入院
ツルギは病床に臥せりながら、やることもなく考え事をしていた。
(師匠、貴女には俺がこうなることが、見えていたのだろうか)
白い天井。手持無沙汰に彼は、それを眺めている。
(・・・いや、違うな。貴女に人間のことは理解できまい。俺と貴女は、よく似ていたのだから)
そんなことをツルギが考えていると、ドアがコンコン、とノックされた。
「入れ」
彼がそう言うと、病室のドアが開いた。そこには赤髪を長く伸ばした少女が立っていた。
本来勝気な彼女だが、今回ばかりは目をしょんぼりとさせて、申し訳なさそうにしていた。
「・・・容態は、どうかしら」
「あと数日もすれば、まあ退院だそうだ」
「・・・そう、ごめんなさいね」
「気にするな、この話は前もしただろうに」
あれから1週間。あの後ツルギは、ふらふらの足で部屋に戻っていた。ドアを開けた彼を出迎えたアウィスは、驚愕に目を見開いた。
『、乗っかって』
アウィスの判断は迅速であった。一瞬で驚きを押し込めると、何を聞くでもなく彼を病院へ搬送する。
ツルギは彼女の背中で、人の世には本当にいろいろな強さがあるものだと、どうでもいい感想を浮かべながら揺られていた。
「・・・しかし、アウィスには話していないだろうな?」
「あー、それはその、」
「む?」
ツルギは数日前に、病室にお見舞いに来た彼女にくぎを刺していた。
『俺とお前が戦ったことは他に言うなよ?』
『・・・?分かったけど、なんでかしら』
『どこから説明するべきか。まずな、俺はお前とまともにやったら負ける』
『はあ!?』
ルキアは驚いていたし半信半疑どころかまったく信じていなかったが、それは事実だった。
まず彼は、耐久力と反射神経は常人未満である。そのため速い攻撃は対処できない。
そしてそれだけならまだルキアくらい何とかなるのだが、彼は力の制御が不完全であった。
当たりもしない遅い剣を振るだけならともかく、彼の『能力』で、斬撃を飛ばす際は極端に強い威力でしか放てない。
もし延長線上の街や国を犠牲にしてもよいのなら話は別だが、そうでないツルギは力を脅し位にしか使えなかった。
・・・そんな話をルキアにすると、彼女は微妙そうな顔をしていた。
『アウィスには弱いと思われているくらいが丁度いい。俺を頼りにされても、何もできない場合もあるからな』
『・・・なるほど、わかったわ。もしかしてアンタ、私でも殺せたの?』
『死の定義しだいではな。肉体が破壊されれば、向こう1000年は現世に干渉できん』
・・・もっとも、彼の目論見は完全に外れていた。少し前、見舞いに来たルキアとアウィスがたまたま搗ち合ったときのことである。
『やあ先輩。ツルギをどうも、やってくれたね』
『うっ、』
彼女は片目をゆっくりと閉じて、そんなことを言ってくる。バレてる、火傷だから当然か、とルキアは思った。
(とはいえ、アイツの力さえばれなければ、アイツ的には問題ないはず)
『そ、それは悪かったわね!色々と諍いがあって、』
『諍いがあって、その後どうやって見逃してもらったんだい?』
『うえっ!?え、えっと、何を言ってるのかしら!?』
ルキアは誤魔化そうとしたが、アウィスは彼女の反応を見て、ふむ、と何かを確信したようであった。
『屋根が両断されていたことは君の魔法では説明がつかない。やはり、ツルギがやったのか』
『いや、別の奴がやった可能性も、』
『彼がギガースクラブを撃破した時点で戦えることは確定していた。にも関わらず、彼の自分は弱いというアピールが露骨でね』
『・・・』
『とはいえ彼が私を騙そうとしているわけではないことは分かっている』
なら、と彼女は片目をゆっくりと瞑って、
『おそらく彼は特定条件下でしか力を振るうことができないか、あるいは他の何か致命的な弱点があり、私に頼ってほしくないのだろう』
『・・・!!』
『まああくまでも推測の一つであったが、君の態度で大体確定したね』
とはいえ、それでも彼は無敵というわけではない、むしろひどく脆いのだろう。現に大けがで入院しているわけだしね。
私が殺されたら彼の面倒を見てくれると有難いなと、アウィスはそう言った。
「ツルギ、私は決して話してはいないんだけど、アウィスは全部お見通しだったわよ」
「・・・そうか。ならいっそ俺の能力を全部教えたほうがいいか?いやだが、過大評価されても困るか」
「説明力に自信があるんなら話した方がいいんじゃない?正しくアンタのできることを伝えられれば、アイツはそれを上手く生かせるわ」
「ならやめとくか」
と、ここでルキアはじっと、彼を見つめた。ん?と彼は不思議そうな顔をして、
「何だ?」
「・・・いや、アンタは何だか、ちぐはぐだなぁと思って」
「ちぐはぐ?」
「ええ」
彼女は赤い髪をかき上げて、ツルギのベッドのへりに座る。
「アンタはなんで、私たちに敬語を使わないの?」
「敬語はそもそも嫌いだ」
「でも使えば、余計な争いは多少避けられるわよ」
「・・・」
「敬語、知らないんでしょ?」
「・・・まあな」
ルキアは最初、彼が傲岸不遜であるから誰にでもタメ口で話しているのかと思ったが、関わってみてそうではないことが分かった。
「アンタは考える力はある、でも致命的に教養とコミュニケーション能力が足りない」
「・・・」
「おそらくずっと、一人だったんでしょうね。孤独な世界で孤独に生きてきた。だからかしら」
と、そこで彼はゆっくりとため息をついた。
「・・・一応、12年前よりはマシになったんだがな」
ツルギは白のベッドに横たわりながら、どこにもないその虚空を見つめた。
「『師匠』が俺の前に現れたのが、12年前だった。・・・初めてだった、切り刻んでも死なない奴は」
「・・・荒れてたのねえ」
「いや、そういう生き物だっただけだ。―――エルヴェシウス‐ラギス間国境地帯の『魔境』。あれは俺を中心に発生していた」
「!!?」
現世界最大の軍事国家エルヴェシウスに隣接している小国ラギス。そこは資源が豊富にあるにも関わらず、侵略帝国エルヴェシウスが手を出していないことで有名だ。・・・なぜなら、
「国境地帯って、あの『魔界』の!?」
「ああ」
この世界には何らかの要因で、異常に魔力濃度が高い地域が存在している。
そこは強力な魔物が多数生息しているため『魔境』と呼ばれているのだが、中でも特に、魔力濃度が異次元に高く、強大な魔物が生息している3つの地域を『魔界』と呼ぶ。
「・・・いやでもなんで、アンタ別に魔力ないわよね」
「ああ、普通の魔境魔界とは成立過程が違うんだ。・・・俺を中心に、強大な魔物たちが集まってあの魔界はできたんだよ」
「・・・なんで?」
「決まっている」
ツルギは遠くの空を眺めて、
「星に害を与えかねないほどに成長した生物は、『星龍』に滅ぼされる。ただ星龍とはいえ俺に迂闊に手出しは出来なかったからな、それから逃れるために集まったというわけだ」
「アンタ、星龍じゃないの?」
「そんなわけないだろ、アイツらはデカい。・・・話を大分戻して、そんな俺の前に『師匠』は現れた」
ルキアはふと、彼が懐かしそうな顔をしていることに気が付いた。最近は会っていないのかしらと。
「正直、俺の近くまで誰かがやってきた時には驚いた。周りの魔物たちも、半径1㎞以内には近づいてこられなかったからな」
「・・・その師匠と星龍は、どっちが強いの?」
「間違いなく星龍だ。ともかくその後、師匠は俺に話しかけてきた」
『寂しくは、ないのですか』
「当時の俺に、寂しいという感情はなかった。誰とも関わることがなかったからな、孤独の意味すら知らなかった」
「・・・それは、」
「ああ、寂しい事だ。ともかくも師匠は追い払おうとする俺に、何度も懸命に話しかけてくれた」
ツルギは感慨深そうに、天井を見上げている。
「師匠を追い払うのには骨が折れた。俺は仕方がないから、彼女と話すことを選んだ」
「・・・」
「本当に、あの時殺さなくてよかった。大切な何かが、失われるところだった」
「それで、その人に促されて人里に下りて来たってわけ?」
「ああ」
『人間とは、いいものですよ』
「思えば師匠はいつも、そこはかとなく俺が人と関わることを促していたな。俺に力を制御する方法を教えてくれたのも師匠だ。あるいはアウィスらを守るよう遺言を残したのも、その為だったのかもしれん」
「遺言。そんなに強い人がなんで亡くなったの?」
「・・・・・まあ、とにかくだ」
と、そこでツルギが立ち上がった。
「まだ安静にしていないといけないそうだが、俺はもう動ける。アウィスを見守らなければならないからな、退院するとしよう」
「あっ、ちょっ、」
彼は病室の外へと、ゆっくりと歩いていった。
「待ちなさいよっ、ていうか安静にしてなさいよ!!」
そうはいっても彼が立ち止まることはない。仕方なくルキアも、その後をついていくことにした・・・。
このお話は、前話までで一区切りとなっています。それこそ一章二章という、場面での区切り以上に重要な区切りとなっているんじゃないかな。
そんなわけで、次話からはテーマが変わります。今まで同様結構露骨にテーマが出ているので、考えてみてくれると嬉しいです。




