目途
これはアウィスがルプスを打倒した、1時間ほど後のことである。
「おいアウィス」
「・・・」
「おいアウィス、あまり揺らすな酔う」
「君はちょっとは我慢しろ!」
青筋を浮かべたアウィスがツルギを背負って、平原を駆け抜けていた。
・・・。
ことの発端は、30分前に遡る。
「師匠に守れと言われたからな、俺はお前とスピラの両方を目の届く場所に置いとかなきゃならないわけだ」
「・・・んんん、」
ツルギは自分の目的を話し終えていた。
アウィスは片目をつぶって、こめかみを手で押さえていた。
「君はそれで私に納得してもらえると、そう思っているのかな」
「お前が納得するかどうかはそう重要ではない」
「君、コミュニケーション苦手だろ」
整った顔立ちをげんなりと歪めながら彼女は話す。一方でツルギは、いつも通りいけしゃあしゃあとしていた。
「・・・まあ、話を整理しよう。君はまず、師匠の目的を知らない」
「ああ」
「それで君は、『アウィス』と『スピラ』がなんであるのかも知らない」
「ああ」
「だけどそれはそうとして、師匠の遺言だから『アウィス』と『スピラ』を見守る」
「ああ」
「・・・はあ」
趣旨が不明だとか、理解ができないとかそういうレベルではなかった。恩義のようなもの?と、彼女の性格の良さのどちらかがなかったら、すでにアウィスはツルギを振り切っていただろう。
「もう一度言うけれど、私は命を狙われている身だ。妹と仲良くするどころか、見つかり次第殺されるよ」
「だがお前を殺そうと躍起になっているのは母親だけだろう?」
「まあね。一応妹もだけど」
「なら話は簡単だ」
何を言うのかと、アウィスは思って、
「お前の母親を殺してしまえばいい」
「・・・親殺しは結局、」
「大丈夫だ。お前がお前の母親にされたのと、同じことをやるだけだ。母親さえ片付ければ、あとは無能な妹一人だけだろう?」
母親を罪人に仕立て上げて殺す。
あまりに殺伐とした考えだが、不可能だとはアウィスは思わなかった。彼女と母では役者が違う。無論妹とも。
「でもダメだ。私は私の家族を殺したくはない」
強い信念の、宿った瞳。ツルギは不思議そうに目を細めて、
「奇妙な奴だ。お前も殺される間際だったのに」
「君の言葉を借りるとすると、それは重要じゃないんだよ。正当であるにしろないにしろ、私の行為で傷つく人がいるんだ。結局はそれだけなんだよ」
「・・・」
ツルギは、アウィスがルプスを殺したことを思い出していた。もしや剣が届くとは思っていなかったから、ルプスの罪悪感を減らすために振るったのだろうか。
(・・・いや、流石にそれは考え過ぎだな。とはいえ、コイツが他人をやけに大切に思っていることは変わらんが)
ならば、
「なぜお前は、そこまで他人を大切にする?」
ツルギは聞く。
アウィスは一切の逡巡もなく、口を開いて、
「私はさ、人間ってのが好きなんだよ」
そうか、とツルギは呟いた。
「・・・・・そうか」
善悪ではないのだ、誰も彼も。
善・人・は・た・く・さ・ん・の・人・間・の・こ・と・を・好・き・な・者・を・、・悪・人・は・少・し・の・人・間・し・か・好・き・で・な・い・者・を・、・指・す・の・か・も・し・れ・な・い・。と彼は感じた。
ツルギはここでふと、『師匠』のことを思い浮かべていた。
「なら仕方がない」
「?」
「お前は何の罪をかぶせられたんだ?」
「妹の婚約者との、私通の罪だけど、」
「そうか」
ツルギは少し考えた。私通。それならば高位の貴族であるアウィスが重い罰を受けることは(少なくともツルギの認識では)ない。
妹を傀儡に仕立て上げようとしていた母はアウィスには死んでもらうか、長い間牢に行ってもらうかしなければ困るだろう。だから刺客を差し向けたのか。
「ならばお前は堂々と、いつも通り過ごせばいい」
「・・・確かにルプスのいない今、母の手元に私を殺せる人間はいない。まさか私の暗殺を他の領地の人間に頼むわけにもいかないからね」
「だろう?」
「だからといって、私の無実を証明すれば今度は妹と母の立場が危ういだろう。証明しなければ結局私は牢獄行きだし」
「それに関していえば、簡単な話だ」
ツルギは懐をごそごそと漁った。上着のポケットに手を突っ込んだ後、ズボンのポケットに手を突っ込んで、その後にポーチの中を見る。
「?」
「確か現国王・・・、名前は知らんが、そいつが重い病にかかっていて夭折しそうなんだろ?」
「メルクリオ・クローチェ国王陛下に『そいつ』はいただけないけれど、まあそうだね」
「ならだ、」
その時ツルギは、ポーチからすっぽんと瓶を取り出した。
アウィスは美しく輝く、瓶の中の虹色の液体を見た。小さな宝石の粒のようなものが無数にさらさらと揺れる、不思議な液体。
「なんだい、それは?」
そう質問するアウィスに対し、ツルギは鋭く目を向けて、
「『輝星龍』ガヴェル・ジルファの血液」
「~~~ッツ!!!?」」
アウィスは目を見開いて驚愕した。声にならない叫びが出る。
「君、輝星龍って、あの、」
「ああ、天地開闢の時よりこの地に君臨し続けてきた、四体の星の化身、『星龍』。その一角だ」
「・・・まさか、冗談、だろう?」
有名な話がある。5000年前、現在の帝国以上に発展した技術を持った大国が地上にあった。
そしてその国家元首が不治の病(アウィスは文献の内容から末期の肺癌だろうと判断している)にかかった際に、彼はあらゆる病と怪我を癒す力を持っているとされる、『星龍』の血を集めるよう家来に命令したと。
勿論王も、星龍が人間を超えた存在であることは知っていた。ただその時代の人類は、あまりにも強すぎた。魔力こそまだ人類は手にしていなかったが、人の生み出した兵器はすでに、大海を跨いで敵国の首都を壊滅させられるまでになっていた。
そうして決戦の日に100万の兵と10000の戦車、1000の空爆機がルヴェナス山の頂へと向かったそうだ。
・・・そして結果として、その大国は地上から姿を消した。
これはあるいは与太沙汰話のようでもあるが、当時の発展した文明が残した記録と、現在のそれなりに進展した考古学の研究が、それが事実であると示している。
「星龍の血なんて、そんなの取れるはずがない」
「ふむ」
「君が超大国より強いのなら話は別だけど」
「生憎と俺は、お前よりも弱いな。・・・だが、」
そのときツルギは、剣を取り出した。いったいなんだ、とアウィスが思っていると・・・、
スパンと、彼は自らの人差し指を切り落とした。
「ぐっ、痛いな、」
「何を、やってるんだ!」
「説明、だ、」
アウィスが止血に自らの服を破こうとするのを手で制止して、瓶のコルクを抜くと、人差し指の付け根だったところにそれを振りかける。
「は?」
すると見る見るうちに指は再生し、手は元の形を取り戻していた。
「なっ、!」
医学や魔法ではとうていありえない、奇跡の回復。一流の医者や回復魔法使いやでも指をくっつけることならともかく、無から指を生やすことは不可能であろう。
「・・・ありえ、ない」
「言ったろ、本当だと。これをお前が国王に献上すれば、私通はおろか親殺しですら許されるかもな。いや、流石に無理か?知らんけど」
そう言うとツルギは瓶に栓をして、アウィスの手に握らせた。
「やるよ」
「・・・少々待ってくれ、頭の整理が追いつかない」
「構わん。まだ日は高いしな」
アウィスにとっては青天の霹靂どころではなかった。なぜ彼が星龍の血を持っているのか。なぜ彼が、そんな貴重なモノをあっさり渡してくれるのか。
そして彼は、一体何者なのか。
何もかもが分からないから、アウィスはとりあえず物事に優先順位をつけることにした。まずは確認だ。
「いいのかい、こんなモノもらって。君が献上すれば、中位の貴族に取り立てられる可能性も、」
「どうでもいい」
「・・・それじゃあこれは、ありがたく受け取っておくよ。この恩は必ず、」
「それもどうでもいい」
アウィスは『とある理由』につき自分に恩を売りたかったのかとも予想していたが、それが外れていたことを知る。
ツルギはおそらく、アウィスについて、彼女が『アウィス』であること以外になんらの価値をも見出していない。
「・・・質問があるんだけど、いいかい?」
「構わん」
アウィスは一体何を聞こうかと考えた。師匠関連のことは聞いてものらりくらりと躱されるだろうし、本当に彼ですらも分かっていない可能性が少しだけある。なら、
「この血をどうやって、手に入れたのかな?」
アウィスはじっとツルギの目を見つめる。これものらりくらりと躱される可能性が高いと思いながら、すると、
「『師匠』から貰った」
「・・・師匠から」
「ああ。なんかの記念の時にくれたんだよ」
現に血はそこに存在しているのだから、ありえないとは言えない。
(それに嘘を言っている、様子もないな)
明らかに対人経験の少ないツルギが自分を騙すことはできないだろう、とアウィスは判断した。
(だがそうなると、彼の師匠とはいったい、何者なんだ?)
アウィスは自分が何か大きな、大きすぎる運命の中にいることを理解した。それこそ、事はこの王国だけではとどまらないくらいに。
(・・・はあ、)
(いったいぜんたい、最近は何かがおかしいな)
「ありがとう。これ以上質問はないよ」
「そうか」
本来ならば、もっと聞いておくべきことはあった。だがアウィスはツルギが、彼が何者であるのか知られるのを嫌がっていることに気がついていた。
アウィスの手には小さな、本当に小さな瓶が握られている。
「・・・まあ、行こうか。メルクリオ王の居場所、王城に」
「そうだな。赦免をもらうのは早ければ早いほどいい」
そして物語は、冒頭に至る。ツルギは足が、引くほど遅かった。




