学園と食堂
「アンタは俺に、誰かが守れると思っているのか」
その男は、自らを何よりも信じていなかった。
「俺にできることは切って、斬って、刻む。ただそれだけだ」
ある種の悲愴さすら漂わせて、その男は語っていた。しかし目の前の白髪の少女は穏やかな笑みを浮かべた。
「赦されぬ、罪などありません」
「それも問題だが、そういう問題じゃない。知っているだろう?俺はな、誰かを守るために戦えないんだ。この忌まわしい、力のせいで」
「ふふ」
男の心からの訴えに対して、それでも少女は笑って見せた。
「大丈夫、心配はいりませんよ」
なぜなら、と少女は言って、
「貴方はきっと、人を愛せる、そんな方なのですから」
男はそれを、その少女がこれまでに話したことの中で唯一信じることができなかった。
男は自らがなんであるのかを、知ってしまっていた・・・。
「・・・ふむ」
ツルギが木造のベッドの上で、暖かな朝の光を浴びながら目を覚ます。窓の方を見ると、緑の木々の間から太陽が顔を覗かせていた。
「・・・夢、か」
「おはよう、ツルギ」
「む、お前は、アウィス?」
ふと彼の目に金髪を伸ばした、中性的な顔つきの少女が飛び込んできた。
ツルギは寝ぼけ眼をこすりながらゆっくりと起き上がる。見るとアウィスは昨日のドレスではなく、白を基調とした制服に着替えていた。シックなネクタイには、家紋が刺繍されている。
「寝ぼけているのかい?君も学園に入ることを決めたじゃないか」
「ああ、そうだったな」
ふとツルギは、自らの首に鉄の輪が嵌っていることに気が付いた。
「これは、ああ、そうだ」
奴隷の首輪。これがある間はアウィスの命令に逆らうことは出来ないが、その代わり身分がある意味で保証される。
学園規則、第291条。特別な事由が認められる場合に限り、当学園の学生の所有する奴隷を入学・編入試験の通過を必要なしに入学を許可する。
(俺は魔法も座学も致命的・・・、それこそ本当にそこらの子供にも劣るからな。昨日話し合って、アウィスの奴隷となることを決めたんだったな)
ツルギはここら辺の感覚が常人とは明らかに異なるし、アウィスは本質を見抜く目を持っているがゆえに、些事に拘泥しないきらいがある。
言ってしまうと二人とも、倫理観がガバガバだったのだ。
とはいえ流石に学園の中にいるアウィスを見守りたい、ただそれだけの理由で奴隷になったわけではない。
おそらくアウィスにとってツルギは、手放しに信用できる存在ではないだろう。ツルギ自身ですら、自分が胡散臭いことを認めていた。
だから彼は、嘘を吐くことができない立場にまで堕ちた。アウィスの説明によると、主人の命令に逆らった場合、首輪は強く奴隷の首をしめつけるようになっていた。
「しっかしまあ、いきなり根掘り葉掘り聞かれた時は流石に驚いたが」
「悪いね。でも許せ。君についてよく知っていた方が、後々面倒がないだろう?」
「まあな」
アウィスは昨日の質問で、
①師匠の目的は分からないがアウィスとスピラを頼まれたからツルギが近づいてきたこと、
②ツルギ自身はそこそこ戦えるが、現状ではルプスやアウィスよりは弱いこと、
③ツルギは人間ではないが、自分の過去や正体などについては話したくないこと、
の三つを知った。
「まさか本当に、嘘を浮いていなかっただなんてね」
「で、いいのか?俺がなんであるのかについて聞いておかなくて」
「君の嫌がることだ。今はまだ聞かないさ」
アウィスはゆっくりと片目を閉じて、そう答えた。律儀な奴だ、とツルギは思う。彼女は紅茶の香りを嗅ぎながら、
「私はさ、人の嫌がることをしてはいけないってのは、中々によくできた教訓だと思うんだよ」
「どういうことだ?そんな当たり前な」
「そう、当たり前なのさ。当たり前だから子供でも理解することができ、当たり前だから誰とでもこの常識を共有することが出来る」
「・・・さてはお前、小難しい話をして他人に理解されなかった経験を何度もしているな?」
「ご名答、よく分かったね」
ツルギもメルカトルなどによく言われていることであった。昔、どうにも観念的な話は、人前でするのに向いていないようだと彼は知った。
「そういえば、」
突然にアウィスは立ち上がると、財布をポケットに入れた。
「私は学食に向かおうと思っているのだけれど、君も来るかい?」
「あまり金はないが、大丈夫か?見た所この学園は、」
「ああ、それは大丈夫。この学園は貴族の子女も多いけれど、三分の一くらいは庶民出身だからね」
三分の一。当然だが貴族の人口に占める割合は極めて低いはずである。
「やはり、魔力量の遺伝は大きいのか」
「まあね。遺伝子5割、努力3割、その他2割といった感じだよ」
「ふむ・・・」
「気に食わないかい?」
「いいや。そんなモンだろう、何もかも」
アウィスはここで、ツルギが自分が魔力を一切持たないことにコンプレックスを持っているのだろうと勘違いした。
「力は幸福になるためにあるに越したことはないけれど、力があっても幸福とは限らない。ルプスと・・・、ルプスがその、最たる例だろう?」
「・・・。ふむ、まあそれはそうだが、」
「食べに行こう。ここの学食は、出来がいいからね」
「まあ、そうだな」
ツルギは昨日学生課から支給された制服を着ると、ドアを開けて部屋を出ていった。あまりに迅速な手続き、厄介な親が多いのだろうなと、彼は何気なくそう思った。
・・・。
場面は変わって、ツルギは食券機と睨めっこをしながら朝ごはんを選んでいた。
この学園の食堂は体育館と比べてもそん色ないほどに大きく、いくつかの調理場が中にあった。
彼は、100を超える膨大な種類のメニューを眺める。
「ふむなるほど、上の方にあるやつは高くて、下の方にあるやつは安いんだな」
一番上の段に至っては、一般人の年収にすら匹敵した。当然そんなモノ頼めたものではないので下の方を見て・・・、
「423ディネロのパスタ、これでいいか?」
ツルギは懐から、457ディネロを取り出して券売機に入れる。
それを見たアウィスは、不思議そうな顔をした。
「ん?7ディネロは入れる必要がなくないかい?」
「メルカトルから教わったライフハックだ。入れないと27ディネロがおつりで来るわけだからな、これで小銭が少なく済む」
チャリンチャリンと、たくさんの硬貨の音がした。
「・・・」
「・・・さて、」
アウィスは見なかったことにして、上の方にあるサラダと、同じく上の方にあるパスタのボタンを押す。27万ディネロほど、これは一般的な成人男性のふた月ほどの収入に値した。・・・収入?
「あれ、そういえば君に貯蓄や収入源はあるのかい?」
「いいや?」
あまりにもあっさりと、彼は言った。彼女は顔を少しだけしかめて、片目をゆっくりと瞑って、
「まあ大方そんなところだろうと思っていたけれど。食事代くらいはあげようか?」
「助かる」
「君はそこらへん、一切の躊躇がないなあ」
尤も、彼が彼女に渡した『星龍の血』に値段をつけるとしたなら、容易に貴族の一生分の食事の値段すら越えうるが。
そこのあたりが分かっているから、ツルギはアウィスに臆面もなく金を貰おうとしているのだろうか。
(・・・いや、たぶん違うな。彼はそこのところが雑というか、お金の価値が分かっていないようにも思える)
あるいは、金に価値を見出していないのか。この二つは似ているようで、実は大きく違っていた。
とりあえず二人は食券を食事と交換してもらって、空いている席を適当に見繕い座った。幸いにも朝の食堂はそこまで混んでおらず、席は容易に見つかった。
「それでは、いただきます」
ツルギは手を合わせて、一礼する。アウィスはそれを感心したように眺めて、
「いただきます。・・・君、そこらへんのマナーは分かってるんだね」
「師匠から教わった」
「へえ」
そう言うとツルギは、表情を変えることなく黙々とパスタを啜り始めた。アウィスも喋らないで、黙って食べることにした。
(・・・まあこの国では歓談しながら食べるのが基本なんだけれど。帝国か聖王国辺りから来たのかな?)
とはいえ彼女は、地域ではなく人に合わせるタイプである。
そうして彼らが、黙々と食べていると・・・、
「案の定数日で帰って来たわね、アウィス・エストラーダ!」
ツルギが横を一瞥すると、そこには赤髪をツインテールにした、いかにも勝気そうな少女が立っていた。アウィスは口元をナプキンで拭いて、一旦フォークを置く。
「ん、君はルキア先輩か」
「久しぶり、じゃないけど数日ぶりね」
ツルギはちらりとそちらを見つめる。
ルキアの身長はアウィスより少し低いくらいだろうか。ただスレンダーなアウィスよりは全体的に肉付きがよく、特に胸の差は一目瞭然である。
(・・・こいつもこいつで、なかなかに隙がないな)
あからさまな堂々とした立ち姿に、自信ありげな笑みを湛えた彼女は、おそらく強いのだろうと彼は感じた。
「それにしても、やっぱり冤罪だったのね!まああんなのにアンタが引っかかるとは思っていなかったけれど」
「おや、君は国王陛下のことについて聞いていないのかい」
「・・・?」
「要するに、冤罪ではなかったけれどそれはそうとして恩赦を受けたのさ」
「はあっ!?」
キッと、ルキアは彼女を強く睨みつけた。
「本当に妹の男に手を出したの!?サイッテイ!!」
「いやはや、返す言葉もない」
「もしかしてそこの男も、アンタの情夫なの!?」
急にスポットライトが当てられて、ツルギはむ?とルキアの方を向く。しかし存外に美味しかったのかパスタを食べる手は止めない。
「べふにほういうわへひゃない」
「聞こえないわよ!」
「彼は断じて、私とそういう関係ではないさ」
「へえ、本当かしら。ちょっと不気味な見た目だけど、平均くらいはあるみたいだし、どうだか」
平均くらいなら違うんじゃないのか、とツルギは何気なく思って、
「―――君は少々礼を、失しているな」
場の空気が、ゾッとするほど冷たくなったことに気が付いた。
ルキアがドキッとして、言い訳じみた批判をする。
「で、でもしょうがないじゃない!だいたいアンタが色狂いなのがいけな」
「私に対してではない、彼に対してだ」
アウィスの青の瞳が容赦なくルキアを射すくめる。温度のない瞳だった。
思わずルキアは一歩後ずさって、
「ふ、ふん!なんで奴隷なんかに謝らないといけないのかしら!」
「へえ」
「私はフラウィア公爵家の次女にして総領娘、ルキア・フラウィアよ!そもそもアンタよりも格上なんだから!」
ツルギは静かに怒るアウィスに対して、それでも意地を張って見せるルキアに少々感心する。そして感心しながらもそちらは見ずにパスタを啜り続ける。
「ていうかそこのはなんでずっと食べているのよ!?主人が話しているんだからアンタも一旦食事を中断しなさいよ!」
「はるいな、さめたらまうい」
「あーっ、この、コイツなんとかならないの!?」
「これに関しては擁護しかねるね。ツルギ、一旦食べるのを止めたらどうだい?」
「ほとわる」
「・・・」
「・・・・・」
ツルギはパスタという食べ物をひどく気に入ったようだった。あるいはこの学食のパスタが気に入ったのかもしれないが。
「ツルギ、」
「ふう、ごちそうさま。それで何だったか、えーと、そこの」
「ルキア・フラウィアよ」
「そうそう、ルキアとやら」
アウィスはふと、ルキアの手が腰の剣に伸びていることに気が付いた。先ほどまでのもそうだが、呼び捨てにタメ口が効いているようだ。
「・・・ツルギ。一応言っておくけれど、先輩の方が私より家格が上だし、何より彼女は次期当主だ。君が無礼打ちにされたとしても、私じゃ庇いきれないよ」
「構わん、師匠曰く敬語は年上か尊敬できる相手に使うべきだそうだが、俺はコイツを尊敬できん」
「このっ、!!」
「はあ。」
煽っているわけじゃないんだろうけどな、とアウィスは思う。如何せんツルギのコミュニケーション能力には問題があるし、何より彼はマイペースであった。
「アウィス、コイツ殺していいのよね」
「すまないね、彼は私の恩人なんだ。私に免じて許してやってはくれないかい」
「これだけ虚仮にされて、引き下がれと?」
「虚仮にはしていまい。それになんだ、この程度で殺すだなんだの莫迦らしい」
「・・・ツルギ、舌の剣は命を絶つよ」
やりたくはなかったが、命令して無理矢理謝らせるか?と考えて、しかしそんな謝罪をしても突っ撥ねられて終わりだろうとも思った。
(さぁて、どうしたものかね)
万が一レイピアを抜かれてもアウィスなら止められるが、それはそれで禍根を残す。
もしもの時以外はどうにかツルギ自身に解決してもらうしかないな、と判断して、
「ところでお前とコイツはどういう関係なんだ?」
突然にツルギがそんな、質問をした。呆れるほどマイペースな彼に、アウィスは呆れを通り越して一種の大人物のような感覚すら受けた。もちろん呆れたが。
「アンタ、主人にすらお前呼ばわりするの・・・?まあ、私とアウィスは、ライバルとでも言ったところかしら」
「ふむ・・・?」
「な、何よ。言っておくけど私とアウィスは同じ『学園七傑』と呼ばれていて、名実ともに同格なんだからね!」
ツルギは、彼女らが同程度の魔力を保有していることを認めた。アウィスの真価は決して魔力量ではないのだが、きっとルキアもそうなのだろうと早合点して、
「なるほど、お前らは互いに実力を磨き合っているわけか」
「え、ええ、そうよ!10年来、幼稚舎からのライバルなんだから!」
「なるほどな・・・」
ツルギは、『師匠』から聞いたことを思い出していた。ライバルが一般的にどういうものであるのか、そしてツルギにとってどういうものであるのか。
「・・・パスタはいいな」
「?」
「なんでもない。ともかく、アウィスをいつもありがとうな」
「なんだ、アンタ存外話がわかるじゃない」
おや?とアウィスは流れが変わったことに気が付いた。
(まあ確かにある意味真っすぐなツルギと、素直なルキア先輩は相性が良さそうだけれど)
「しかしそうなると、どうにも俺は邪魔そうだ」
「ふむ?」
「この場に俺はいらないな。アウィス、ピンチになったら俺を呼べ、そしたら駆けつける」
「え、ええ?」
「俺は部屋に戻っている」
ツルギはそう言うと、立ち上がって、来た廊下へと戻っていった。朝飯時を過ぎて、人が少なくなってきた食堂に二人が残される。
「何よ、アイツ存外に分かる奴じゃない。しばらくは生かしておいてあげるわ」
「はは、ありがたい」
アウィスは水を吸いながら、少し目を逸らす。
「そういえばアンタがいない間、テストがあったじゃない?そこで私、また全教科総合学年1位を取ったのよ!すごいくない?」
「はは、すごいね」
「二位の皇太子殿下に20点差もつけてやったのよ。まったく、やっぱりアンタが違う学年なのは退屈ね」
「ははは・・・、」
喉は渇いていないが、再び水を口に含む。
「それとこの間、火魔法のコンクールでも宮廷魔術師たちを押しのけて、金賞を取ったのよ」
「へえ」
「他の奴らが効率的な魔法の発動方法とかを発表している中、私だけ新しい魔法を開発してやったわ!すごいでしょ」
「はは、すごいね」
(・・・ツルギ、君は私たちを気遣って部屋に帰ったんだろう)
再三水を口に含んで、
(私別に、ルキア先輩とそこまで仲良くないんだけどね?)
ぺらぺらと自慢話をするルキアはともかく、アウィスは20分ほど微妙な気分を味わうこととなった。
ところでツルギは一足先に部屋に戻って、考え事をしていた。
(・・・アウィス・エストラーダが次期国王候補か)
(ならばなぜ奴の母親は、アウィスを狙わせた?)
彼の目下の意識は、アウィスを守ることに注がれていた。
(いくら妹に家督を与えれば侯爵家が実質的に自分のモノになるとはいえ、娘が王であることの利点の方が大きいはずだ)
無論彼女が王になれない可能性もあるが、彼女を敵に回すリスクも天秤にかければ、流石にどちらを選ぶべきかは明白だ。
(アウィスを危険視したとかなら分かるが、あの女が何かをされない限り、自分の親を陥れる気がないことくらい、共に過ごせば分かるモノだと思うが・・・)
まあ実際は何かをされても、彼女は肉親に反撃しなかったのだが。
ツルギと出会った時、アウィスがエストラーダ領にいたのを見るに、度々帰郷してはいるのだろう。となると、母親が自らの娘の在り方すらも見抜けないほどの愚物である可能性が高くなってくるが、
(・・・本当に、そうか?)
母親が単に愚かだったと結論付けるのが最も妥当なのだが、どうにもツルギは違和感を覚えた。
(アウィスは俺が言うのもなんだが天才だ。武力、知力、品格、人格、容姿、すべてを極めて高い水準で持ち合わせている)
そしてそれが次期国王候補だと、困る人間も当然出てくる。
すなわち・・・、
(次期国王候補。第一王子、第一王女、トマス・メンディエタ公爵)
どれもこれも第一級、それこそアウィスより遥かに上の権力を持った者たちである。ルプスを失ったエストラーダ侯爵家とは比べ物にならないほど高い武力も持ち合わせているだろう。
(・・・アウィス、お前は剣の刃を渡っているのかもしれんぞ)
と、彼はそこまで考えて、しかしアウィスがそれに気が付かないはずはない、と思い直した。
だがだとするとなぜ、自分が窮地にいることをツルギに伝えなかったのだろうか。
・・・決まっている。
(アウィスが死んだ際に俺が復讐して、俺が死ぬのを避けるために。俺の復讐の矛先を、犯人単独に逸らすために)
母親と妹の罪を明らかにせず、彼女ですべての汚名をかぶる。
自らを殺しに来たルプスすらも、救おうとしてみせる。
たった1日の付き合いでも分かるほどに、アウィスの行動原理はシンプルだ。
ツルギはこのとき、気づかず拳を強く握っていた。
この学園には、確実に次期国王候補関連者が大量にいるのだろう。いわばこの学園はアウィスにとって、魑魅魍魎溢れる魔界だというわけだ。
「・・・安心しろ、アウィス」
「俺がお前を守ってやる。師匠の頼み、だからな」
ツルギは剣を強く握った。剣は10年ぶりに熱く輝いていた。




