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剣の王と預言の少女  作者: ナムル
第一章 彷徨編
2/25

邂逅

「まったく、むせかえるような熱気と人混みだな。まだ春だというのに」 


 マリウス伯爵家のお膝元、レイス第一市街の表通り。春の乾いた陽気の中、忙しそうに、もしくは無目的に来ては去っていく人々を、男は気だるげに眺めていた。


「まさか一人一人に尋ねていくわけにもいかないしな。どうしたもんかね」


 群衆は自然と、男を避けるように蠢いていた。

 なぜなら男は異様な外見をしていた。濡れた鴉の羽のような美しい黒髪に、同じく黒い切れ長の瞳は見る者すべてに威圧感を与える。

 身長のほどは170くらいであろうか。痩せていることも相まって、どこか暗く不気味な雰囲気も醸し出していた。


「おっ、どうしたんだ、ツルギ!」

「・・・メルカトルか」

「おおよ!」


 すると後ろから、気さくそうな男が話しかけてきた。中年の無精ひげを生やした、しかしいくらか整った顔立ちの男だ。


「まったく、奇異なこともあったもんだな!帝国で別れてから、王国でまた会うことになるだなんてな」

「奇異でない再会などあるか。別れた人間が再び会うこと自体、奇異だろうに」

「かーっ、相変わらずお前は小難しいことを言うねえ。馬鹿なのに」

「小難しくなどない。そしてそこまで馬鹿でもない」


 二人の温度感に差はあったが、おおむね双方の認識は知人、あるいは友人であるということで変わってはいない。

 帝国で起きたある事件の際にツルギがメルカトルを助けてから、二人の関係はおおむね良好であった。


「で、どうしたんだ、そんな舐めるように人々を観察して。そういうのは俺ら商人の仕事だぜ?」

「・・・分からないか?」

「ああ、そういうことね」


 メルカトルは納得がいったように頷いた。


「お前まだ、師匠とやらに言われた人探しをしてんのか」

「ああ。『師匠』の遺言だ、まさか破るわけにもいくまい」


 ツルギは『師匠』という女性から、『アウィス』と『スピラ』という姉妹を探してほしいと頼まれている。

 探してその後どうすればいいのかは、聞かなかったが。


「そうはいってもなあ、見つかるもんでもないだろ。名前しか分かっていないんだし」

「いや、年齢と容姿もおおむね知っている」

「・・・あのなあ、」


 メルカトルはため息をついて、


「どこにいるかは分からねえんだろ?」

「だから帝国と王国を訪ねた」

「なら無理だろ、普通に考えて。人間が何人いると思ってんだ?」

「6億人ほどだろう?」

「いや、まあ、それはそうなんだけど・・・」


 どこかかみ合っていない会話だった。と、そこでツルギは顔を上げて、


「人間の平均寿命は52歳。ならばまだタイムリミットまで、それなりに時間があることになる」

「・・・お前、人生の大半を人探しに費やす気か?」

「なに、俺は人間ではない。30年や100年程度、問題ではあるまい」

「話すたびに新情報が出てくるなあ、おまえ」



 メルカトルは再び大きなため息をついた。ため息をついて、そしてツルギの肩をがっしりと掴んだ。


「しゃあねえ、俺には商人の伝手と、それに馬車があるからな。多少は手伝ってやるよ、乗ってけ」

「本当か?」

「ああ。まだ恩義を返せちゃいないしな」

「ありがたい」


 ツルギは領主の館に忍び込んで、この街の住民の名前を既に殆ど調べつくしてしまっていた。そしてアウィスとスピラという名前の姉妹がいないことを知ってしまっていたがために、この申し出は願ってもないモノであった。


「では向こうの街に向かってくれ」

「この街はもういいのか?じろじろと観察してたみたいだが」

「ああ。知っての通り俺は足が遅いからな。移動する時間より、探す時間を長くしたいんだ」


 そもそも住んでいない人間を探してもあまり意味がないとツルギは頭で分かってはいたが、しかしすべての出会いは奇異なものである。

 なんとなく住民を管理した帳簿とにらめっこをしても、アウィスとスピラは見つからない気がした。


「ところでいいのか?」


 と、そこでツルギが質問する。


「何が?」

「お前はここに、商売をしに来たんじゃないんか?」

「いーや、知っての通り俺は自分で作った絹糸を売っているんだけどよ、今年のノルマは早くも終わったのさ」


 彼のはノルマは、メルカトルが次の春まで生き延るのに必要な分だけである。


「金に頓着しないとは、奇妙な商人だ」


 ツルギは呟いた。メルカトルは商人というよりは、自由人に近い。




 そうして彼らは雑踏を分けて、彼の馬車が止められている郊外までやってきた。ツルギは御者はメルカトルに任せて、天井のついていない荷台の上に乗る。と、そこで唐突に、彼は不思議そうな顔をした。


「む、待てよ?商売をしないならばなぜお前はここに?」

「ぶらり旅だよ」

「呑気な男だ。最近、ま、・・・ま、」

「魔族」

「そう、魔族とやらが攻めてきてるんだろう?」

「魔族って言葉すらも出てこなかった奴に言われたくはねーな」

「む、」


 ガタゴトと、音を立てて車輪が回る。ひひぃんと、馬が鳴き声を上げる。


「俺は魔族という呼び方が好きじゃない。魔人族、竜人族、吸血鬼族、エルフ、ドワーフ、その他諸々の種族たちを一緒くたに魔族などと呼んで、弊害の出ないはずもないだろうに」

「弊害?」

「ああ、弊害だ。嫌わなくていいものまで、嫌う羽目になるかもしれん」


 メルカトルは半分感心し、半分寒心した。


「お前戦争中によくぞまあ、そんなことが言えるな。なんだ、知り合いに魔族でもいるのか?」

「いや、いない」

「なんだよ」


 ツルギはそもそも、攻めてくるのが魔族のうちのどの種族なのかすら知らなかった。知っていれば、魔族などという言葉は使わずに○○族と呼んでいる。


「・・・一応言っておくが、その話俺以外の前ではするなよ?ただでさえ魔族の侵攻があると騒ぎになっているのに、その上国王は不治の病に伏しているときた。今この国の人間は、全員気が立っているよ」

「ふむ?意外とマズイ状況なんだな」

「マズい状況って、適当だな・・・。まあいい、それじゃあ出発だ。ところでなんで向こうの街なんだ?あっちの方が、人は多いと思うんだがなあ」


 と、彼はそこまで言って自分の失言に気が付いた。今から向かう街の延長線上には王都がある。当然王都の人口は、他とは比べ物にならない。

 しかしそんなメルカトルの考えとは裏腹に、あっけらかんとツルギは、


「カンだ」



 メルカトルは思わず、苦い顔をした。 


「・・・カンか」

「ああ、カンだ」


 ツルギは人の多い街の方が探し人が見つかりやすいなどという、当然の論理を重要に思ってはいなかった。心の導くままにことを行う。・・・結果、8年たってもアウィス達は見つけられていないわけだが。


「ところでよ、」


 どうにも気の利いた返しが出来ず、話を変えるようにメルカトルが言う。


「そのアウィスちゃんたちとやらが見つかった後は、その子たちをどうするんだ?」

「・・・」

「師匠とやらからは、探せとしか言われていないらしいが」


 珍しくツルギは少し考えた。

 そして、つまらなげに遥かに見える街を遠望した後、


「守る」

「・・・守る?」

「ああ。『師匠』は探せと言ってはいたが、その後すべきことは示していない。ならば確実なことが分かるまでは、取り返しのつくようにしておくほかないだろう」

「お前の話だと師匠は死んでるんだから、確実なことが分かる日は来ない気もするが、」


 彼の疑問というより指摘は、非常に妥当なものだった。

 しかしそれを聞いたツルギは、不思議そうに首をかしげた。



「死んだ程度で、『師匠』の目算が崩れるはずもなかろう?」


「・・・は?」

「他はともかく『師匠』は、自分が死ぬことすらも織り込み済みだった。ならばまだ、アウィスらを保護する必要は存在する」


 いきなり話が理解できない方向へ向かって、メルカトルの額から冷汗が流れる。ツルギが常人でないことは帝国の頃から知っていたが、それにしても何か、大きな流れに巻き込まれているような気がした。


「・・・なあ、ツルギ」


 嫌な予感をひしひしと感じながら、彼は呟く。


「ん?」

「スピラはともかく、アウィスには心当たりがうおっ!!?」


 瞬間、ツルギの前方から、メルカトルの馬のいななきが聞こえてきた。思わず彼は馬に鞭をうって、無理矢理に止めさせる。


「おや、」


 そして同時に前から、よく通る綺麗な声が聞こえてきた。


 ツルギが前を向くと、そこには胸ほどまで伸びた艶やかな金の髪と、深い色をした青の瞳が特徴的な、中性的な顔立ちの少女が立っていた。

 青と白を基調にしたドレスは、清潔な美しさを醸し出している。おそらく貴族か、それに連なる人間であろう。


(だがそれよりも、やけに隙が無いな)


 と、彼がそんな風に観察していると、突然メルカトルが馬車から転げ落ちるように下りて、たちまちに頭を地面についた。


「申し訳、ありませんでしたっ!!」

「む?」

「この度の無礼、どうか命だけはお許しくださいっ!!!」


 よく見ると彼の顔は真っ青になって、今にも泣きだしそうになっていた。絶望している、そう表現するのが妥当であろうか。


「どうしたメルカトル」

「馬鹿ッ、お前も早く、謝れ!」

「?誰も怪我をしてはおらず、どちらが悪いことをしたでもない。謝る必要などなかろう」


 ツルギの呑気さを前にして。先ほどまでも真っ青であったのに、これ以上青くなれたのかと思えるほどに彼の顔が青白くなっていく。


「お前、知らないのか!?目の前の方は、アウィス・エストラーダ侯爵令嬢様なんだぞっ!」



 叫ぶようにメルカトルが言うと、ツルギは興味深そうに目を細めた。


「アウィス?ちょうどいい、もしかしたら『師匠』の言った者かもしれないな」

「今はそういう状況じゃ、ないんだって!無礼打ちにされるぞ!?」


 ふざけているようにしか聞こえない問答だった。目の前の少女(ツルギと同じ程度の身長だ)は言葉を発することなく、怜悧な青の瞳で彼らを見つめていた。


「あわわ・・・」

「あわわなんて言う性格か?」

「ぐっ、ツルギ、お前えッ!!」


 ただでさえ命の危機にさらされている所に、さらに追い打ちをかけてくることにメルカトルは血が頭に上った。


「なんでお前はいつも、思えば皇女様の前でも、!」

「まあ待て。俺はともかくお前は、今この状況で騒ぐことを良しとしていないんじゃないのか?」

「クソがあああ!!」


 メルカトルがぴょーんとツルギに飛び掛かる。ツルギは馬車の奥に引っ込んだ。


「おい待てお前、逃げる流れじゃなかっただろッ!!無抵抗に殴られろよっ!!」

「そうやけっぱちになるなよ。そもそもお前では俺には敵わん」

「全てを捨てる決意をした俺を、舐めるなよ!?」


 ツルギらは、高位の貴族を前にしてバタバタと下らない争いをしている。

 そんな彼らを見て、目の前の少女は、



「ふふっ、」


 こらえきれないように、少し笑った。


「まあ、少し落ち着きたまえ」

「え?」


 ピタッとメルカトルの動きが止まる。


「そして畏まらなくてもいい」

「・・・許して、下さるのでしょうか?」


 かぼそい声で、しかし希望を見出した彼は少女に恭しく質問する。少女は考えるようにゆっくりと片目を瞑ると、口を開いて、


「許すも何もないよ」


 彼女の発言にメルカトルが不思議そうな顔をする。

 いったいどんな理由で、『許すも何もない』のだろうか。正当に彼女は自分たちを打ち首に処すことができるはずだ、と彼は思って・・・、次の彼女の発言に、目を剥くこととなる。



「なにせ、私はもはや貴族ではないからね」


 時が止まったようにメルカトルはぴたりと止まって、少しして声が口から洩れる。


「・・・はい?」


 この国では100年間なかった、上級貴族である侯爵の転落。ツルギの『師匠』と計画。

 メルカトルはこのとき明確に、自分が何かおかしな運命に巻き込まれていることを理解した。



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