魔人の王
「まさかこんなところで奸逆の魔人王、アニエスに見えるだなんてね」
「ふふ、恐ろしいですか?」
「いいや、殺すだけさ」
「面白いわ、私のアウィス。やっぱり貴女はそうでなくでは!!」
もっともそうは言っても、アニエスは自分が負けるとは微塵も思っていなかった。
人間より遥かに強大な肉体と莫大な魔力を持つ魔人族、彼女がその頂点に立てているのは、血統のためではなかった。
「星級黄金魔法、マグナム・オプス」
彼女がそう唱えた瞬間、直径にして1mほどの、金色の球体が天井近くに浮かび上がった。不気味に回転するそれは、悍ましいほどの魔力を秘めている。
「なるほど、時限爆弾式の魔法か。金、財と権力の象徴。武器としての金に、価値はないと思うけれどね」
「ふふっ、強がりますね。・・・星級魔法、その意味を理解していないわけでもないでしょうに」
「・・・」
魔法はその規模や難易度から、5つの級に分けられている。
簡単な方から順に、初級、中級、上級、超級、・・・そして星級だ。
星級魔法は現在人類で使える者が指を折って数えられるほどしかいない、いわば究極の魔法である。
その魔法は一撃で戦局を変えかねない。
「まあ貴女が知らないはずもないけれど、一応説明しておくとこれは、詠唱から10分後に地へと落ちるわ」
「・・・そして半径5㎞以内の全てを、黄金に変えてしまうと」
「ええ!」
アニエスは厭らしく笑みを浮かべた。
「確か学園もその範囲に入っていたわよね。あら大変、彼も貴女の友達も、みんなが黄金へと変わってしまうわ!」
「悪趣味な」
「ふふ、でも美しいじゃない?」
彼女はその厭らしい笑みを浮かべていてさえも、美しさを損なってはいなかった。魔性の美とは言うけれど、まさか魔性と美が独立して同時に存在しているとはね、とアウィスは思う。
「・・・まあでも、そんなことはどうでもいいか」
アウィスは剣を、片手で持った。
「殺して全て、おしまいにしよう」
「あははっ、できると思って!?」
刹那、アウィスは地面を蹴りぬいた。常人なら気づくことすらできない速さで、アニエスの元に飛びつく。
しかし、
「遅いわね!」
「ぐっ、」
彼女はアウィスの剣の腹を掴んでいた。力を入れるが、まるで剣が動かない。
「分かるかしら、アウィス?」
「・・・ぐっ、」
「これが魔人王と人間の差ですよ。あるいはウーゴあたりなら話は別かもしれないけれど、少なくとも貴女では勝負にならない」
「それは、どうかなっ!!」
「あら」
アウィスは剣を手放すと、そのまま蹴りを放った。
「はあ、貴女の蹴りなど私に効くはず」
ないでしょうと言おうとして、背すじを悪寒が走った。
キィン!
「・・・やれやれ、油断はしてくれないか」
「まさか、足でもできるの・・・!?」
「術理自体は変わらないさ」
ねじくれた黄金の角が、宙を舞った。右上の角が、ただの蹴りで切断されたのだ。
「・・・」
「おや、」
アウィスはアニエスの雰囲気が、明らかに変わったのを感じた。濃厚な殺意と魔力が、空間に充満していく。
「貴女の刃は、私にも届くのかもしれませんね。・・・もう、手加減はやめましょう。確実にぶち殺す」
「できるかな、君如きに」
「ほざきなさい。超級黄金魔法、金雨」
100を超える金の砲弾が発射された。それら一撃一撃が鋼鉄を貫き、人を死に至らしめることのできる。
「避けられます、か!?」
「避けられるとも」
しかし気づくとアウィスは、彼女の目の前に現れていた。風魔法による加速。
「ばかなっ、ですが!」
アニエスは一瞬だけ驚愕に目を見開くが、手刀を振るう。
ギィンと、剣と相殺した。
「!」
「不規則な動きをすれば、貴女の剣は受けられる」
「やるね、」
要するにアウィスは、物体の結合が弱いところを切っているだけだ。ほんの少し、1ミクロでもインパクトの場所をずらせれば彼女の力は意味をなくす。
そしてそれに気が付いたアニエスは、余裕を取り戻したのか自らのあごをさすりながら、笑って見せた。
「分かりますか、アウィス」
「・・・」
「これが実力の、差です」
魔力量も、膂力も次元が違う。アウィスは俯いていた。
「少し考えれば分かることよね。魔人王たる私に、人間風情が敵うはずもないと」
「・・・」
「ふふ、でも怯えることはないわ。貴女もツルギも、決して殺しはしないから。殺してはあげないから」
アニエスは勝ち誇ったように、俯いているアウィスに歩み寄って・・・、
「ははっ」
「・・・なに?」
鼻で、笑われた。彼女は表情を見せまいとしていただけだったのだ。
「なんだ、その余裕は」
「いやさ、君らしくもない外連味だなと思って」
「・・・」
「星級魔法の時はまあ、私の心を痛めつけるのが目的だから、違和感はなかった」
でもね、とアウィスは言って、
「なんだって私の術理を見抜いたことをわざわざ言ったんだい?適当に、『なんで切れなかったの』とかとぼけておいて、もっと致命的な所で私の攻撃を弾けばよかっただろうに」
「それは、貴女を絶望させるために、」
「そう、私を諦めさせるためだ!」
「!!」
アウィスは片目をゆっくりと瞑ると、彼女の胸を指さして、
「大けがを、しているんだろう?」
「ぐっ、」
「魔力の出力も不安定で動きも鈍い。それほどの怪我、おそらくは君に違和感を覚えたウーゴ騎士団長あたりと、戦闘になったのかな」
「・・・戦いを仕掛けたのは私ですがね。まさか人間如きに、あそこまでやられるとは思っていなかった」
ほとんど想像で言っていたが、当たっていたことにアウィスは眉を顰める。
騎士団長の敗北、中枢の乗っ取り、この国は水面下で滅びに近づいていたのだ。
「確か魔人族は、少数精鋭だったね」
「・・・ええ、それが何か?」
「ついでだけれど、君を倒せば戦争は終わるわけだ」
「・・・」
不可能だとは、口が裂けても言えなかった。アニエスが剣を掴んだ時、反撃はしなかったのではない。傷が開いて、できなかったのだ。
「やれやれ」
アウィスは何かを口に含むと、呟いた。
「弱い者イジメは、好きじゃないんだけどな」
「ッツ、抜かせっ!!」
激怒したアニエスは、傷が痛むのも構わずアウィスに飛び掛かった。
彼女のドレスには、肩から逆の脇腹にかけて血がにじんでいた。
(大けがをしていてもなお、ルプスより遥かに上の速度)
アウィスの目には、彼女の動きは映っていなかった。
大けがをしていても魔人王は魔人王。人智を越えた怪物であることには違いはない。
「死になさい、アウィス!!」
彼女の手刀が振り下ろされる。アウィスはゆっくり息を吐くと・・・、
ズバッと鈍い、音がした。
「ふふっ、やった、やったわ!!」
「・・・」
彼女の腕はアウィスの左肩にめり込み、鎖骨を割り、肉をえぐっていた。アニエスは少し下にびくびくと、アウィスの心臓の鼓動を感じる。
「貴女を拷問できなかったのは残念だけれど、これでこの国は終わりよ。貴女の分も、ツルギはたっぷり可愛がってあげるから」
そうしてアニエスは手を肩から引き抜いて、血を拭こうとして、
「まだ、だよ」
「!?」
引き抜けなかった。ぐぐぐと凄まじい力が、入れられている。
一瞬、彼女は驚愕した。したが、すぐに元の余裕な表情に戻って、
「ふふっ、ここから何ができるというの?そもそも貴女、放っておいても3分ともたないでしょう」
「そうかもね」
このときアウィスが口を動かすと、バキンという何かが割れる音が聞こえた。
「!?」
毒かと思ったアニエスは、手で顔を覆う。覆って、
次の瞬間、虹色の液体はアウィスの右肩にかかっていた。
「ツルギが瀕死になった時に、使おうと思っていたんだけれどね。どうにもボクも、命が惜しかったようだ」
「、何を」
したと言おうとして、アニエスは自らの手首が無くなっていることに気が付いた。激痛が走る。
「ギャアアアアアアッッツ!!何が、何が、」
「王から聞かなかったかい?輝星龍の、血液」
「!!?」
そう、アウィスは王を癒した際にもまだ少し、不測の事態に備えて残しておいていたのだ。凄まじい力で再生したアウィスの右肩は、アニエスの手首をも巻き込んで切断していた。
「いくら君でも、部位の消失はもう治せないだろう」
「ッツ!!」
変身体の頭が潰されたのとは話が違う。
手を失ったショックと激痛、そしてもう手が戻らない絶望にアニエスは目を見開く。
と、そのときアウィスは瓶を後ろに放った。
まだ少しだけ、虹色の液体の残った瓶を。
「ちょっ、待ちなさいっ!!」
思わずアニエスは、それに手を伸ばしそうになってしまう。しかし目の前にはアウィスがいる。
「いや、瓶が落ちるまであと1秒。貴女を殺してからで、十分おつりが出るわっ!!」
そう、瓶が落ちるまでの時間はたっぷりとある。
ただアウィスから意識を離していい時間は、一瞬たりともなかった。
キィン。
「え、あ・・・?」
「チェック、メイトだ」
気づくとアニエスは、斜めに両断されていた。ウーゴの斬撃を、なぞるように。
「ばかな、」
「事実さ」
剣は、振るわれていない。間に合わないことは理解していた。
そして体のどこも触れられていない。
つまりアウィスは、風魔法でもあの切断を行うことができる。
「ばかなばかなばかなぁ、私がこんな、小娘に~~~ッ!!!」
二つに分かれた彼女は、最後の力を振り絞ってアウィスに手を伸ばした。その手にすさまじい魔力が集まっていく。黄金の剣が形成されていく。
せめて彼女だけでも、道連れにしようとして。
「・・・うん、」
そしてアウィスもまた、この距離から彼女の攻撃を避ける方法を持っていなかった。あまりにも距離が、近すぎたのだ。
だがそれで、十分だった。
(これにてスピラ・エストラーダの復讐は果たされる)
パトリシアの正体が魔人王であった以上、アウィスがこの件で罰されることはない。それではダメだった。
「死ねえええええええッッ、アウィスゥッ!!!」
「ごめんよ、ツルギ」
このとき彼女の脳裏には黒い髪をした、痩せた青年の姿が浮かんでいた。
(君の与えられた人生の目的は、これで完全に失われる。・・・でもたぶん、それでいいんだろう)
走馬灯のように、記憶が蘇ってくる。友人との記憶、妹との記憶、そして彼との記憶。
(君はきっと、自らの意志で人生を歩んでいける人間だ。誰かに意味も目的も与えられなくとも、力強く大地を踏みしめていくことができる、人間だ)
人は死ぬ。それはきっと、どうしようもなく。
ただもうアウィスの思い残すことはなかった。心配するべきことは、何一つなかった。
ならそれで、たぶんいいんだろうと彼女は思う。
そして剣は、彼女を貫いた。
そう。
剣はアニエスを、後ろから貫いていた。
「・・・・・あ?」
アニエスは気の抜けた声を出すと、前のめりに倒れた。アウィスは目を、見開いていた。
いるはずのない者を、そこに見て。
「まったくアウィス。・・・置いて行くなよ」
「なんでここに、君が・・・?」
黒い瞳。黒い髪。痩せた姿。
そこに立っている男は、アウィスを守る理由をなくしたはずの男だった。




