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剣の王と預言の少女  作者: ナムル
第一章 彷徨編
5/25

善人

 ルプスは、自分らしくもなく感傷に浸っていたな、と思う。彼自身、とある感傷に突き動かされて生きてきたことには気づきもせず。


「なあ、アウィス様」

「・・・」

「アンタに死ぬべき罪はないけれど、それでも俺はアンタを殺すんだ。この世界か運命か、あるいは神様を否定するために。善因善果を、否定するために」


 あるいはただの、逆恨みだったのかもしれない。いや、逆恨みなのだろう。

 彼の信じた善人はアウィスが死ぬことなんて望んでいないし、彼自身アウィスを恨んではいない。苛立ちはしたけど。

 

 ただ、どうしようもなく不条理だったのだ。レイスが死んだのなら、アウィスも死ぬべきじゃないのか?・・・俺はもっと、死ぬべきなのだろうけれど。


「・・・ふむ」

「!?」


 そのとき、アウィスの青い瞳は彼という人間を透徹し、そして捉まえていた。

 見透かされた、そうルプスは一瞬恥のような、焦りのような感情に支配されて、



「あまりふざけるなよ、ルプス」

「ッツ!!?」

 

 怒気を感じて思わずナイフを前に構えるが、アウィスあつかつかと歩み寄ってくる。彼のすぐ正面、彼の間合いまで。


「まったく、君は履き違えてはならないことを履き違えている」

「・・・なんで、しょうかね」


 殺せばいいはずなのに、思わず聞いてしまう。


「おそらく君の怒りの根源にあるのは、レイスだろう?」

「なんで、知っている」

「知っているさ。私と年が5つしか離れていない、大切な領民の一人だからね」

「ッツ!!」


 ルプスが驚きと焦りに襲われる。あのとき少年が言っていた貴族が、アウィスだったと気がついた。


「私はね、彼の最期を知らない。冬が明けたころには、いなくなっていた」

「・・・アイツは、」

「ああだが君の態度から想像はできる。・・・死んだんだろう?貶されながら、蔑まれながら」

「・・・!!」


 彼は何もかもを見通されていることに驚愕するが、構わずアウィスは話を続ける。


「だから君は、彼が死んで私が生きている不公平な世界に不満を覚えている。そして実際は彼が死んだことが不満の中心ではあるが、その不満はもう晴らされる方法を失った。だから仕方なく、私を殺そうとしている」

「・・・正解です」

「だけどね、君がそれを選んじゃダメなんだ」


 そのときアウィスは、再びルプスを見つめていた。青い瞳は透明に、すべてを見通していた。


「君は私も死ぬべきだと考えるのではなく、彼は死ぬべきではなかったと、強く信じ続けるべきだったんだ」

「・・・あっ、」

「そうでなければ彼は本当に、報われなくなってしまう」


 ルプスは少し考えれば分かる、自己の矛盾にようやく気付いた。彼はレイスを『善人ではあったがこの腐った世界、善人だろうと死ぬときは死ぬ』と肯定するために、レイスの『価値』を否定していたのだ。


(・・・・・けけっ。なんでだ。なんでそんな簡単なことに、気づかなかった?)


 決まっている、彼が悪人だからだ。

 大切な人を想うより先に、世界への憎しみがあったからだ。憎しみの中レイスを肯定しようとした結果、どうしようもないほどに認識は歪んでいた。


 それに気づいた時、彼はめまいのような感覚に陥っていた。


「・・・アウィス様、俺は、」

「ああ、それでも私を殺すのは別の問題だけれどね。そうしないと君の立場が危うい以上、私を殺してもレイスを否定することにはならないよ」


 彼の脳裏に、彼女は自分が助かるためにそんな話をしたんじゃないのかという考えが浮かんでいたが、それは図らずしも否定された。


「・・・けけけ。―――怪物め」


 彼は、心の底からそんな言葉をもらした。敬意、畏怖。


「よく言われるよ」


 アウィスはゆっくりと、片目を閉じる。


「いいんですかね、敵に塩を送って。いいんでしょうね、敵に塩を送って」

「当然さ、君も私の大切な領民に変わりはない」

「まったく、貴女には頭が上がりそうにない。・・・でも、すみませんね」


 彼はそれでも一度反旗を翻した以上、元のさやに納まることはできない。アウィスの側についても、おそらくアウィスは許してくれるだろうが母親に処刑されるだけだ。


(結局俺は、悪人なのかね)


 それは他人が貼るレッテルとしての悪ではなく、彼が心から恥じるべき悪だった。結局彼は自分が『善人』とは程遠いことと、アウィスとレイスが輝くような『善人』であることを理解した。


(俺は間違っていたけれど、それでもやっぱりこの世界も、腐り切ってんな)



「・・・どうか天国で、弟とでも仲良くやっておいてくだせえ」


 ルプスがそう呟いた瞬間、彼はいつの間にか彼女のすぐ眼前にいた。

 先ほどとは比べ物にならない神速。避けるべくもなく、アウィスは死ぬ。


「やれやれ、」


 アウィスはため息を吐く。


「すまないね、()()()


 アウィスは一応剣を振ったが、どうせ間に合うことはないだろう。


 ああ、最期の時が来る。ルプスのナイフが、彼女の首に触れる。

 

 ザクリと鈍い、音がして。鮮血が目の前いっぱいに広がって、



「・・・は?」


 そして()()()()()()が、ルプスを袈裟に切り裂いていた。

 

 彼のナイフは彼女の首で止まり、首は『切られて』いなかった。


「が、は、」


 ルプスが口から血を吐き出す。胸には斬撃の跡があり、滝のように血が噴き出し流れ出る。


「なに、が、」


 ルプスが理解できずに叫ぶ。

 なぜ自分の首が切られていないのか、それは彼女にも分からなかった。ルプスが手を抜いたようには見えない。


 ただ瀕死のルプスを前に、アウィスが自分の服の袖を破く。


「くっ、ルプス、すぐに応急処置をする!」

「けほっ、無駄ですよ。どうせこの傷じゃあ、生き残れねえ」


 彼の傷はあまりに深い。刃は肋骨を断って中の臓器まで届いてしまっていた。

 それを聞いたアウィスは歯ぎしりをすると、ルプスの手を掴んだ。


「諦めるな、君はいつだって生き汚く生きて来ただろう!今回も、汚く生き残れ!!」

「けけっ、けほっ、さっきまでより、数段必死、ですね」


 脈はすでに、弱くなっていた。服を傷口に被せるが、この大出血を前に何の意味もない。


「ああ、よかった」


 しかしルプスはうわごとのように呟くと、眩しそうに目を細めて笑っていた。


「神様は、いたんだ。できれば弟のことも。見てて、欲しかったなあ・・・」

「~~~~ッツ!!起きろ!目を覚ませ!!」


 アウィスは叫ぶ。彼の体をゆする。


 ・・・。

 ・・・・・。


 ただ彼の手に、もう力はなかった。



「・・・ルプス」


 燦然と、午後の光が彼の亡骸を照らす。光を浴びて、体が白く輝く。


 血まみれの彼は、しかし満足そうに死んでいた。

 死んでしまったけれど、あるいは彼は救われていたのだろうか。

 もしかしたらレイスも、こんな風になくなったのかなと、彼女は思って・・・、




「待て、」


 アウィスはハッと立ち上がった。


「しまった、あの青年は!?」


 彼女は今更になって、彼のことを忘れてしまっていたことに気が付いた。


 ルプスが死んだ以上、召喚されたギガースクラブたちは元の場所に帰ったのだろうが、かといって彼がやられていないはずも無い。

 とはいえまだ生きていれば、処置のしようはある。


 薄い望みにかけて、アウィスは後ろを振り向いて・・・、



「おお、無事だったか」


 そこには多少土埃にまみれ頬から出血してはいたが、おおむね無傷と言って問題ない男が立っていた。


「・・・莫迦な、」

「言っただろう、そこそこ強いって。あの鈍重な蟹から逃げることくらいわけない。まあお前ほどじゃないがな」


 男はどこまでも、飄々としている。


 確かにギガースクラブは動き自体は魔物の中では遅い方だ。ただそれでも最高速度は時速70㎞に達する。到底魔力のない男が、どうにかできるモノではなかった。


「君は、いったい、」

「まあ、俺のことはどうでもいい」

「どうでもよくはないけれど、」

「もっと重要なモノがあるだろうに。・・・さて、」


 ツルギは先ほどまでの全てがどうでもよかったのだと、そう思えるほどの真剣な瞳でアウィスを見つめた。そして、


「お前の妹の名前を教えろ」

「・・・、なぜ?」


 アウィスは怪訝そうに眉を顰めた。


「いいから教えろ。戦力の分断に俺は多少役に立った、俺なりに義理は果たしたはずだ」

「妹の、名前か」


 このときアウィスは、彼に妹の名前を教えなければ、彼がずっと手助けしてくれるだろうことを見抜いた。

 ツルギが如何な方法を用いてかギガースクラブ相手に耐久出来た以上、みすみす彼を手放す理由はない。


()()()だ。スピラ・エストラーダ、それが私の妹の名前だ」



 そこまで言って、アウィスの体がぶるりと震えた。どこからかガキン、ガキンと、剣の打ち合うような音が聞こえてくる。


「やっとだ」


 目の前の男は、狂気的ともいえる笑みを浮かべて、天を仰いでいた。草原の草が波打つ。



「やっと・・・見つけた」


 アウィスは知らない、見ていない。―――向こうでバラバラに切り刻まれて、打ち捨てられた三つの死骸を。




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