、勿論こんな急な話の転回が見逃されるはずもない。パトリシアはにっこりと笑って、
「あら、逃げないでくだ「国王陛下の病を治す方法が見つかりました」
その言葉に、辺りがざわついた。
「ばかな、どんな名医や魔法使いにも治せなかった、あの病気が!?」
「いやだがアウィス様だ、不可能では、」
「いやいくらあの人でも、これは流石に話が違うだろ!国王陛下に近づいて、何かを企んでいると見るのが妥当だ!」
「でも、まさか王女様の前でこんなこと言って、言ってないじゃ済ませられないよな」
「・・・まさか、」
先ほどまで厳粛さを崩さなかった彼らが一気にざわめき立つ。驚きや不審もあったが、明らかに弾んだ声が多かった。
「・・・」
唯一パトリシアだけはどうでもよさそうな表情を一瞬だけ見せていた。・・・しかしすぐに顔を喜びと驚きの表情に変えると、アウィスの瞳を見つめて、
「まあ、本当ですの、アウィス!」
「ええ、天地神明に誓って、嘘ではございません」
(・・・パトリシア様、まさか、)
「嬉しいわ!」
ギュッと彼女は、アウィスに抱き着いた。アウィスの胸に冷たい、パトリシアの胸が触れる。
「どんな魔法使い、医者にも治せなかった不治の病を治せるだなんて、流石はアウィスよ!」
「・・・光栄です」
「今もお父様は病に苦しんでいるわ、貴方たち、道を空けなさい!」
「はっ!!!」
アウィスとパトリシアでは立場が違う。それこそ格が違う。彼らは一切口をさしはさむことなく、両脇にそれていく。
居心地の悪さを感じながら、アウィスはパトリシアと共に歩いていった。
白亜の廊下が、後ろに下がっていく。妙に不気味で、落ち着かなかった。
そして少しして彼女らは王の部屋、玉座の間の前についた。そこでふと、パトリシアが口を開く。
「そういえばアウィス、貴女いったいどうやってお父様を治す方法を見つけたの?」
「・・・薬を、知り合いから貰いました」
「まあ、知り合いから!」
パトリシアが驚いたように口を両手で覆って、そしてじっと見つめてくる。
「・・・」
「まあ細かいことはどうでもいいわ。貴女が言うのなら、きっと本当なのでしょうし」
「・・・ええ」
「そうだわ、アウィス」
彼女は何かを思いついたように、アウィスの手を握った。しなやかな手だ。
「これで晴れて貴女の罪が許され復学したなら、今度私の寮部屋に来なさい。一度貴女とは、お茶をしたいと思っていたのよ」
「・・・喜んで」
アウィスはパトリシアが一体何を考えているのか捉まえようとする。しかし金色の瞳と愁眉を帯びた表情からは、心の内がまるで見えない。
「さあ、早くお行きなさい。貴女が貴女の手でお父様を救うのよ」
「え、ええ」
とはいえ今やるべきことは、メルクリオ王の病気を治すことだ。アウィスはパトリシアに見送られ、玉座の間へと歩を進める。
「・・・」
アウィスからしても驚くべき程あっさりと、ここまで来られた。ウーゴは追ってこず、ルプスの時も含めてまともな戦闘をしていない。
迷い、というよりは悩みの伺える足取りだった。パトリシアはそんな彼女の、後ろ姿を眺めている。
・・・ギイ。
音を立てて、パトリシアの視界からアウィスの姿が消えた。
そのときはぁと、彼女は吐息を漏らした。
「なんて、」
可愛らしくも、どこか不気味な声が孤独の廊下に響く。
「なんて気高くて、美しいのでしょう。ああ、私のアウィス」
彼女は恍惚とした熱を、病のような狂気を帯びていた。
「まさか思ってもいなかったわ。貴女にかけた冤罪を晴らすのではなくて、メルクリオの病を治す方法を見つけてしまうだなんて」
一瞬だけ、我慢しきれず魔力の奔流が巻き起こる。王城が揺れ、鏡が音を立てて割れる。
「やっぱり貴女は、最高のライバルよ。一度に二つも私の計画をとん挫させてしまうだなんて!」
別に彼女の姿かたちが変わったわけではない。それでもなにかが、致命的に変貌していた。
「見ていなさい、今回は失敗したみたいだけれど。いつか羽を捥いで、手足をそぎ落として、一生私の鳥かごの中で可愛がってあげるわ」
少女はふと、悍ましい青写真を描く。凌辱されもがき苦しむ、最愛の少女の姿を。
想像する。限りなく希少な対等な存在を、地に堕とす喜びを。
「楽しみね」
声は赤い、血の色をしたカーペットの中に吸い込まれていく。
薄明の廊下内で、金色の何かが不吉に煌めいた。




