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剣の王と預言の少女  作者: ナムル
第二章 学園編
24/25

人と人

「どうやって、ユリア先輩たちを。・・・いや、そんなことはどうでもいいか。去れ、ツルギ」


 驚いていたのも一瞬、アウィスはけなげにやって来た彼を一瞥すると、冷たい声でそう言った。


「私の先にあるのは無盡の荒野だ。罪だけが存在する暗い道だ。君までこっちに来る必要はない、先輩たちの元へ帰れ」


 アウィスは多くの人間の命を奪った。兵士たちと、妹の命を。

 そして何より、人間を捨てた。


 夥しい血が、地面いっぱいに広がっている。



「君は望んで怪物から人間となったのだろう?ならば怪物に戻る必要もない」

「俺は、」

「君の師匠とやらに義理立てするにしても、もうスピラはいない。君の師匠の計画は崩れ去ったんだよ、私を守る責務と共にね」


 そう、ツルギは『師匠』に、アウィスとスピラを見守れと言われていた。スピラがいなくなった、死んだ時点で彼がアウィスと共にいる義務はなくなっていたのだ。


「君は楽しそうにゲームをしていたね。嬉しそうにご飯を食べていたね。あれらが君の手に入れ損ねていた幸福の形だ。戻れ。暖かい、ユリアとルキアのいる日常に」


 ツルギは思う。このわずか数週間の、しかし楽しく充実していた日々を。

 共に勉学に励み、共に遊び、共に暮らした数週間を。


「・・・俺はな、人間たちの暖かい生活を羨ましく思っていた」

「そうかい、なら」

「俺はな、生まれてからずっと孤独だった。ただ何を考えることもなく、世界を刻み続け、他者を傷つけていた」

「なら」


 しかしアウィスの言葉を遮って、ツルギは話を続ける。


「『師匠』は俺に、人間の生き方を教えてくれた。ただ彼女は俺に、人間の暖かさを教えてくれた人ではなかった。あくまで彼女は、師匠でしかなかった」

「・・・?」

「お前らの疑っていた通り『師匠』の頼みなんてのは、元から俺にとってなんでもなかったんだ」



 ツルギは思い出す。少し前、数十分前のことを。



『なあ、ユリア』

『なんでしょう』

『認めるよ。俺は何も知らないガキだ。それに俺は、もっとお前らと遊びたい』

『よかった。なら、』

『でもな』


 ツルギはそのとき、今にも泣きだしそうな顔をしていた。


『なんで俺は、こんなにもアウィスの元に駆け付けたいんだ』

『・・・』

『師匠の頼み、だからじゃない。俺はなぜだか、無性にアイツの所に行ってやりたいんだ』


 ユリアは困ったように微笑を浮かべた。そしてすぐに、ほっぺを膨らませて、


『嫉妬しちゃいますね。でも正直、勝てないって分かっていました』

『?』

『だってアウィスさんと話している時、ツルギさんはあんなにも楽しそうだったんですもの』

『・・・どういう、』

『気づいていませんでしたか?アウィスさんと話している時、貴方がいつもの仏頂面じゃなくなっていたことに』


 ユリアはツルギの首にそっと手を当てる。

 その瞬間パキンと高い音がして、彼の首輪が二つに割れた。


『えへへ。貴方がその師匠の頼みだからという建前を捨てて、自分自身の望みで彼女の元に馳せ参じるのなら、私は止めませんよ』

『・・・いいのか?』

『ええ。貴方はまだ、何も分かっていない子供ですが、』


 ユリアの頬から、一筋の涙が落ちていって、


『アウィスさんを想う気持ちは、絶対に本物なのですから』

『・・・ユリア、』

『ごめんなさい、貴方と別れるのが辛くて、アウィスさんに負けたのが悔しくて、私泣いちゃってます。気にしないで、行ってください』

『ユリア、』


 ツルギは右手を、彼女に差し出した。ツルギは穏やかな笑みを浮かべて、


『いつになるかは分からないが、またいつか、絶対に会おう』

『ツルギ、さん』

『お前は俺の先生で、そして大切な友達だからな』

『ツルギさん!!』


 ユリアは彼の手を取る代わりに、彼の胸に顔を埋めた。わぁん、わあんと泣きながら。

 ツルギは苦笑しようとして、でもできなくて、ルキアに話しかけた。


『ルキア、お前も俺の友達だ。また会おう』

『そうね、また会いましょ。・・・言っておくけれど、死んだり、アウィスを死なせたりしたら許さないから。しっかり守りなさいよね』

『・・・当たり前だ。俺は誰よりも、強いからな』


 ツルギはこのとき、ルキアの顔を見ることができなかった。

 ツルギはこのときほど、辛い時を知らなかった。



『・・・じゃあな。ルキア、またユリアをイジメんなよ』

『イジメないわよ、アンタのおかげでお姉ちゃんを大切に、思うことができたから』

『ユリア、立派な先生になれよ』

『分かっています。私、絶対に最高の先生になりますから、』


 人は人とのつながりの中で成長していく。

 ツルギは人を知った。

 ルキアは優しさを知った。

 ユリアは自信を持てた。


 きっとそれはアウィスも同じで、ならばツルギはアウィスに教えないといけないことがあった。


 ツルギはぼやける視界のまま、彼女らを見つめた。そしてゆっくりと、ドアを開けて、


『行ってきます』

『『行ってらっしゃい』』


 ツルギは闇夜を、いっぱいの涙と共に駆けていった。彼の大切な、望みのために。








 そうして今、ツルギはアウィスに歩み寄っていた。二度と彼女の手を離さないように。


「・・・ツルギ、もしかして君は、」

「ああ、その通りだ。俺は、俺がお前と一緒にいたいから来た」

「ッツ!!バカな、君にはユリアとルキアが、」

「でも俺は、お前と一緒にいたい」


 ツルギはまっすぐな瞳で彼女を見つめる。どうしてもアウィスは、顔を逸らすことが出来なかった。


「・・・私は罪人だ」

「俺も罪人だ。知らず知らずのうちに、一体何人刻んだことか」

「・・・こっちに来ても、暖かく楽しい生活はない」

「いいや、あるさ。お前がいるんだからな」


 アウィスは唇をかみしめる。憎悪とも、怒りとも取れない瞳でツルギを睨んで、


「私はもう、生きていたくはないんだ」

「そうか」


 焦るアウィスとは対照的に、ツルギはにっこりと笑って、


「なら俺が生きることの素晴らしさを、教えてやる。お前らが教えてくれたように」

「ッツ!!」


 アウィスが何を言っても、ツルギの決意が鈍ることはなかった。そこでようやく、彼女は心底不思議そうな顔をして、



「ツルギ、君はどうしてそこまで、私に尽くしてくれるんだ」

「・・・」

「安易で、確実で、そして暖かい生活は君の前に横たわっていたじゃないか。なんでそっちを取らずに、」

「ははっ」


 ここでツルギは、おかしくなって笑ってしまった。笑うまいとはしていたが、アウィスに分からないのが面白くて。


「・・・なんで、笑うんだい」

「いや、お前は完璧だのなんだの言われていたが、全然そんなことはないみたいでな」

「いいや、私は悲しいことに完全だ」

「完全じゃない。だって、」


 ツルギは言おうか言うまいかと、少し悩んで。でも言おうとして、喉に引っ掛かりを感じて。


「?」

「だってよ、」


 ごほん、とツルギは咳ばらいをして、



「俺がお前を好きだってことにも、気づかないんだから」


 ・・・。アウィスの頭が一瞬、空白になった。空白になって、


「はあ!!?」


 ツルギの言っていたことを理解して、奇妙な叫び声を出した。


「おい、そんなに驚くなよ。俺が変なことを言ったみたいだろう」

「いやだって、君、全然そんな素振り、」

「まあ正直、俺は恋がなんなのかよく分かっていない。これが恋なのかもよく分からない。・・・でもよ、」


 ツルギはアウィスみたいに、片目をゆっくりと瞑って、


「お前の傍に居たいって気持ち、これだけは本当だ」

「・・・」

「それがきっと、恋するってことなんじゃないのか?どうか俺に、お前を守らせてほしい」


 ツルギはそう言うと、アウィスの手を握った。

 アウィスは放心したように、ぽうっとそれを見つめていた。・・・そして、徐に口を開いた。


「ねえ、ツルギ。君は私が、完璧じゃないって言ったね」

「ああ」

「ならなんで、妹は、スピラは私のことを憎んでいたんだい?」


 スピラは自分の完全性こそを憎んでいたはずだと、彼女は思う。

 

「ふむ・・・」


 ツルギは難しいことはよく分からない。人間のこともよく分からない。ただこれだけは、胸を張って言えた。


「お前はいい奴だ。本当なら妹に、嫌われるはずはない」

「でも、」

「すれ違ってしまったんだろうな。もっとしっかり対話していれば、わだかまりは解けていたはずだ」

「・・・そうか。でもそれならこれは、私の罪だ」


 アウィスはやはり、自分を許せそうにはなかった。


「私がもっと、しっかり対話をしていたなら、」

「そうだな。それはお前の罪だ」

「!?」


 もっと何か理屈をこねてくると思っていたのに、ツルギがあっさりと認めたことにアウィスは驚いた。


「だがな、人間ってのは罪を犯すモンじゃないのか?完璧じゃないんだから」


 ツルギは笑いながら、そう言った。


「・・・それは、そうだけど」

「許されない罪はない。俺は先生から、それを教わった」

「先生?師匠じゃなくて?」

「ああ」


 ルキアはこれまで何年間もユリアを否定し続け、虐げ続けてきた。

 それが許されたのはユリアの度量と、一応ルキアが姉を愛していたことに起因するのだが、彼女が許されるのであれば、やっぱりアウィスが許されない道理はないように感じた。


 そして人間は明日も生きていくのだから、誰もが許されない道理もないと思った。



「なあ、アウィス。人間ってのは完璧じゃない。だからしょうもないミスやどうしようもない過ちを誰もが犯して、けれど許されて生きていると思うんだ」

「・・・」

「お前が完璧なのなら話は別だけれど、お前だって完璧じゃないんだ。いいじゃないか、反省して次を生きていけば」


 ツルギは無垢な子供だ。だからこそ、観念に塗れて大切なことを見落とすことがなかった。

 ツルギはにっこりと、アウィスに笑いかけて、



「行こう」

「・・・あ、」

「妹を失ったんだ、泣いてもいい。泣いてもいいから、前に進もう」



 ふとアウィスの中に、在りし日のスピラとの思い出が蘇ってきた。あれはまだ、純粋にスピラがアウィスを大好きだったころだ。


 あの眩しい昼下がり、スピラは家の近くの山の崖を指さしていた。


『お姉ちゃん見て、向こうに綺麗なお花が咲いてるよ!私あれ欲しい!』

『うーん、崖の上だから危ないんだけど、』


 アウィスがそう言うと、スピラは可愛らしくウィンクをして、


『お姉ちゃんがいるから大丈夫だよ、行こうよ!』



 あのときアウィスは、危ないと知っていながらも妹と共に崖を上った。

 1時間以上かけて、傷だらけになりながらもやっとの思いで取った青い花は美しかった。


 あの時まだアウィスは空を飛べなかった。

 でも今よりずっと、自由に空を飛んでいた。

 大空を羽ばたく、鳥のように。


「嗚呼、なんで私は、忘れていたんだろう」


 膝から崩れ落ちる。彼女は完璧でもなんでもなかった。

 

 妹に嫌われてからも、自分や妹が傷つくことを恐れないで、泥臭く妹に向き合っていけばよかったのだ。

 あの日泥に塗れ傷つきながらも、確かに天空の花を手にしたように。


「なんで私は、あの子の笑顔を忘れていたんだろう」



 


 ・・・spira(スピラ)、すなわち螺旋の運命は正された。

 たとえそれまでにいかな悲しみと罪があろうとも、それでも人は前に進んでいかねばならない。


 ただ、今少しばかりの休息を少女に。

 目が霞んで前が見えないのだから、無理に進む必要もないのだろう。今だけは、少女に休息を。








 次回、最終話です。

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