"タンク"
(´ω`) < 活動報告の通り、第一話"異動命令"の書き直しとなります。
「エヴァンス中佐。このタイプライターはどこへ?」
「あっちのテントに置いておいてくれ、残りのタイプライターもだ。」
クソみたいな味のする煙草を咥えたまま、俺は陣地設営の指示を執っていた。
「あぁ、その機材は無線機の傍に、どこかに荷車は…」
きょろきょろと当たりを見回してると、元気な声が耳に飛び込んできた。
「こっちで使ってまーす!」
荷車を使ってる工兵隊が、陣地の端でぶんぶんと手を振ってくる。
「工兵隊!鉄条網だけ引いてくれればいいから、天幕と機材設営を先にしてくれ!」
何人かが機材の方に走ってくるのを確認して、俺は鞄片手に司令部のテントに向かって走り出す。
出入り口の垂れ幕をばさりと押しのけて入り、俺は聞いた。「伝令隊はどこだ?」
「10分くらい前、連隊司令部に行くと。何でも呼び出されたってよ」と、火のついてない煙草を咥えた、軍医のダン・ガーディン大尉が小さく手を挙げる。
弱った、小さく呟いて俺は頬を掻いた。伝令ついでに補給隊への連絡をつけてもらおうと思っていたのに。
「つーか…」ガーディンが詰め寄ってくる。「この煙草、どんだけ質が悪いんだ?中毒者でも吸わねぇぞ、こんなの」と愚痴ってくる。
「あぁ、そういえば君もけっこうな煙草好きだったな?」机を挟んで向かい合うように座って、懐からマッチ箱を取り出して差し出す。
「吸わんよ、流石に不味すぎてそんな気も起きんわ…」ガーディンが、咥えていた煙草を胸ポケットに差し込んで、マッチ箱から視線を逸らす。
これを機に禁煙でもしたらどうだ、とガーディンに持ち掛けてみる。「こんな環境じゃ吸わなきゃやってられねぇよ」と返され、それもそうかと納得し、手をポンと叩く。
鞄から煙草を1箱取り出して、「海外製だが、普段の奴よりマシだろ?」そう笑いながら投げ渡す。
怪訝そうに銘柄を確認したガーディンの表情がぱぁっと明るくなる。「おい、こりゃラッキーストライクじゃねぇか!どこで手に入れたんだ!?」
横流しか、はたまた賄賂か。ぶつぶつと呟きながら疑うガーディンに苦笑しながら「市井で買ったんだよ」と答える。
「なぁ、これ本当に貰ってもいいのか?」ガーディンが恐る恐ると言わんばかりに聞いてくる。高価なもんでもないから、別に問題無いぞと断る。
軍医がいそいそと封を切り、火をつけて煙を吸い込むのを眺める。
「あー……クソ。クソ美味ぇ…」そうガーディンが溢すのを聞きながら、テント内に安置された無線機に向かう。
備え付けの椅子にどっかと座り込んで、無線機に掛けられたヘッドホンに手を伸ばす。「……大隊長、ソレ使えるんか。」ガーディンの呟きが後ろから聞こえてくる。
「俺は元々、無線特技兵を志してたからな」と言うと、心底不思議そうにガーディンが訊いてきた。「本当にあんた、何で今歩兵大隊長なんてやってんだ?」
「ほら……指揮官って憧れるだろ?」かち、ぱちと無線機のスイッチを切り替えて、ヘッドホンを被る。ザー、ザーとノイズが耳に響く。
連絡部隊への連絡をするために、記憶に残ってる周波数に合わせようとする。一瞬だけノイズが止んだ。
慌てて通り過ぎた周波数を戻して「ハロー?」とマイクに声を出す。返答が無い。
「ガーディン大尉、あいつらの周波数知らないか?」後ろで煙草を吸っているガーディンに声をかけるとすぐに答えが返ってきた。
「中佐から見て右の足元にある箱。そん中にあるはずだぞ」と言われて、足元を見る。
オリーブ色に塗装された木箱が無雑作に置かれていた。きぃと音を立ててそれを開くと、解読書が無雑作に放り込まれているのを認める。
「…なぁ大尉、俺はこれを罰した方がいいのか?」とガーディンに聞くと、「それは3世代目の解読書だ」と返される。
周波数そのものは変わって無いらしい。それはそれで問題ではないか?とぶつぶつ呟きながら記載された周波数に合わせる。
「ハロー?聞こえるか。こちら第一〇五歩兵大隊司令部、こちら第一〇五大隊司令部。応答せよ。」
ざざ、ざざと僅かなノイズの後に「一〇五大隊付伝令隊。一〇五大隊付伝令隊」と雑音まみれの音声が返ってくる。
「今、どの辺にいる?」マイクに語りかけると、すぐに声が返ってくる。「乗客付きで、もうそちらに着きますよ。」
「……乗客付き?どういうことだ?!」俺が声を荒げる。来客なんて聞いていないぞ。
言い澱む通信相手に替わって、荒い音質でも聞き分けられる、聞きなれた声が耳に飛び込んでくる。「……私だ。問題があるか?」
「トマス少将殿!?」目の前にはいないが、自然に背筋が伸びる。「いえ、何も問題はありませんが……」
一言二言、会話を交わして、ぱちりと通信機のスイッチを切る。
「……おい、中佐。魂抜けたみたいな顔してるがどうした?」
「…………はっ!?」
ガーディンが肩を揺らしたことで意識を取り戻す。
「テイラー少将が来ると行っていたけど。本当なのか?」
こくりと頷くと、ラッキーストライクを加えたまま天を仰いだ。
「中佐、なんか悪いことしたか?」ガーディンの問いにブンブンと首を振って否定する。何もしていない。
ヘッドホンを元の場所に掛け直して、大きなため息をついた。「マジかぁ……」
ガーディンが俺の肩に手を置いて、にこやかな笑顔で告げてくる。「安心しろ、遺骨は故郷に届けてやるから!」何も安心できる要素がない。
「というか、もうすぐ来るのか。出迎えなきゃいけないな…」と呟いて、俺は席を立った。
被っていたヘルメットを机の上に置いて、鞄の中に入っていた軍帽を取り出す。
軍帽を被った俺を見て「存外似合ってんじゃねぇか、中佐!」とガーディンがわざとらしく褒めてくる。
「…というか、今手の空いてる士官は俺たち2人だけなんだよな」と俺が呟くと、ガーディンがスッと外に出て行こうとした。
肩をがっしと掴んで「おい」と声をかけると、ガーディンがぎこちない笑みで「軍医としての仕事があるから……」と言い出す。
「なぁガーディン大尉。俺たち……仲間だよな?」にっこりと笑みを向けながら、ガーディンに圧をかける。
少したじろいだ後、ガーディンが指を1本立てる。「もう1箱だ」そう俺に告げてくる。
「…ラッキーストライクか?」そう聞くと首を縦に振る。ほんの少しだけ俺は考えて、胸ポケットからラッキーストライクの箱を取り出す。
「全て終わったらやるよ」というと、ガーディンが不満そうな顔をする。「……まぁ、仕方ないか。」諦めたように、赤十字の付いたヘルメットを被り直した。
伝令隊が使っている、ごつい旧式の通信機を乗せた四輪の輸送車が目の前に止まる。
運転席からいつもの運転特技兵が、荷台から通信手が降りて、通信手が助手席の扉を開ける。
見慣れた黒の短髪、無精ひげに下縁眼鏡。俺のよく知ってるトマス・テイラー少将だ。ガーディン大尉と共に、敬礼をして迎える。
「出迎えありがとう」そう少将が告げて、ガーディンの方を見て「ガーディン大尉も職務に戻りなさい」と言った。
ガーディンが敬礼をといて、走って陣地へ帰っていく。
俺の代わりに少将が手早く通信部隊にも指示を出して、この場には俺と少将2人だけになる。
「……さて。オースティン・ルイス・エヴァンス中佐。どうして私が来たのか、分かるかい?」
少将の問いに、何も悪いことをしていないのに背筋に冷や汗が走る。「いえ、分かりません」と返すと、少将はにこやかに告げた。
「まぁ、言ってないしな」という言葉にがくっと力が抜ける。少将が続けて「2人だけだしな、気楽にしなさい」とも言った。
「トマス少将……何しに来たんすか?」俺が困惑気味に聞くと、その辺の木箱を引きよせて椅子代わりに座り始める。
「……本当に大きくなったな、エヴァンス。」軍人らしからぬ、優しい声色で話し始める。「おまえが入隊して、もう7年か?」
俺が地べたに座って、少将を見上げて答える。「まだ6年ですよ。ついにボケ始めましたか?」
少将がけらけらと笑いながら、「馬鹿言うな、まだまだ俺は現役だよ」と返して来た。
「それで、本当に何の話で来たんですか?」俺はトマス少将に問いかける。
少将が口を開いた。「……最近。ライヒとの国境がきな臭い話を知っているな?」その言葉に俺は頷き、先週の記事の内容を口にする。
「確か、国境での演習が盛んになっているらしいですね」と言い、一つの可能性を指摘する。「……もしかして。ライヒと1戦交えることになりそうですか?」
実際に戦うのだけは勘弁だな、そんなことを考えながらもやもやとしていると少将が「まぁ、不確定な情報だから何とも言えないけど」と補足してくる。
さて、ここからが本題だと少将が真剣な表情を浮かべる。「第74機甲師団が、君を勧誘している……と言っても、ほぼ強制なんだが」
「……は?」ずるりと頭から軍帽が滑り落ちる。「俺は歩兵部隊の指揮は知っていますが、その手のやり方は知りませんよ?」
「だろうな」と少将が答える。「一応、『新しい視野を取り入れる』名目で勧誘しているんだ」ほら、君は演習で卓越した指揮を見せただろ?と続けた。
「あの鈍重な、水運搬車かぁ……」そう呟くと、少将が変なものを見るような顔でこちらを見てくる。「エヴァンス、最期に戦車を見たのはいつだ?」
「入隊してすぐに1度、それっきりですね。写真も見る機会がありませんでしたし」と答えると、少将が突然笑い出した。
すっくと少将が立ち上がり、着いて来るように手招きする。ずんずんと陣地を横切り、司令部のテントに顔を突っ込んで「エヴァンス中佐を借りていくから、指揮を頼むぞ!」と言って出てきた。
話についていけてない俺をよそに、伝令隊から四輪駆動車を借りる算段をつけて、少将が運転席に乗り込む。
「エヴァンス中佐、乗りなさい。どうせ運転できないだろう?」手招きされるままに乗り込むと、四輪駆動車が音を立てて進み始める。
「あの、少将?どこへ?」辛うじて絞り出した俺の問いに、少将が満面の笑みで答えた。
「エヴァンス中佐、君に戦車を見せてやる」