王城侵入
「起きて」
「うん・・・?」
「起きて、ツルギ。着いたよ」
ツルギが寝ぼけ眼をこすりながら目を開けると、目の前には大きな城門と、そして金髪の少女が立っていた。
「まったく、ここまで通行人に怪しまれないように、しかも君を起こさないように来るのには結構骨が折れたよ」
少女はそう言いながらも、その表情から憤りやいら立ちは全く感じさせない。どこまでも透徹した青い瞳だった。
「・・・これがクローチェ王城の門か。結構でかいな」
「そりゃね。三大国の一角であるのには理由があるのさ」
高さ10mを超える城門の下には、2人の衛兵が立っている。周囲への警戒は決して切らさず、しかも自然体だ。おそらくは手練れだろう。
「王の元までどうやっていく?お前の名前を出したら通れるのなら楽だが」
「私は本来懲役4、5年くらいの所を抜け出してきた身だからね。魔導通信で私の罪状はここまで伝わっているだろうからそれは難しい」
「となると・・・」
「ああ」
アウィスは地面に、自分の武器である剣を置いた。
「強行突破だ。とは言っても、誰一人傷つけちゃいけないけれどね」
「了解」
「君はここで待っていてくれると有難い」
「いや、俺も行く。敵意さえ見せなければ、会話で時間稼ぎは出来るだろう。お前の関係者だ、無下にもできまい」
「分かった。でも抵抗と、無理はしないでね」
これまでの付き合いでなんとなく、来るなと言っても付いてくるんだろうなぁと分かっていたアウィスは、ツルギの同行を許すことにした。
無論彼は捕まりはするだろうが、『星龍の血』で不治の病にかかった国王を治せばほぼ確実に釈放されるはずだ。
と、そこでツルギが王城を睨んで、
「一応聞くが、この王城にお前が勝てない奴は何人いる?」
「居ても2、3人。風魔法を使っても振り切ることすらできないのは騎士団長だけだけどね」
「了解。それじゃあ俺は、そいつを止めておく」
そうしてアウィスとツルギは、歩いて城門に近づいていく。すると当然、衛兵の一人が声を上げた。
、
「どうかそこでお止まりになってください、アウィス・エストラーダ侯爵令嬢様」
「ふむ」
「貴女様は現在指名手配中の身です。王城に入ることは叶いません。監獄までの、同行を願います」
厳然とした大男だった。魔力量からしてアウィスなら余裕で勝てるだろうが、戦うわけにもいかない。
どうしたものかね、とツルギが思っていると、
「王城に入ることは叶わない?・・・君は一体何の権限があって、私にそう命令しているのかな?」
図太いツルギですらゾッとするほどに、美しくも恐ろしい笑顔だった。
思わず衛兵が一歩後ずさる。
「・・・アウィス様。いくら貴女様といえど、私たちは国王陛下の手足。今この場においてのみ、私たちの立場は貴女様より強い」
「なるほど、一本筋の通った理論だ」
「分かっていただけたならば、」
と、そこまで衛兵の一人が言った時であった。
「ねえ、セセ騎士爵家のブルーノ・セセ殿」
「ッツ!!」
瞬間、目の前の男の顔が青ざめた。言わんこっちゃないとばかりに、先ほどから一言も発していないもう一人の衛兵が顔を背ける。
「いやはや、君の言っていることは全くもって正しいよ。正しい。・・・でもさ、」
ぽん、とアウィスはブルーノの肩に手を置いた。
「騎士風情が、少しは立場というモノを、知ったほうが良いと思うな」
「ひ、ひいっ!!」
男が恐怖で震える。騎士爵の木っ端にとって、侯爵家なんてものは雲の上の存在である。それこそ機嫌を損ねたら、どうなるかは分からないくらいには。
(・・・よくやるよ、あの善良な性格で)
ツルギは半分感心、半分呆れながら彼女の演技を見ている。しかしそこでブルーノは、流石に王城の衛兵を務めているだけあってこう言った。
「・・・せめて、何の要件なのか教えていただけないでしょうか」
「ん?」
「私は王に忠誠を誓っております。ゆえに悪意のある者に、決してこの王門を通らせるわけにはいかない。決して」
「へえ」
優秀な衛兵だ、とツルギは思った。隣の男とは話が違う。
アウィスはごそごそとポケットの中を漁ると、虹色の液体の入った瓶を取り出した。
「・・・それは、何でしょうか?綺麗な砂の、ようですが」
「王の病気を治す薬さ」
「!!」
それを聞いた瞬間、ブルーノと顔をそらしていた衛兵が目を見開いた。
「そ、それは本当ですか!?」
「ああ本当さ。侯爵家の名前に泥を塗った以上、せめて罪滅ぼしに何かできないかと必死になっていたところ、偶然にこれを手に入れることに成功したのさ」
「・・・!」
アウィスはゆっくりと片目を瞑って、
「いやはや罪滅ぼしどころか、敬愛する国王陛下を恐れ多くも助け奉れるとは至上の幸福だね。・・・だから、ここを通してくれないかい?」
「うっ、」
「まさかこの件で、嘘を吐いていいはずはない。信じてくれるよね?」
正直、ブルーノからすれば胡散臭くはあっただろう。アウィスが私通の罪をかけられてからまだそう時間が経ってはいない。
昨日の今日で王の病を治せるような、奇跡の薬を手に入れたなど、通常ならば信じられないだろう。
しかし目の前にいるのは、あの音に聞くアウィス・エストラーダ。しかも男は半分脅しをかけられているような状況であり、ある意味男は、国王の為という言い訳を与えられたのだ。
男が王に忠誠を誓っているというのは事実であったが、それでもアウィスが怖くないわけではない。彼の恐怖心は、無意識のうちに彼を逃げ道へと誘導した。
「・・・分かりました。どうぞ、お通り下さい」
「ありがとう。君のことは覚えておくよ」
アウィスはにっこりと笑った。少女らしい儚さと、花の色香が同時に存在している、そんな魅力的な笑顔だった。
(魔性だな。・・・いや、魔性にもなれると、言うべきだろうか)
ツルギはそれを見て、なんとなくそんなことを思う。彼は魔性がどんなことなのかしっかりとは分かっていなかったが、彼女の今の笑顔は魔性なのだろうと想像がついた。
そうして門をくぐると、大理石が一面に敷き詰められた、白のエントランスに着いた。
壁には金色の燭台に加え、無数の荘厳な装飾が施されており、入り口からある一点に向かって、赤のカーペットが敷かれている。
なるほど、荘厳な王城であった。
「王の部屋までは、このカーペットに従えばいいのか?」
「そうだね」
いくらかメイドや使用人がギョッとした顔で見てくるが、アウィスはそれを手で制す。
一人が玉座の間に向かったのを見て、現在王は城にいるようだねと考えて・・・、
「っと、」
「ん?」
アウィスが突然に顔を上げてある方向を見た。ツルギもそちらを見ると、
「これはこれは、アウィスお嬢様ではないか。息災であられましたか」
「・・・お久しぶりですね。ウーゴ・メンディエタ王国騎士団長殿」
そこには立派なカール髭を蓄えた、30歳ほどの茶髪の男性が立っていた。優に180㎝はある、恰幅のいい紳士である。
(凄まじい、魔力だな)
立っているだけで空間がゆがむほどの、異常な魔力。おそらくは、いや確実にルプスより遥かに強いだろう。
「犯罪者となった貴女が、いったいここまで何の用で?」
「・・・国王陛下の病を治すための薬を手に入れてね、通してくれないかい?」
「う~ん、当然そのようなこと、信用できませんなあ」
「まさかいきなり貴方と、出会うなんてね」
ウーゴは明らかにアウィスを警戒していた。取り付く島もなさそうだ。
「ツルギ、」
「分かってる」
「おや、何ですかな?」
ウーゴがそう聞いた瞬間に、
「上級風魔法、ウィンドフォース!」
アウィスが王の部屋に向かって、飛び出した!
「させませんよっ!!」
まるでアウィスの動きを読んでいたかのように、ウーゴが立ちはだかる。しかし、
「星級炎魔法、」
「なっ、星級!?」
ツルギがそう呟くと、ウーゴは思わず彼の方を振り向いた。アウィスがわざわざ連れてきた男だ、魔力は感じないとはいえ何かあると思ったのだろう。
「グラン・インフェルノっ!!」
「くうっ、って、はい?」
しかしツルギからは何の魔法も放たれなかった。ウーゴが一瞬だけ目を丸くして・・・ハッと目を見開いた。
「まさか貴方、魔力を隠蔽しているんじゃなくて、」
「ああ。そもそも俺に魔力は一切ない」
「ッツ、なんでアウィス殿はそんな者を、」
ウーゴは後ろを振り向くが、すでにアウィスは別の部屋に移ったようだった。
チッと彼は、舌打ちをする。
「・・・まあいいでしょう。いくらアウィス殿といえど、我らが誇る宮廷魔術師たちの突破は容易ではあるまい。そこに私が追いついて、チェックメイトです」
そうして彼は、アウィスの後を追おうとして・・・、
「ああ、待て待て。お前を足止めしろと言われているんだ」
ツルギにそう、呼び止められた。
「・・・一度は、見逃してやる。逃げなさい」
その瞬間、ウーゴは凄まじい殺意を放った。広い空間がビリビリと揺れる。
「ふむ、確かにこれは凄まじいな」
風は吹いていないはずなのに、ウーゴのマントがパタパタとはためく。灯がゆらゆらと揺れる。王国最強に相応しい存在感だ、と彼は感心して、
「だがお前を、通すわけにはいかない」
「・・・非魔力保有者の貴方如きに何ができるというのです。見たところ貴族でもないようですし、死になさい」
ウーゴは振り向くこともせずに剣を後ろに振るった。
キイィン!!!
神速の剣は、ただ振るわれただけにも関らず轟音を引き起こす。
一閃、これにてツルギの命は終わりを迎えた。
・・・はずだった。
「あー、悪いな」
「!?」
「俺としては、師匠の頼みを果たさなければならない」
凍てつくような、透明な殺意。殺したいわけではないが、仕方がないから殺すといった風な、最も悍ましい殺意。
恐る恐る後ろを見ると、ウーゴの剣は彼の首で止まっていた。
ツルギはつまらなそうに目を瞑って、頭をガシガシ搔いている。
「・・・・・ばかな」
「これは俺の中で、絶対のことだ」
そう言うとツルギは神話金属『オリハルコン』でできた剣に、ゆっくりと手を振り下ろした。
「は?」
キィンと鋭い音がして・・・、剣は両断された。
鋭利な断面。
「・・・ありえない、そんなこと、」
思わず一歩、後ずさってしまう。いや、一歩ではすまずに何歩も何歩も、逃げるように足が下がってしまう。
ありえない存在を前にして、体が震える。やせ細った体、異常性、剣、怪物、生身。
「悪いな」
怪しく煌めく、濡れ羽色の髪。鋭く輝く、漆黒の瞳。
「アウィスの所に向かうんなら、俺はお前を殺さなければならない」
ウーゴはどうしようもなく理解した。させられた。
天地がひっくり返っても、人類である限りこの男には敵わないと。




