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剣の王と預言の少女  作者: ナムル
第一章 彷徨編
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歪んだもの


「終わりですよ」


 彼はひどく自然に、それこそ流れるように掌底を放った。アウィスは突風を巻き起こして、なんとか後ろに回避する。


「無詠唱で、そこまでの魔法。たかだか16の小娘とは思えないですねぇ」

「はぁ、はぁ、」

「それに頬を切ったとは思ったんですが、まさか避けきられていたとは」


 そこでアウィスは、先ほどのナイフによる突きで、自らの顔が切り裂かれていないことに気が付いた。


「・・・?掠ったとは、思ったけれど、」

「まあいい、俺の腕が思ったよりさびついていたってことでしょうね。・・・アンタが当主になってからは、息苦しかった」


 ここで初めてルプスは、いら立ちの感情を前に出した。


「なるほど、それが君が向こうについた理由か」

「・・・俺がアンタの母を暗殺するかと聞いた時も、アンタは平気な顔をして止めておけと宣った。まさかアレの思惑に気づかない人ではないでしょうに」

「それは私の築く、王道楽土の在り方ではない」

「ええ、ええ、そうなんでしょう」


 ルプスは悍ましいほどの怒りが籠った瞳で、彼女を睨みつけて、


「アンタはどうして、必死じゃないんだ」

「・・・それは、」

「いえ、いえ、分かっていますとも。アンタは本物の天才だ。恵まれているから、必死で生きようとしないんです」


 このときアウィスは、彼が一体なぜ、彼女に敵対したのかに気づいた。赤く揺らめく、嫉妬の炎。


「要するに、私が気に食わないってことか」

「ええ、そうです。俺はアンタの余裕がいつも気に食わなかった。恵まれた身で当然に誰かを助けて、善人面をしているのが気に食わなかった」


 生き汚く、必死になんとか自分を生かしている者からすれば、恵まれていて、かつ優しい者など不快でしかないのかもしれない。

 苦しくとも必至に生きる彼らが悪党と蔑まれる傍らで、必死に生きないでも幸せに生きられる彼女らが、ちょっと自分の幸福を失わない範囲で人助けをしただけで、善人と褒めたたえられるているのだから。 


 だがアウィスのその考えは、少しだけ違った。


「まあですが、今はそんなことはどうでもいい。俺は金と地位の為に、アンタを殺すだけです」

「・・・やれやれ、見逃してもらうというのは、」

「勿論論外です。せいぜい居もしない神に、祈ってくださいや」

「まあ、だろうね」


 ルプスはナイフを両手に持つと、右腕を振り上げて襲い掛かってきた。


「ウィンドブラスト!!」


 機先を制するために彼の右腕めがけて、風を巻き起こして・・・、彼の右腕が隆起した。


「力を入れれば、効きませんねえ!!」

「なっ!」


 落雷のように、彼がナイフを振り下ろす。アウィスは当たるか当たらないかギリギリのところで、それを躱した。

 しかし、


「両手にナイフ。避けきれますかねっ!!?」

「風纏い、」

「おや、」


 ルプスが腕に斬撃を落とすが、風に押し戻されて軌道がずれた。

 

「好機、だね!」


 返す刃をアウィスが振るう。しかしそれはルプスの、神速のバックステップによって躱された。


「・・・魔法を使っていないのに、私より速いとは」

「言ったでしょう、貴女では勝ち目がないと。・・・まあ、俺の連撃があんな魔法でいなされるのは、想定外でしたが」

「私も、私の魔法の出力に驚いているよ」


 アウィスはゆっくりと片目を瞑った。追い詰められているはずなのに、どこか余裕がある。ルプスは怪訝そうに睨みつけて、


「・・・もしかして、アンタ別に焦っていないんですか?」

「いいや、焦っているよ。半ば諦めてもいる。なにせ君は、実力の半分も出していない」

「へえ、気づきますか」

「そりゃあね」

「流石はアウィス様だ」


 ルプスは感心したように笑う。・・・そして、


「が、はっ!!?」

「では本気と、いきましょう」

「なに、が、」


 アウィスは腹にすさまじい衝撃を食らって吐血していた。メキメキと、腹筋が貫かれる。


「いや、なに。簡単な技ですよ。『指弾』っていうのですがね」


 見るとアウィスの腹には、深々と小石がめり込んでいた。指で弾いただけで、なんという威力。

 血を吐くアウィスをルプスは笑って、


「いやはや、指弾とは良い技ですよね。指弾には人を非難し、爪弾きにすることという意味があるが、まさに貴女にぴったりの技じゃないですか」

「・・・、」

「まったく、人はいつだって、善悪を履き違える」


 吐き捨てるように言ったルプスの表情から、アウィスは何をも読み取ることができなかった。混沌と、している。












 このときルプスはアウィスを前にして、ある光景を思い出していた。

 彼にとってはどんな人間よりも優しくて、穢れをもまばゆく照らさんばかりに尊い光を放ち続けていたはずの弟を――。



 スラムの暗黒街で生まれた彼は、生まれ落ちたその時から盗み殺すことを宿命づけられていた。盗まなければ生きていけない。誰かを殺さなければ、凶暴だと見せつけなければ奪われる。


 ただ彼の弟だけは、他とは違った。


『お腹がすいたの?なら持って行っていいよ』


 彼は自らの物を何らの躊躇もなく、他人に渡していた。ルプスはそれを、いつも冷めたあるいは憎しみを湛えた瞳で見つめていた。

 そしてあるとき、彼に言った。


『その食い物は俺が取ってきたモンだぜ、人を殺してな。お前は他人に食べものを与えていい子ちゃんを演じているようだが、お前が他人に与えている分人が殺されているわけだし、お前は汚いモノから目を背けているだけだということを忘れるなよ?』


 彼なりの精一杯の皮肉と悪意のこもった言葉だった。家族でなければこんな弟とっくの昔に殺してる、彼はそう思っていた。


『あはは、そうだね・・・。』


 しかしそんな言葉に対しても、まだ10にも満たないその少年は聖人のような、慈母のような笑顔を返した。彼がルプスに反論をすることはなかった。


 不気味な奴だ。そうルプスは考えて、踵を返した。



 ーーーこれは、大寒波が街に襲来したときである。雨風凌げるところも少なく、またただでさえ飢えているスラムでは、大量の死者が出た。


『クソっ、ふざけんな!なんでどこにも食いモンがねえ!!』


 ルプスはスラム街中を歩き回ってーーー食べ物がないために、走ることは出来なかった―――食べるものを探していた。

 しかしこの大寒波にネズミもカラスも逃げ出し、またたくわえのある家もなかった。


『いつも冬は越すのに必死だが、これはいくら何でもあんまりだろ!?』


 悪鬼のような彼は、しかし縋らせてくれない神を憎んだ。幸い弟は他人に食料を分け与えることをしていなかったが、それはそもそも分け与える食料がないからであって、状況がマシなことを意味してはいなかった。

  

『チクショウ!食べ物はなかった!』


 ルプスは家に帰ると、藁を編んで服を作っていた弟にそう言った。


『・・・そうなんだ』


 彼は変わらず鈍いのか、あるいは足りていないのかと思われるような首肯を示した。

 ルプスは弟のそんな呑気な態度に腹が立って、大声で怒鳴った。


『そうなんだじゃねえ!!このままじゃ俺も、お前も死ぬんだぞ!!』


 ルプスは体に残った最後の活力を絞り出さんばかりに怒鳴った。

 弟はそれに、どこか悲しそうな、優しい笑顔を浮かべるばかりであった。


『クソッ、俺はもう寝る!!』


 彼はこれ以上、エネルギーを浪費することはできなかった。凍えるような冬の夜空の下、どうしようもなく眠りにつく。




 ・・・次の日の朝、ルプスが起きると寝床の藁には誰もいなかった。


『・・・レイス?』


 弟はもう起きたのか、と彼は寝ぼけ眼を擦りながら起き上がる。


 昨日は言いすぎて悪かったな、と謝ろうかとも少し思った。だがこれで凝りて、彼の偽善が治ればなと思った彼は、言わないことにした。

 

 ・・・きっと治っても次は、こないけれど。


 と、彼はレンガの壁の向こうに、彼の黒い頭を発見した。


『早いな。おーい、レイス。』


 とはいえ最期の時くらい兄弟喧嘩をしていてもしょうがない。やせ細った体のまま、拙くも足を動かしていく。


『・・・?無視すんなよ、昨日ので拗ねてんのか』


 レイスは苛立っているのか、こちらを向いてこない。確かに昨日は言いすぎたが、それでも無視はないだろと彼は思った。


(・・・イラついているのはこっちも一緒なんだぜ?)


 眉をむっと曲げながら、ルプスは彼の肩をつかんだ。


『おい、無視すんなよ!!』


 そうしてルプスは、レイスの顔を見た。

 レイスのその、どこをも見つめていない顔を。



『えっ、?』

 

 少しだけ視線を下に落とすと、レイスの腹には木でできた柄が立っていた。そしてその下には、まっかなまっかな、血だまりが・・・


『う、うわあああああああああっ!!』


 ルプスは叫んだ。明らかに自殺、弟が死んだ、なぜ、決まっている、どうせ生きていても飢えて死ぬ、俺も?


 俺も、死ぬのか?


 そのときルプスの頭をよぎったのは、弟の死への感傷ではなく、自らが死ぬことへの恐怖だった。


『嫌だ、死にたくない、』


 なんで俺が、今まで必死に生きてきたのに。・・・人を殺した罰?そんなモノあってたまるか!!


 俺はただ、貧乏ながらも生きていただけだ!!


 

 そこまで考えて、ルプスはレイスの前の地面の砂に、何か文字が書かれていることに気が付いた。頭の良いレイスは文字を勉強していたのだ。


『・・・なんだ?』


 ルプスはその手紙を拾い上げる。彼も弟の影響で、字を書けはしなくとも読むことくらいはできた。


『にいさんへ。いままでありがとう』

『・・・レイス、』

『にいさんはいつだって、きずつきながらも、ぼくをまもってくれていたね。しっていたよ、にいさんがひとをきずつけるのが、すきじゃないこと』

『・・・違うぞ、そんなことはない』


 ルプスは人を傷つけることに、何の感慨も持っていなかった。それは生きるために当然に。しなくてはならないことだった。


『ごめんね、にいさん。あなたにもういちどだけ、ひとをきずつけさせてしまう』

『・・・?』


 そうして続きの分を読んで・・・、ルプスは絶句した。


『おなかがすいたら、ぼくをたべて』

『・・・・・!!』


 このときルプスは、理解した。彼のそれは、断じて偽善などと呼んでいいものではなかった。

 

 善人でありたいのなら、自分の肉を食えなどと悍ましい提案はしない。

 善人でありたいだけなら、自分の命を放棄はしない。


 俺は自分が死ぬのが怖いから奪って、レイスは死ぬのが怖くないから分け与えたのだ!

 アイツは本当に、心の底から他人を思いやれる善人だったんだ!


 それを思うと、彼の体が震えた。弟を助け続けたことは、暗い彼の人生で唯一の、胸を張って誇れることである気がした。


『・・・レイス』


『兄ちゃんは、お前の自慢にできるような、すごい人間になるからな』


『困っている人がいたら助ける。貧しい人がいたら分け与える。お前が俺を生かしてくれたおかげで、たくさんの人が救われるんだ』


『それでも俺は、お前と違って地獄行きだと思う。・・・でも、』


 気づくと血の上に、ぽたぽたと波紋が立っていた。


『俺はお前の優しさに。命と、そしてそれより遥かに大切な心を救われたんだ。・・・・・・・・ありがとな』


 彼は、レイスの体を抱きしめ続けていた。弟が寒くないように、ずっと、ずっと・・・。






 そうしてその翌日、彼の隣に住んでいる、ぼろをまとった少年が現れた。


『・・・よお、ルプス』

『・・・食うか?』


 おそらくは肉の匂いに連れられてきたのだろう。彼は弟の右腕の肉を差し出した。


『いいのか?』

『きっとな』


 彼はもう、他人に何かを与えることを厭いはしなかった。


『ありがとよ』


 コイツはよく弟に助けられていたな、とルプスは思う。彼は腹が減る度にレイスの元を訪れてきて、食べ物をねだっていた。

 レイスがそんな彼に食べ物を惜しみなく与えていた理由も、今なら分かる。


『お前がモノをくれるなんて、珍しいな』

『ああ』


 きっとレイスにとって自分より大切なモノの中に、他の人たちがいたというだけなのだ。

 

(今の俺もたぶん、やり直せるのならレイスのために死んでいただろう)

 

 ルプスはそう思いながら何気なく頷いて、



『まるであの、偽善のレイスみたいだ』

『・・・あ?』


 ぽろっと、肉をこぼした。


『今、なんて、』

『ん?ああ、すまんすまん。お前のはただの気まぐれか』

『いや、違う、違くて、そうじゃなくて、』

『?』


 ルプスは震えていた。頭が真っ白になって、呂律が回らなくなっていた。


『しっかし、捨てる神あれば拾う神ありだな。お前もだけど、昨日お貴族様がやってきて、俺らに美味いモノを分けてくれたんよ』

『美味い、モノ・・・?』

『おお、あれが真っ当な食事っていうんかねえ。あのときほど、他人に感謝したことはなかったぜ』


 彼は意図せずして、地雷をのうのうと踏みつけてしまっていた。


『・・・・・感謝、感謝、か』


 ルプスは呟いた。確かにレイスが分け与えていたのは、いつも食べ物といえるのかも怪しいモノばかり。幸せまでは、分け与えることはできなかっただろう。

 だがそれじゃダメなのか。善意だけでは、いけないのか。


 ルプスには分からなかった。ただどうしようもなく、何かが捻じれて曲がっていると思った。


『・・・そのお貴族様は、どれだけ身を切ったんだか』

『おい、なんだよ、ルプス、』

『なあ、』

『ひいっ!!?』


 気づくとルプスは、彼に馬乗りになっていた。


『善って、正義って、なんなんだ?』


 世界が黒く見えた。神などいないと知った。

 こうして彼は、再びに罪を犯して・・・、そして這い上がることはなかった。







 

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