螺旋・下
『私は本当に、君を信じていいのかな?』
自分は『師匠』の頼みを聞いているだけだだという説明ではアウィスは納得させられない。
だからツルギはゆっくりと、口を開いて、
「四体の星の化身、星龍。こいつらはまあ言ってしまうと、この星の生態系の頂点、あるいは生態系の外にあるものだ」
「・・・?」
アウィスが怪訝そうな顔をする。一体なにを話すつもりなのかと考えて、
「その肉体は巨大にして強大。そして存在は至大。ある者がひとたび空を飛べば全天は覆いつくされ、ある者がひとたび現れれば無氷河時代が訪れるだろう」
「・・・」
「誰も敵うまいよ。どんな化け物がいたとしても、アイツらには絶対に」
アウィスはそれを聞いて、少し不審げに思った。
「星龍とは星の力の一部が具現化した存在、そういう認識で合っているんだよね?」
「ああ」
「それならば、やはり妙だ」
彼女は紅茶を、少し口に含んで、
「星龍より強い怪物はいてしかるべきだ。この宇宙は限りなく広いのだから」
「・・・あー、そうか。お前らは星と星龍について詳しくないんだったな」
「・・・?」
ツルギは遠くを見るような目をしていた。そしてその口からは、到底信じられない事実が語られることとなる。
「何もかもが存在しない、究極の無の中にまずこの星が生まれた」
「・・・宇宙は、」
「宇宙など存在しない。お前らが一般に宇宙と呼称しているモノは、この星の外郭表面に張り付いている小さな点だ」
「!!?」
「この世界にはこの星のみが存在していて、そしてそれで完結している。星の外には時間も空間もない、虚無すらもないのだ」
それはアウィスにとって衝撃の事実だった。ならば世界の第一義は、この星だということになる。
「いやだけど、ならなんで仮想的に宇宙に存在している星の動きに反さないよう、その外郭の点は動いて、」
「天に目を向けさせるためだ。星をも滅ぼしかねないイレギュラーが、出て来たときの為にな」
アウィスはなるほど、道理だと思った。確かに天を望む者は星の数ほどいても、地の底を求める者はそうはいない。
あまりにも空が、美しいから。
「分かるか?星龍はな、この世界そのものの化身なんだ」
「となると、」
「世界に敵う生物の、いるはずもない。勿論人類を利用したところで、勝ち目などありはしない」
この話しぶりで、アウィスはツルギが何を言いたいのかを悟った。
「・・なるほど、君は諦めていると言いたいわけだね?」
「ああ。俺は身の程知らずではない」
アウィスは自らのあごを、少しさする。・・・そして、
「分かった、信じよう」
彼女は、話は突飛であったが、ゆえにツルギに整合性のある嘘を吐くのは難しいだろうと判断した。
それにツルギは知能自体は高くアウィスの知りえないことも知っていたが、その世間知らずさと毒気のなさは、どこか無邪気な子供を連想させた。
なんとなく彼をこれ以上問い詰めることは、可哀想に感じたのだ。
アウィスは水気を切ると、浴槽から出ていった・・・。
実際ツルギは世界と星龍の説明では、嘘をついていなかった。彼もアウィスを騙すのは至難の業だと思っていた。
そう、だからそこでは嘘は、吐いていなかったのだ・・・。
風呂上り、ツルギが火照った体を冷ましていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。何だろうかと思って開けてみると、ルキアとユリアが現れた。
「遊びに来たわよ!」
「ごめんなさい、夜中突然に」
「ふむ、・・・ふむ?」
ツルギは後ろを振り向く。
「アウィス、こいつら入れてもいいか?」
「構わないよ」
「入れ」
「お邪魔するわ」
「お、お邪魔します・・・」
早めに寝ようという話だったのだがな、と少しだけ思う。とはいえまあ、好意を無下にするわけにもいかないだろう。
ツルギは顔を少し水で洗って、
「あっ、ちょっ、アウィスとツルギ。なんでアンタら、どっちも湯気だっているのよ!?」
と、そこで叫び声が聞こえてきた。
ツルギは彼女を一瞥して、
「そんなモノ、風呂に入っていたからに決まっているだろう」
「いや、でも、」
「む?」
ツルギが見ると三人は、みな顔を赤らめていた。いや、アウィスはのぼせているから顔を赤くしているだけかもしれないが。
「あ、アウィスさん、やっぱり、」
「・・・まあ待ちたまえ」
「待っていられません!」
ユリアがらしくもなく、アウィスの肩を掴んで上半身をぶんぶんしている。アウィスはこめかみに手を当てて、ゆっくりと片目を瞑っていた。
「どう、説明したモノかね。言っておくけれどツルギ、君に責任はあるんだからな」
「む?よくは分からんが、そんなことよりお前らは遊びに来たんじゃないのか?」
「・・・はあ」
アウィスはため息を吐くと、ユリアの掴みをするりと抜けた。そして、
「まあ君らの想像しているようなことはなかったと、天地神明に誓うよ」
「本当かしら、うりうりー」
「ぐっ、うざいな!?」
「う、うざくないもん・・・」
「あ、すまない・・・」
ルキアの反応を見て、他人からそこそこウザがられて傷ついているんだろうな、とアウィスは推測する。事実ルキアの友達が少ない理由の3分の1くらいは鬱陶しいからであった(残りは性格が悪いからである)。
一方ツルギは、よく分からなそうにそれを見ていた。
(・・・こいつらは何を騒いでいるんだ?)
そこでツルギは、アウィスが女性の裸は見られてはいけないと話していたことを思い出した。
(おそらくアウィスは、裸を見られたことを糾弾されているんだな。・・・確かアイツは、胸部と股を隠していた)
ならば、とツルギはルキアの前まで歩み寄った。いきなり近寄ってきた彼に、彼女は困惑して、
「な、何よ・・・」
「これでおあいこだ」
そう言うと彼はスポンと、脈絡もなく彼女の青のスカートを足元まで下した。
「・・・へっ?」
「いや待てよ、まだ下着が残っているな」
そのままツルギは、当たり前のようにルキアの水色の縞パンに手をかけて、
「何すんのよ!!?変態っ!!」
「ぐはっ」
そのままルキアに殴られ、後ろに頭から転倒した。
「ツルギさん、大丈夫ですか!?」
「こんなの頭ダメに決まってるじゃない!!」
「ぐああ、」
「すまないね、ツルギ。どうにも擁護できそうにない」
アウィスは片目をゆっくりと瞑ると、ルキアの持っていたトランプを取った。
「君たちはそもそも遊びに来たのだろう?諸悪の根源は打ち倒されたことだし、起きるまで遊んでいようじゃないか」
「諸悪の根源、ということはコイツお風呂に乱入してきたのね。ほんとサイッテイ!!」
「あっ、ルキア!」
ルキアは気絶して泡を吹いているツルギの顔を、容赦なくぐりぐりと踏みつける。それほどまでにショックだった、あるいは苛ついたのだろう。
「ルキア、ツルギさんがかわいそうだよ」
「ぐっ、アンタは本当にお人好しね」
「だってツルギさんは、きっとこれが悪いことだって分かっていないんだし」
「・・・それは、その可能性もなくはないかもしれないけれど」
「治してあげないと、『ルミナスヒール』!」
ユリアがそう唱えると、目を回していたツルギが淡い光に包まれた。
「回復魔法か、珍しい」
アウィスが少しだけ目を細める。そして、
「起きて、くださいっ!」
そうして光が散っていくと・・・、ゆっくりとツルギが、起き上がった。
彼は未だに痛いのか、後頭部を抑えている。
「ぐう、ルキア、なんで・・・、」
「言っただろう、女の子の肌は大切なモノだと」
「・・・なるほどな、思っていたよりも、見てはいけないモノだったのか」
「アンタ、本当に分かってなかったのね・・・」
ルキアが呆れたような顔でツルギを見下ろす。ツルギはそれを見上げる。
「はあっ、まったく。怒った私が悪者みたいじゃない」
「いや、そんなことはないと思うけれど」
「あるのよ、私の場合は」
「・・・?」
「・・・まあ気を取り直して、大富豪でもやりましょ」
「大富豪?」
ええ。とルキアは言って、
「まずアンタは、トランプって知ってるかしら?」
「聞いたことはある」
「トランプってのは、この1から13までの数字が書かれた54枚の束のことよ」
「54?ということは一つの数字につき、4枚ずつカードがあるわけだな」
「ええ。それぞれダイヤ、スペード、ハート、クローバーの図からがあるのだけれど・・・、何か違和感がないかしら?」
ツルギは違和感?と少し考え込んで、しかし分からなそうに首を傾げた。
「違和感なんてないぞ?」
「・・・13×4は52だから、それだけじゃ54枚にはならないのよ」
「・・・・・・・・・・ああ、なるほど」
「・・・ま、まあ説明を再開して、この束には2枚JOKERが混ざっているわ」
「JOKER?」
「ええ」
ルキアはカードを試しに見せた。
「大富豪ではJOKER、2、1、13、12、・・・4、3という順番でカードの強さが決まっているわ」
「ふむ?」
「最初のプレイヤーが例えば5を出したら、次のプレイヤーは5より強いカードを出さないといけない。それを繰り返して言って、最後に出した人が次の起点となるカードを出すの」
「ふむ」
「起点としては、同じ数字であれば二枚、三枚、あるいは四枚カードを出してもいい。そうした場合、次の人も同じ枚数をださないといけない。ちなみにJOKERはどの数字に変身することもできるわ」
「なるほど、JOKER強くないか?」
「そうね。・・・そしてまあ複雑なルールは多少省いて、カードを4枚出すと革命が起こるわ。そうすると次の革命まで、カードの強さの序列がひっくりかえる」
「なるほど、その状態ではJOKERは弱い。もろ刃の剣というわけだな?」
「いえ、革命なんてあまり起こらないし、革命時でもJOKERはすべての数字に勝てるけれど」
「・・・」
ルキアはトランプをシャッフルすると、それをみんなに一枚ずつ配り始めた。
「まあ物は試し。やってみましょうか」
「そうだな」
そうしてルキアは黙々とカードを配っている。と、そこでツルギは気づいた。
「まて、革命はあまり起きず、そしてカードには明確に強弱が存在しているんだな?」
「そうよ?」
「ならばカードを配った時点で、有利不利が無視できないレベルで発生しないか」
ツルギがそう言うと、ルキアはくすりと笑った。笑って、
「ははっ、ツルギ。そんなのいつものことじゃない」
「・・・」
「勝負というのはいつだって、始まる前にはほとんど勝負がついているものよ」
そもそも勝負とは彼女にとって、いや、誰にとってもそういうモノだった。しかしツルギは、少し難しそうな顔をした後、
「なあ、ルキア」
「ん?何よ」
「ユリアの顔が曇っているぞ」
「・・・」
「わあああ、ごめん!」
しょぼんとしてしまったユリアとそれを慰めようとするルキアを傍目に、アウィスはカードを配る係を代わって、
「まあでも、このゲームで一番大きいのはプレイングさ」
「どういうことだ?」
「まあそれも、やってみれば分かる」
アウィスは手早く40枚近くあったカードを配ると、パンと手を叩いた。向かい合っていたルキアとユリアは、反射的に彼女の方を向く。
「さあ、まずは先手のプレイヤーを選ぼうか」
「まあそれは、ツルギでいいんじゃない?初めてみたいだし」
「それもそうか。じゃあツルギ、カードを出してごらん」
「わかった」
ツルギは自分のカードを見る。・・・カードを見て、目を見開いた。
(2が2枚、1が3枚。11、12、13が計7枚に、7が1枚)
最強クラスの札ばかり。しかし彼は、顔を顰めた。
(・・・マズイ、な)
一見すれば強い手札。ただ彼はこの手札の弱点に気づいていた。
(革命に弱すぎる。この分だと他のプレイヤーは弱いカードで固まっているだろうが、となると4枚同じカードが揃う確率も高いし、なにより革命に躊躇が要らない)
となれば革命を行ってきそうな者に手番が回らないようにしなければならない。だがこの7は、革命後も動けるように取っておくべきか、あるいは出せる今のうちに出すべきか。
ツルギは悩んで、
(いや、待て。最初に7を出して、次の俺の手番で2を出す。その後は11のスリーペアを出せば1のスリーペアはほぼ確実に通るから、その時点で俺の手札は12が二枚、13が二枚、2が一枚になる)
そしてその後に2を出せば、序盤でJOKERが切られない限りまたツルギのターンがやってくる。そこから13のペアを出せば残り手札は12のペアとなり、革命なしならほぼ確実に上がれる上、革命が起きても一回だけなら出せなくもないだろう。
(いける・・・!!)
ツルギは強い手札に任せた大して良いわけではない戦術を、最高の戦術だと確信して7を出した。
「8です」
「11、かな」
「12よ」
「2だ!」
「あら、初っ端から飛ばすわね。・・・JOKERを、出すという人は」
「待ちたまえ。考える」
「引っかかったわね、アンタがJOKERを持っているのは分かったわ!!」
「おや、これは一本取られたね」
ルキアが得意そうにして、アウィスが舌を巻く。
ツルギはなるほど、アウィスの番が来たらマズいんだなと理解した(JOKERを持っているということは革命を起こしやすいから)。
「ふふ、分かるかしらツルギ。このゲームでは手練手管を用いて、相手の情報を暴けば暴くほど有利になるの」
「まったく、君はゲーム慣れしているね」
「ふふん、トランプはよく、ユリアとやっているもの」
アウィスを出し抜いて、ルキアは見るからに嬉しそうにしている。ふんと鼻をならしていて、可愛いなとアウィスとツルギは思った。
一方ユリアは目を丸くしながら、そんなアウィスとルキアの会話を聞いていた。
(JOKER、私が二枚とも持っているんだけど・・・)
「へえ」
「ひぃっ!?」
そしてそんな彼女らを尻目に、ツルギが声を高くして、
「・・・まあ、出す奴はいないな?それじゃあ、1のスリ―カードだ!」
「ちょっ!!」
「ふむ、これは驚いたな」
3手目で最強クラスのカードの、しかもスリーカード。ルキアは驚愕した。
ツルギはこのとき、勝利を確信していた。
「出す奴はいないな?それじゃあ2だ!出す奴は、」
いないな、と言おうとして、アウィスがユリアを見つめた。
「ユリア先輩、JOKERを出した方がいいよ」
「ふえっ?」
「はっ?」
ユリアが目を丸くし、ツルギが明らかに狼狽する。
「おそらくツルギは、このままの勢いで勝ち切れる手札を持っている。JOKERが二枚あるということは、ここでJOKERを出してもおそらく革命はできるだろう?」
「そう、ですが・・・」
「勿論一番を取らなくていいのなら、ツルギにこのまま出させた方がいいかもしれないが、二番手争いなんてつまらないだろう?」
「おい、ちょっと待て。なんでお前がユリアの手札を、」
「予想さ。・・・それで、どうするんだい?」
ユリアはちらりと、ツルギの方を見た。・・・明らかに狼狽している。おそらくはここで革命をされた瞬間に、ほぼ負けが確定する手札なのだろう。
「言っただろう、プレイングが重要だって。出る杭は打たれるのさ。まさにこのゲームは、人間世界の縮図だね」
「ぐう、う」
明らかにアウィスに圧倒されている。ユリアはそんな彼を少し不憫に思った。
不憫に思ったから、カードを出すまいとして、
「出しなさい、ユリア」
「・・・ルキア」
ルキアの赤い瞳が、ユリアの穏やかな蒼の瞳を熱していた。
「これは真剣勝負よ。手を抜くだなんて、ツルギに対する侮辱以外の何物でもないわ」
「おい待て、別に俺は全くかまわ」
「そうだね、それじゃあ出します」
「ぐうっ、」
ユリアはJOKERを出した。見るからにツルギが狼狽して、片手を前に出して、
「これで私の、手番ですね」
「待てユリア、ここで革命をやってもお前が勝てるとは」
「いいえ、もう手は抜きません。この手札なら革命をした方が強い、10のフォーカードです」
「ぬううっ!!!」
ツルギは敗北した。
そして残りは、アウィスルキアユリアの三つ巴になった。
「さて・・・、私は出せないね」
「私もよ」
「では、私の番からです。・・・私は、3を出します!」
「・・・!・・・・・」
「なっ、いきなり!?」
最強の札を真っ先に切ってきたユリアに対し、ルキアは驚き、アウィスは何かに気が付いたように片目を瞑った。
「そしてJOKERも使って、11の4カードです、再び革命!」
「そんなのアリ!?」
「・・・もちろん、出せるカードはないね。これより強いフォーカードは残っていない」
ユリアの手札は三枚、このままじゃマズいな、どうにかして逆転しなければとアウィスは思って・・・、目を見開いた。
「まあ待ちたまえ」
「待ちません!最後に9の、スリーカードです!」
「噓でしょ!?」
ユリアの使ったカードの枚数は14枚。上がりだった。
わーいと喜んでいるユリアを尻目に、ルキアは悔しそうに親指を噛んで、
「どんな手札よ!」
「まあ、こういうこともある」
「というか待てよ、革命が解除されなかったか?」
先ほどまで倒れていたツルギは、勝ち目が戻ってきたことに気が付いて起き上がってきた。
(・・・おそらくツルギは、非革命状況下においては無双の強さを誇る手札をしている)
アウィスは自らの手札と睨めっこをする。彼女の手札は、ほとんどが7から13までの数字のカードだった。
(とはいえまだ彼に2があるのなら、あの時ペアで出していたはずだ。となると他の二枚はルキアが持っている)
アウィスの手札に革命札はないが、彼女が13を出せばおそらくはルキアも意図に気づいて、2を出し革命を行ってくれる。
(・・・だがおそらくルキアは6のフォーカードと同時に、小さな数字をたくさん抱えているだろう)
となるとルキアは2を二回連続して強い札を吐き切った後に、革命をする可能性が高い。・・・そこまで考えて、アウィスはルキアに勝つ方法が存在していないことに気が付いた。
(手番は確実にルキアに移る。彼女が革命をしたら、革命返しをする方法もないし、革命下で勝てるはずも無い)
(となると・・・、)
「・・・やれやれ」
アウィスは仕方がなく、13を出した。
「私は諦めるのも弱い者いじめも、嫌いなんだけどね」
結果、やっぱりツルギは惨敗した。
そのまま何度か戦ったが、ツルギとアウィスは低い順位のままだった。
ツルギはいつもの仏頂面とも少し違う、むっすりとした顔で地面を見つめている。
「そういじけるんじゃないわよ」
「・・・いじけては、いない」
「そもそもこのゲームは、一度負けたら逆転しにくくなってるんだから」
大貧民はもっとも強い二枚のカードを大富豪に渡し、大富豪は大貧民に任意の二枚のカードを返す。
「まったく、つくづく皮肉なゲームだな。社会構造の固定が、ゲームでも行われるとは」
「まあでも、私たちが負けたのはそれだけじゃないけれどね」
「?」
「まあ要するに、そもそもの話さ、」
アウィスはそう言いながら、ゆっくりと紅茶のカップを取る。・・・そして、
ガシャーン!!
持ち手が取れると、カップは真っ逆さまに地面に落ちていった。
「・・・そんなこと、あるかなあ。本当にツイてない」
「珍しいこともあるものね」
「わわっ、火傷していませんか!?」
「大丈夫、お湯じゃ私は火傷しない。お気に入りのカップが割れたのは、気に食わないけれどね」
アウィスは片目を瞑りながらカップと、床に広がっていく赤い液体を眺めている。
なんだかそれは不吉の、予兆のようで・・・、
「ん?」
チリリリリ!と、球形の魔導通信機が鳴り始めた。アウィスは腰を上げて、そちらに歩いていく。
「何だい、こんな遅い時間に。・・・って、母上から?」
不審そうにしながら、アウィスは球体を耳に当てた。使いにくそうだなとツルギは思った。
「こんばんは。・・・・・はい、はい、」
ツルギたちは音をたてないように、アウィスを後ろから眺めている。
「・・・何の話でしょうか?」
アウィスは怪訝そうにしていた。それを見て、ひそひそとツルギたちは話し始めた。
(いったい何の用かしらね)
(さあな。しかし敵対しているアウィスに電話してきたのは意外だが、)
(えっ、母娘で敵対しているんですか!?)
(しまった!今のは忘れろ)
(・・・やっぱり、アウィスが妹の男に手を出したんじゃなくて、)
「・・・は?」
そのとき、アウィスから聞いたこともないような、低い声が聞こえてきた。
バキャッ!と音がして、魔導通信機も粉々に握りつぶしてしまう。
「な、何よアウィス・・・」
おびえた様子でルキアがそう聞く。ツルギはなんとなく、嫌な予感を感じていた。
「・・・」
アウィスは俯いて、何も答えない。落ち着けさせようと、ルキアは彼女に手を伸ばして・・・、
「触るな」
「ひいっ!?」
パシィンと、ルキアの手が払われる。強い力ではたかれたルキアの手は、赤い跡がついてしまっていた。
「どうしたんだ、アウィス・・・」
明らかに尋常ではない彼女の様子を見かねて、ツルギが質問する。
それにゆっくり振り向いたアウィスは青く悍ましく、幽火のような色の瞳をしていた。
「・・・ツルギ。起きてはならない、ことが起きた」
「なんだ、まさかまた家族から狙われ」
「スピラが死んだ、殺された」
瞬間、ツルギはこれまでにないほど目を大きく見開いた。手からぽろりと、トランプのカードを落とす。
「『師匠』、!」
「ああ、君にとっては会ったこともない者だ。でも私にとっては、大切な妹だ」
「誰が殺したんだ、俺も付いて」
行く、と言おうとして、凄まじい圧を受けた。
「付いてくるな。これは私の問題だ」
ツルギですら思わず後ずさりしてしまうほどの、濃密な死の気配を放ちながら、彼女はゆっくりとドアに向かった。
ルキアとユリアは、その間一言も発することができなかった。
そしてその途中、アウィスは振り返ることなく、徐に口を開いて、
「・・・ごめんねツルギ。私は明日の新聞で、大見出しで載ることだろう」
「ぐっ、待てっ、」
「『ユリア・フラウィアにツルギの所有権を、譲渡する』。・・・どうか面倒を見てやってほしい」
「アウィスッ!!」
ツルギは急いでアウィスの後を追いかけようとしたが、ルキアに羽交い絞めにされた。
「離せッ、ルキア!!」
「ダメよ。あの態度、アウィスは今から死ぬ気なの。復讐が失敗しても、成功しても」
「俺もそれに、」
「だからダメよ。アウィスは肉親を殺された。でもアンタにとって、スピラは友達ですらない。そんなことに命は捨てさせない」
ツルギは震える瞳で、ユリアを見つめた。ルキアを引きはがして行かせてくれと、そう。
ユリアは彼を見ると、ゆっくり口を開いて、
「・・・ごめんなさい。『ルキアに抵抗しないで』」
「ぐうっ!?」
ツルギの五体から力が抜けていく。抵抗するどころか立つことも、できないほどに。
首を締め付けるだけだと言っていたが、騙していたなと彼は気づいた。おそらくはこういうときのために。
「・・・少しの間ですが、接していて分かりました。ツルギさん、貴方はまだ子供です」
「確かに、俺はまだ10年ほどしか人として生きていない。楽しいということががなんであるのさえ分からなかった、だが!」
「貴方は命を捨てるほどのことが何なのかを、分かっていない」
ツルギは『師匠』の頼みを聞いて、10年間さまよい続けていた。だがその頼みを聞いていること自体、経験が少なく何をすればいいのか分からなかったことに起因している。
『師匠』とツルギは、たった三日間の付き合いであった。
「分かってください、ツルギさん。貴方はまだ、何かに命を懸けてよいほど、人生経験を積んでいないんです」
「いや、」
「いや?何ですか?」
「いや・・・、俺は強」
「ルキアから聞きましたよ、貴方の肉体の破壊自体は難しくないと」
「だが俺は死なな」
「死ですよ。1000年後に貴方の大切な人は、誰一人いないのですから」
その考えはあまりにも自然に受け入れられた。
「だが・・・、その・・・・・、なんだ・・・・・・・、」
ツルギは反論を探そうとした。必死に。
彼女らを説得し、アウィスに着いていくために。
反論を探した。どうにかして彼女らを説得し、そして自分も説得するために。
・・・だが、
・・・・・だが、
「ちくしょう、」
ツルギは、反論できなかった。
事実彼は自分の命の価値も正しく知らなければ、師匠の頼みの価値も知らなかった。
「未熟な判断に任せて、命を失わせるわけにはいかないんです。・・・どうか、刃を納めてください」
「ちくしょうッッ!!!」
ツルギは叫んだ。自分でも、アウィスを助けに行くべきなのかが分からなかったのだ。
「ごめんね、そしてありがとう」
それは、誰に向けた言葉だったのだろうか。アウィスは片目をゆっくりと瞑ると、闇夜の静寂へと消えていく。
彼はそれを、ただ眺めていることしかできなかった。いつまでも、呪いのように。




