学園での一幕
ツルギは広い訓練場の端に座って、アウィスが模擬戦をしているのを眺めていた。
「やあっ、はあっ!」
「ふむ、なかなかいい太刀筋だね」
「な、なんで当たらないのっ!!?」
これは学園七傑争奪戦という、半年に一度しかないお祭りイベントらしい。1、2、3年生の全てが入り混じって(座学ならともかく、戦闘訓練は通常同学年のみで行われる。この年齢では1歳の差が極めて大きいからである)、現学園のトップ7と戦いその座を奪い取る催しである。
「チェックメイト」
「く、くう~。負けました・・・」
しょんぼりとうなだれながら、金髪の少女が後ろに下がっていく。彼女は胸に、Ⅶの数字が刻まれた金の紋章を着けていた。
(学園七傑の、第七位か。とはいえ上と比べると大分劣るな)
一方のアウィスはⅠと書かれた虹の紋章を胸に着けている。不祥事もあったし没収されていてもおかしくはないが、まあこの国の力への信仰が強いのだろうな、とツルギは思う。
(・・・いや、力を信仰しているのはこの国というよりは、この世界がか)
争いの絶えず、魔物の脅威も冷めやらないこの世界。だがそれらは、力こそが絶対視される最大の理由ではない。むろん、社会規範や階級の固定も最大の理由ではない。
(魔法の才に恵まれた者とそうでない者では、あまりに強さが違いすぎる)
例えばルキアは至極容易にユリアを殺害し、その隠ぺいを行うことができる。一方でユリアがルキアにできることは何もない。
そのシンプルな捕食関係は弱者に根源的な劣等感と恐怖を与えると共に、強者に優越感と残酷さを齎した。
(この世界では、弱者は強者の奴隷だ。気に食わんな)
アウィスは顔色一つ変えることなく、10人以上の挑戦者を打倒している。向こうでは胸にⅡと書かれた金の紋章を着けたルキアも、あっさりと挑戦者たちをいなしていた。
「あら、貴方は参加しないの?」
「む?」
唐突に話しかけられ後ろを向くと、そこには輝くような金色の髪と、不気味な光を帯びた金の瞳が特徴的な少女が立っていた。
頭には金のティアラをかぶっていて、制服にも金の刺繍が施されている。高位の貴族だろうか。
「俺は魔力がないんでな。・・・で、誰だお前は」
「私かしら?私はパトリシア・クローチェ。この王国の第一王女です」
「ふむ、」
見た所アウィスより年下、1年生であろうか。燦然と輝くような美しさと、そしてその光の裏に、底知れぬ妖気を纏った少女だった。
「何をしに来た?胸の紋章を見た所、お前は第四位だろう?」
「ふふ、私の立場からか挑んでくる者がいなくて。退屈しちゃったの」
彼女はそう言うと、足を延ばしてツルギの横に座った。その仕草はどこかあどけなく、人の警戒を下げさせる。
「お前の兄には、いろんな奴が来ているみたいだが」
「お兄様は、人に愛される方だから」
「ふむ、」
ツルギは向こうで、『この第一王子、ヴァレリアーノ・クローチェに挑む勇者はいないのか』、と高々に叫んでいる金髪の美青年を見つめる。
屈託のない、しかし力強い笑顔。周りには男女問わず、様々な人たちが集まっていた。
「なるほど、確かにアイツは恐れられていなさそうだ」
「あら、私は?」
「お前か?」
ツルギはあどけない少女を一瞥して、
「ところでお前、人間か?」
「・・・ふふ、」
そのとき金色の瞳の奥が、黒く光った気がした。
「奴隷が私にその発言、本来なら処分が妥当なところだけれど、アウィスの物ということで見逃してあげましょう」
「ふむ、なぜここで奴の名前が出てくる?」
「決まっているじゃない」
頬を少し赤く染めながら、パトリシアはアウィスの方を見やって、
「私はアウィスに恋をしているの」
「なんだレズか?」
「百合と言いなさい。・・・ともかく、貴方に話しかけたのもそれ関係ですよ」
「ふむ」
嘘を吐いているようには思えなかった。ただその上で、彼女はなにか重要なことを隠しているような気がした。
「私は少し、アウィスから苦手に思われているようなのです」
「ふむ?」
「立場柄、避けられているのかしらね」
立場柄?お前が避けられているのはその、異様な雰囲気が原因だろうとツルギは思って、しかし口には出さない。
「同じ次期国王候補だからか」
「ええ。悲しい事でしょう?」
「いいや」
「ふふ、ひどいのね」
そうやってツルギとパトリシアが隣り合って座っていると、ふと彼女がツルギの手を取ってきた。む?と彼は不思議そうな顔をする。
「私はね、誰からも恐れられているのです」
「そりゃあな」
「お父様からも、お兄様からも。これまでに正しい意味で私を恐れなかったのはアウィスくらいでしょうか」
「・・・何が言いたい?」
「いえ、」
パトリシアは何かを言うか迷っている素振りをしていた。まるでそれは花のように、何か先ほどまでのとは別種の秘密を隠しているようで・・・、
「うおおおおお!!」
「?」
「?」
と、そこで向こうから大歓声が聞こえてきた。
なんだろうか、とツルギたちがそっちを見ると、
「おいお前ら、ルキア様がアウィス様に争奪戦を挑んだんだってよ!」
「マジで?見に行かないと」
「アウィス様、頑張ってください。私は貴女を心から応援しております」
・・・。
ツルギはそちらを一瞥だけして、しかしくだらなそうに前を向き直った。
「見に行かないでいいのですか?主人の、それなりに重要な戦いよ」
「くだらん。見る意味を感じない」
「あら、ひどい言いようね」
しかしそうは言いながらも、パトリシアも戦いを見に向かおうとはしなかった。くだらない、それはパトリシアもツルギもそう思っていた。
・・・と、しかしツルギが唐突に立ち上がった。
「あら?」
「待てよ、実戦を見ることは貴重な魔法の勉強の機会だと、ユリアが言っていたな。丁度いい、学びに行くか」
「勉強熱心なのですね」
パトリシアはスカートについた土埃を払うと、彼の後ろを着いてきた。
そうして訓練場の中心の方に着くと、アウィスとルキアを囲うように群衆が立ち並んでいた。
ある者は好奇心で、ある者は研鑽の為に、ある者はアウィス目当てで見に来ている。
何かに気づいたツルギが、パトリシアの方を向いた。
「お前は随分身長が低いが、見られるのか?」
「残念ながら。もう少し空いていると、嬉しいのですが・・・」
王女に気づいた人々はギョッとしながら、ざああと道を空けていく。彼女はにっこり微笑んで、
「あら、ありがとうね」
「ふむ、これで俺も見やすくなった。よくやったぞ」
辺りからなんだあの男はなれなれしく、とツルギが少し噂されるが、図太い彼はそれをまったく気にしない。
そうしてアウィスとルキアが中心で向かい合っているのを、座って眺めることとした。
ヒリヒリと、焼けつくような熱気。ルキアは半年ぶりのリベンジマッチに闘志を燃やしていた。
「見てなさいアウィス、今年こそ私が学園最強の座をつかみ取ってやるわ」
「生憎と、先輩では私には勝てないよ」
「なにおう!」
二人はたった10mほどの距離を隔てて、木剣を向け合っている。あの二人ならあの程度の距離、あってないようなものだろうと彼は思った。
言葉こそ軽いが、空気が張り詰めていく。
「奴隷さん、魔法の勉強がしたいのなら解説でもしましょうか?」
「助かる」
そんななか、二人はひそひそと会話していた。
「まず魔法とは何か分かりますか?」
「大気中と体内の魔力粒子からエネルギーを抽出し、そのエネルギーに指向性を持たせることによって特定の現象を引き起こす術法だろう?」
「ええ、そしてその指向性の持たせ方はなぜかは解明されていませんが、人によって違う。人によって違わざるを得ない」
一人につき、一つの属性の魔法しか使えない。それは例えばアウィスなら風属性で、ルキアなら火属性といった具合にだ。
ツルギはこのとき、ある人外のことを思い出していた。
「焼けこげろ、カオスインフェルノっ!」
「遅い」
「ちょうどルキアが魔法を唱えているけれど、風を纏って空を駆けるアウィスは捉えられていませんね」
風魔法は、攻撃力自体は低い。ゆえに火力の高い遠距離魔法を持つルキアは、彼女に近寄らせないことが勝利条件なのだが、
「ぐっ、当たらない!!」
弾幕のように放たれる炎の球を、最小の動きでアウィスは躱していく。彼女は肉体の制御能力が極めて高かった。
「魔力量自体はほぼ同じだが、身体能力に差があるな」
「まあ単純に比例関係にあるわけではないのよね。・・・って、あっ、」
「くそっ、!!」
「チェックメイトだ」
アウィスは一瞬でルキアの懐に潜り込むと、木剣を振り下ろした。
「だけどっ、この10年間、私がどれだけ鍛えたと思ってるの!!」
「おっ、」
「あら」
なんとかルキアは木剣を振り上げて、剣を弾こうとした。
・・・弾こうとして、木剣が両断された。
「へっ、?」
「・・・さてと、これで私の勝ちかな」
「ば、馬鹿な、ありえない!」
ルキアの目の前には、剣が突き付けられていた。だが彼女は驚いて、不服そうにしている。
「こんなの支給された武器の不備じゃない!」
「まあお怒りもごもっとも。・・・でもそれは、それに気づかなかった君が悪いんじゃないのかな?」
「うっ、」
「武器とは己の命を預けるもの。よく見ることさ」
アウィスは木剣を鞘に納めると、スタスタとその場を退場していった。ルキアがぽつんと、うつむいてそこに座っている。
一方、武器の不備などではあんなことは起こらないと理解していたパトリシアは、震駭していた。(ルキアも時間が経てば異常に気付くだろうが、今の彼女は興奮している)
「・・・アウィスが勝つのは分かり切っていた、けれど今のはいったい、魔法ではあんなこと・・・、」
「・・・簡単な話、物体の結合が脆いところを切っただけだ」
「えっ?」
答えが返ってくるとは思わなかったパトリシアは、ツルギの顔を思わず見る。
「物質によって、厳密に脆いところと弱いところは決まっている。それは部位に働いている『斬る力』と『結ぶ力』の配分によって決まるのだが、アウィスには『斬る力』が強く、『結ぶ力』が弱いところが分かっていたんだ」
言っているツルギ自身も、目を見開いていた。まるで自分が見たものを、信じ切れていないように。
「・・・非魔法科学で言うところの、原子や分子の結合のことですか?」
「いいや違う、もっと根本的な『概念』だ。それにしてもアイツ、いつの間に、」
「・・・」
ぶつぶつと呟くツルギを、パトリシアはじっと見つめる。・・・そして、
「ねえ奴隷。貴女は私に怯えないのですね」
「何だ、急に」
「貴方はおそらく常人ではないのでしょう。だから私を恐れる必要がないのかしら」
これまた唐突で、ツルギが目をパチクリさせる。
「貴方は他の人間とは違って、あるいはアウィスと同じように、私を正しい意味で恐れていない」
「何が言いたい?」
「いえ、その、」
少しためらってから、パトリシアが上目遣いに彼を見つめる。
美しいが、ゆえに、と彼は思って、
「奴隷さんは、」
「ごきげんよう、第一王女様」
優雅なしぐさと共に一礼、いつのまにかそこにアウィスが立っていた。
「・・・アウィス、」
「貴女ほどのお方が、これに何の用ですか?・・・ほら、君も頭を下げろ」
「ぐっ、!?」
アウィスはツルギの頭を掴むと、額から血が出るほど強く跪かせた。
「なにを、」
「まさかパトリシア様に無礼は働いていないだろうね?私はあまり、君を処分したくはないんだ」
「ぐっ、」
絶対零度の視線でアウィスが彼を見下ろす。まるでそれは、一般的な奴隷に対するもののようで、
(・・・まてよ、そういうことか)
第一王女はアウィスにとって敵に当たる。ツルギが狙われたり弱みになったりしないよう、アウィスは彼女にとってツルギがどうでもいい者であると、示しておかないとならないのだ。
「やめなさい、アウィス・エストラーダ」
と、そこでパトリシアは厳然とした声で言った。
「貴女らしくもない、不当な暴力を振るうとは」
「はっ、申し訳ありません。しかしこの男がパトリシア様に、」
「言い訳は結構です」
「・・・はい」
ツルギは何か違和感を覚えて、アウィスの顔をちらりと見る。彼女は頭を下げながらも、何か納得がいっていないような表情をしていた。
その次の瞬間、パトリシアはツルギのあごに手を当てると、彼の額の血をハンカチで拭いて、
「さぞや痛かったでしょう、ツルギ。主人に恵まれないと大変ね」
「・・・、」
「でももう大丈夫。・・・アウィス」
「な、何でしょう?」
パトリシアは自らの胸に手を入れると、そこから金細工や宝石を、これでもかというほど取り出した。
「ツルギを私に、売ってくださる?」
「!!」
仕掛けて来たか、と彼らは驚愕した。断らなければアウィスの味方は一人減る、断ったらアウィスの弱点が分かると同時に、煙を立てることができる。
(・・・だけどそれは、もろ刃の剣だよ)
アウィスは今まで(お人好しの第一王子はともかく)、母をそそのかしたのがメンディエタ公爵なのか第一王女なのか分からなかった。
彼女にとっても、敵が一人に絞れたのは都合がよかった。
(甘いね王女様。ここでの私の勝利条件は、ツルギを失わないこと。ツルギが重要人物だとバレたとしても、貴女が敵だと分かった方が大きい)
「一体なぜパトリシア様は、そこまでしてツルギを欲しがるのでしょうか」
こう言えば彼女は、アウィスの読みでは特別の理由を用意することはできないはずだった。無論、理由などない気まぐれだと答えられるかもしれないが、それなら渡す道理はない。
「欲しい、理由ですか」
「ええ。それが分からないことには、売るわけにはいかない」
「ふむ・・・」
パトリシアは自らの唇に人差し指を与えると、少し考え込んだ。
少し考え込んで、ちょいちょいとアウィスに近づくようジェスチャーを出した。
「はい?」
アウィスが彼女に近寄ると、パトリシアは彼女の耳に口を当てた。
そして顔を赤らめさせながら、消えいりそうな小さな声で、
「私、ツルギに恋をしましたの」
「・・・は?」
アウィスがらしくもなく、素っ頓狂な声をだす。パトリシアは顔を真っ赤にさせて、すぐに俯いた。
私、ツルギに恋をしましたの。
「・・・はあっ!?」
アウィスの計画は、想像を超えた超展開に木っ端みじんに打ち砕かれた。転じて下らない企みをしていた彼女らは、窮地に陥ったのであった。




