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裏・後

 

「シュローメ……? 髪を切ったのか……?」

「貴女、わたくし達の前なのよ? 気軽な格好でいいのよ?」

「ご冗談を。騎士が鎧を着るように、淑女はドレスを纏って戦うのですわ。私、大人しくする事はもう止めましたの」


 一瞬の戸惑い。怒り出すだろう両親に、抱えていた書類をテーブルに叩きつけた。

 笑顔で読む様に手で示せば、恐る恐る父が読み始める。その横から母が覗き込む。

 ページを捲る度に、顔色が変わっていく両親。




 今まで二人が見ていなかった、或いは見て見ぬフリをしていた姉の蛮行を納めた書類だ。

 味方の了承の元、傷跡も写真という物で載せた。

 また、アルトの行動理由やヨハネスとの相違点をわかりやすく記載してある。




 書類に集中する両親を他所に、対面のソファに腰を降ろす。

 青ざめていく両親を冷めた目で見ながら、シュローメは追撃の言葉を告げた。


「お父様。私の願いを叶えてくださるのですよね? 私、愛しい方が出来ましたの。その方との婚姻を望みますわ。その方は、ヨハネス・ブロウ伯爵令息ですの」

「何を言っているのシュローメ!? ブロウ伯爵令息はジゼールの婚約者よ!? 姉の婚約者を慕うなんて恥知らずだわ! それに何よこの嘘だらけの書類は!」

「恥知らず? 私、半年前からお願いしていましたわよ? それを後回しにしていたのは、お父様とお母様ですわ。あと、その書類は真実としか言えません。私としては、嫌々ながらのおべっかに浮かれて、愛し合っているだの妄言を吐くお姉様が恥知らずだと思いますの」

「貴女! その考えを撤回なさい!」

「お姉様がヒステリックに叫ぶのは、お母様の遺伝ですね」


 何処までも冷静に返せば、母は目を吊り上げて立ち上がった。

 更に叫ぼうとして、父に止められる。その表情には、決意が現れていた。


「王妃よ……先に戻っていてくれ。シュローメと二人で話がしたい」

「わ、分かったわ。貴方、しっかり叱ってくださいな」


 父が同じ意見だと疑わず、母は席を立つ。扉に歩く姿を後目で見送り、音と気配で去っていったと感じる。


 次の瞬間、父が勢いよく頭を下げた。


「今まですまなかった……!」

「あら。お父様も信じないと思っていましたわ」

「そこまで儂の目は曇っていなかったようだな……その分、お前に苦労を掛けてしまった。あの子は、ジゼールは祖母に似ている気がして、いつかは良い統治者になると思っていたのだ……」

「曾お祖母様は、政治が上手い豪傑な方だったと聞いてますわ。我儘、強欲、我が強いお姉様と一緒にしては失礼過ぎだと思いますの」

「今はそう思える……祖母は、暴力だけは許さない人だったからな……」

「……ねぇ、お父様。根が腐っている花は、何時までも飾れませんわ」


 小さく笑って告げれば、父は表情を固くする。そのまま考え込み、口を開いた。



「……法により、成長しきるまでは捨てられない。王族が率先して破る訳にはいかないからな。あの花は大輪で珍しく、この国では最初の株を優先する。剪定を非難する声が出るだろう。世話人をそのままお前に渡すにも、高位貴族が反対する可能性がある。この一ヶ月で能力がある事は確認してあるから、気持ちがあれば別だ」



 成人になるまで、姉を廃嫡できない。

 どんなに酷い姉でも、廃嫡したら王家の評判に響く。

 姉を排除した後に婚約をシュローメに移す場合、ヨハネスの意思がないと世間が煩い。



 父の言葉を噛み砕き、頭に叩き込む。

 時間はかかるが、不可能では無い。シュローメは微笑み、父に向けて首を縦に振った。






 王家が傷つかず、姉を追い出す方法は簡単だ。姉自らが捨てる様に仕向ければいい。

 その為に、シュローメは味方の人脈を再び頼った。見た目の色合いと雰囲気が似ている、できれば身分のない年頃の青年を見つけ出す。

 条件を追加して厳しくなったが、主に平民の中から探すのだから可能性は高い。


 その間に、シュローメはヨハネスに近づく。姉は婚約者用の予算を投げ出し、自らあの騎士を捜している。

 姉が交流の茶会を放棄している事は、城の誰もが知っている事だ。ただ、父が決めたから逆らえない。

 数回だけ見送り、ヨハネスが姉への関心をなくして茶だけ楽しむ時、高鳴る鼓動を抑えてシュローメは声をかけた。


「こんにちは。ヨハネス・ブロウ様ですね?」

「そうですが……もしや、妹姫様ですか?」

「私をご存知ですの?」


 互いに驚いた。王女としては初めて会うはずだが、知っている様子だ。慌ててヨハネスは立ち上がり、臣下の礼を執る。


「お噂はかねがね聞いております。ご挨拶が遅れて申し訳ありません、シュローメ・リリ・ピサンバナス第二王女様。不肖ながら、ジゼール・ユナ・ピサンバナス第一王女の婚約者となりました、ブロウ伯爵家が息子、ヨハネスと申します」


 完璧な口上に、シュローメは感嘆が漏れた。やはり、自分の目には狂いがなかった。

 何と素敵な人だろう。改めて恋心を自覚し、シュローメも礼をする。


「その通りですわ、ヨハネス様。謝罪はむしろ、お姉様がするべきです。ヨハネス様は胸を張ってくださいな」

「ありがとうございます」

「そこまで畏まらなくてもいいですわ。姉がお茶会を放棄していると聞きましたので、代わりに私が来ましたの。私も女王教育を受けていますので、是非ともヨハネス様にも確認して頂きたいのですわ」

「それでしたら……俺で良ければ、喜んで」


 好意的な返答に、シュローメも嬉しくなった。歓喜のあまりに顔が蕩けそうになる。促されて椅子に座り、茶会を始めた。


 博識なヨハネスとの会話は有意義だ。互いに新しい知識を知り、考えて自分の意見を述べ合う。何とも甘美な時間だ。


 ヨハネスと過ごす時間が、愛おしくて堪らない。

 愛しのヨハネス。自分のヨハネス。そう叫びたいのに、世間では王配予定者と女王の妹だ。歯がゆくて仕方ない。


 だが、着実にシュローメの想像通りに進んでいる。姉の評判は下がる一方。ヨハネスはシュローメに好意を持ちつつある。

 まだ婚約者の妹として扱っているが、その枠組みを取ってしまえば選んでくれるだろう。

 侍女や侍従も同じ意見だから、自意識過剰ではないはずだ。






 姉の成人まであと三年。その頃、アルトによく似た青年を見つけられた。






「フェイと言います。ご機嫌麗しゅう、王女殿下?」


 姉が来ないだろうスラム街の小屋で、青年は挨拶をした。ジョーク混じりの口調に軽いウインク。確かにあの騎士を彷彿とさせる。

 シュローメは青年の全身をじっくり見て、小さく頷く。


「これなら合格点だわ。ただ、念を入れたいわ。フェイと言いましたわね? 数年間、こちらの望み通りに仕上げてもらいたいの。その後、この国には居られなくなりますがよろしい?」

「勿論。自分は海を渡った国の、名もない演者です。此度の縁が無ければこの国を訪れませんでした。麗しい方のお相手をするだけで莫大な金が入るなら、この地を踏む権利を失っても構いません」


 偽りの笑顔で告げるフェイは、姉の機嫌を取る騎士と瓜二つ。シュローメは満足そうに微笑み、指示を出す。

 特に、剣を扱う筋肉と技術は必要だ。そこはあの騎士の同僚で、退団している者に願い出た。


 細かな所は記憶喪失という事にして忘却したフリ。年齢的に、教師として潜り込ませた方が楽だ。


 だとすれば、決行は姉が二年生に上がる時。

 偽名で教師になって、姉に接触して籠絡する。その約半年後に、十八歳の誕生日がある。待ちに待った、姉の成人日だ。




 身分の違いから、結ばれるには国を出るしかない。そう唆し、偽の恋に溺れて国を捨ててもらう。

 その為に準備してきたのだ。失敗はできない。







 シュローメの不安を嘲笑う様に、姉はあっという間にフェイに落ちた。

 アルト、アルトと初恋の人を間違えて暴走する姉は、滑稽すぎて笑いが止まらない。

 貢ぎ物は、高額すぎなければ追加報酬としていいと指示している。それもあり、フェイは見事に姉の心をがっちりと掴み取った。







 運命の誕生日パーティー。偽の恋に駆け出す姉は、愛に生きた女として広がるだろう。


 自ら望んで女王の座を捨てたのだ。この国を、ヨハネスを、悪く言う声は殆ど出ないだろう。

 この案には、父も賛同している。ワザと騎士達の追跡を遅め、後に国王の責務が勝ったと噂しておく。

 これで父へのダメージも少なくなるだろう。母は知らない。最後まで変わらない女だったからどうでもいい。


 騒ぎに紛れ、馬車を走らせる。城から離れた場所、山の中の粗末な小屋。そこにはフェイと風体の悪い男数人、中央に縛られた姉がいた。


「アルト! どういう事なの、ねぇ!」

「申し訳ありませんが、自分はアルトでもラルドでもありませんよ」

「嘘! 嘘! 嘘!」

「醜いですわね、お姉様」


 シュローメが声をかければ、姉はハッとしてこちらを睨みつけてきた。


「アンタが何かしたのね! 許さないわ!」

「アルトは恋人を守る為に貴女の機嫌を取っていただけ。彼はアルトに似せて、王家から離れさせる為。見かけの演技に騙されて、本当に良い人を見分けられず、自分の要望が全て叶うと疑わない。大っ嫌いな貴女の最後を見届けに来ましたの」

「何言ってんの!? お父様やお母様に言いつけてやる!」

「お父様達は駆け落ちと信じておりますわ。美談にしてあげましたの。逆に感謝して欲しいくらいですわ」

「ちょっと!? アタクシの話を聞いてるの!?」

「キンキンと煩く聞こえてしまってますわ。でも、下手に王族と言いふらされても困りますの。では約束通り、()()()()()()()()()()()()()


 その場にいた、奴隷商人にそう告げて踵を返す。馬車に乗り込む際に、汚らしい悲鳴が聞こえてきた。






 全てが片付いた。出会いの場所にヨハネスを連れていく。裏庭は様々な花が咲き誇る、図書館の名物の一つとなった。

 あの時の花の栞を差し出して、想いを告げると抱き締められた。




 やっと、名実共にヨハネスと結ばれた。

 愛おしい人の胸の中で、シュローメはほくそ笑むのだった。


策を練って邪魔者を消し、恋した相手を手に入れた妹姫。

恋に溺れ、全てを失った姉姫。



全く違う二人だが、本質は同じ。

『愛する者の全てを手に入れたい』。ただそれだけである。





久しぶりの異世界恋愛です。いつもと文体が違う気がしてますが、中身的には作者の味ですかね?

読んで頂きありがとうございます!

感想、ブクマ、いいね、なんでもこいです!

他の作品でもお待ちしております!!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 血筋と生まれた順だけで国のトップを決めるなんて くじ引き以下じゃないですか。 腹黒な妹?簒奪? いや、これくらい軽くやってのけなければ 女王なんて無理でしょう。 愛する夫を得た彼女は、よ…
[一言] 恋は戦争、戦略を練って手に入れるためにはどんな手を使っても構わない…ということで。 あんな王女が王になったら滅亡まっしぐらでしょうから、ある意味救国の英雄なのかもね…。
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