前照灯と無線
(´ω`) < わし。
がたがたと車輛に揺れているうちに、夜が訪れ始めたことに気が付く。
俺がふと心配になったことを口にする。
「…これ、落ちるまでに間に合いますかね。夜になったら危なくないですか……?」
少将がこっちを見ずに、軍帽を外して答える。
「まぁ……大丈夫だろ。こいつの前照灯が壊れてない限りは。」
車輛内から、小さな声が聞こえる。
天板ハッチをぎぃと押し開けて、また別の兵士がひょこっと顔を出す。
「必要なら付けますけど、どうします?」
ヘッドホンをぐいと押し上げる、気怠そうな表情を浮かべた青年を見て、少将がまたわざとらしく声を上げた。
「セルゲイ特技兵。君も一緒だったのか?」
セルゲイ特技兵が、マイクの接続部を弄りながら答える。
「トマス少将殿…と?中佐殿。古い無線機って残って無いですか?」
俺がずれたヘルメットを脱ぎ、足の上に置く。
うちの部隊で使われてるあの無線機のことだろうか。そう思い、セルゲイに問いかける。
「…あのクソ重い奴か?」
あいつを運ぶのは骨が折れる作業なんだよな、そう思い出しながらセルゲイの方を向く。
セルゲイがこくりと首を縦に振り、続ける。
「それです。今こいつに配備されてる無線機は妙にイカれてて――」
その声に少将が反応し、ひょいと話に参加してくる。
「それは本当か?」
セルゲイが天板からひょいと飛び出て、中に入るよう促す。
「えぇ。ノイズが酷いんですよ。」
少将がハッチからひょいと飛び込んで、中の無線機をいじくり始める。
「…セルゲイってことは、スラヴ系か?」
上に出てきたセルゲイに訊いてみる。
「あー、生まれは白ロシア共和国で、3歳くらいにコッチに来ました。貴方は?」
頭をゆらゆらと振りながら、セルゲイが訊いてくる。
俺はヘルメットをまた頭に載せて、顎紐を緩く結んだ。
「タニーシャって知ってるか?」
セルゲイが気まずそうな表情を浮かべた。
がごん、と一つ大きく車輛が揺れる。
「あー……知りません。」
懐からクソ不味い煙草を取り出して、箱ごとセルゲイに差し出す。
「南の方のそこそこデカい街でな。小麦と織物が盛んなんだ。」
セルゲイが煙草を1本受け取り、懐からマッチを取り出して火を付けた。
俺も1本取り出して、火を借りる。
「てことは、生粋のボスケット国民ですか。……うげっふ!」
セルゲイが紫煙を吸い込んで、げほごほとむせ返る。
「あぁ……というか、煙草吸わないのか、すまん。」
自分も吸い込んで、ヤッパリ不味いなと心の中で愚痴る。
「いえ、煙草は吸いますが…これ、クソマズいっすね。」
セルゲイが舌を出して、しかめっ面をする。
「そういえば……アナトリー・ルキーチ・セルゲーエフ、階級は通信特技兵です。」
思い出したかのように敬礼をして、セルゲイが名前を名乗る。
「あー……そういえば名乗ってなかったっけな。オースティン・ルイス・エヴァンス中佐だ。」
答礼を返したところで、下から少将の声がする
「やっぱダメだ。向こうについたら整備してもらう必要がある。」
あけ放たれっぱなしだったハッチからひょいと少将が顔を出して、セルゲイと入れ違いに車外に出てくる。
「あぁそうだ……前照灯をつける必要があったか?」
思い出したかのように少将が口にしたその言葉に、俺は今更ながら疑問を感じた。
「あの、前照灯って何すか……?」
少将の動きがぴたっと止まった。
ぎぎぎと音を立てかねないようないびつな動きでこっちを見てくる。
「まさか知らないのか、中佐……!?」
俺は従軍時代のことを思い出しながら答える。
「……そもそも、うちの歩兵師団にこういう自走するモノはないっす。」
少将が大きくため息をついた。
「そうか、そうだったな……艦艇に積んである、探照灯は見たことあるか?でっかいライトみたいな奴だ。」
ランタンは普段使ってるし、数カ月前の合同演習で探照灯も見た。
こくりと頷くと、少将が続ける。
「それのちっさい奴みたいなもんだ。ザクセン!点けてくれ。」
なかからかすかにスイッチをいじる音が聞こえて、進行方向が明るくなる。
「……クッソ便利じゃないっすか?これ。」
俺の呟きに、中からザクセンの声が聞こえる。
「つっても、逆にこれで位置がバレることもあるんスよね。」
ハッチがまた開いて、セルゲイがハッチ周りの装置をガチャガチャと動かす。
セルゲイが、ザクセンのつぶやきに大きく頷く。
「まぁ、無線機がアレな以上……最前線だと未だに探照灯に頼る可能性が高いんですよね。」
かちりとスイッチの音が聞こえて、ハッチの縁に据え付けられた小型のライトが光を放つ。
「エヴァンス中佐、見てくださいよこれ。めっちゃ動くんですよこれ。」
セルゲイが、ライトをぐるぐるとハッチに沿って回してみせる。
「……うちにも1台欲しいな。」
少将が深く頷く。
「部隊の機械化、伝令の効率化は急ピッチで進められてはいるんだがな……」
俺たち2人の言葉に、セルゲイが不思議そうに訊いてきた。
「歩兵部隊には、けっこうな数が配備されてるはずでは?無線機は特に。」
俺が即座に否定する。
「配備されてるのと、実際に使うのとじゃァ。これがまた結構違うんだ。」
少将が続ける。
「悪環境で壊れる、無線だとノイズ、有線でも断線して通じない。実のところ5割も稼働してないんじゃないか?」
少将の言葉に、ザクセンが驚いたような声を上げた。
「……本当ッスか?」
ザクセンの声に、大きく頷く。
「1大隊あって、まともに使える無線が1台とか普通にあったぞ。」
今度はセルゲイが、驚いたような顔をして声を漏らす。
「嘘でしょ……?」
俺は静かに、大きく頷いた。
「……そんなに壊れやすいのか?あれ。」
少将の言葉にも、大きく頷く。
セルゲイはフリーズして、ザクセンは何も言わず、少将は何故か頭を抱え、途端に静かになってしまった二式伝令車。
ずっと遠くに、鉄条網の陣地が見えてきた。
(´ω`) < わぁい