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表・後

 


 学園の年度が変わる。同時に、事態が急速に変化した。




「剣術の臨時教師として就任した、()()()と言います。短い期間ですが、よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる男。サラッと橙色の髪が流れ、生徒達を見渡す黄色の瞳が輝く。

 新年度の挨拶途中だと言うのに、ジゼールは感極まってラルドに抱きに行った。


「アルト! やっと会えたわね! アタクシのアルト! もう離さないわ!」


 嬉しそうに笑うジゼールと、困惑するラルド。近くの教師が注意したが、やっと最愛に会えたジゼールが聞くはずがない。

 結局、その日はずっとラルドに引っ付いていた。


 曰く、落石事故の影響で数年前より昔の記憶がないという。ラルドという名前も、親しみが持てる響きから決めたらしい。


 あまりにも出来すぎている偶然だが、盲目的なジゼールは気づいていないようだ。


「アナタはアルト! アタクシと相思相愛の運命人よ!」


 ラルドの頬に触れ、ジゼールは恍惚の笑みを浮かべ続ける。

 それからというもの、ジゼールはラルドから離れなくなった。授業も全て放棄し、常にラルドに腕を回して悦に浸る。

 ラルドが別の女性と目を合わせれば、烈火のごとく怒り狂い相手を罵る。


「ジゼール様。学園の風紀が乱れ」

「五月蝿い五月蝿い! アタクシに指図しないで! オマエの顔なんて見たくないわ!」


 流石に度が過ぎると諌めるが、最後まで言わせてもらえずに追い返された。

 その光景に、生徒達からの評判は更に下がっていく。


 少しして、ラルドの持ち物が高価な物へと変わっていった。

 ジゼールが婚約者の予算から抽出していると噂はすぐに流れ、平民の中からも疑問を抱く声が増え始めてきた。


 ジゼールが女王になってもいいのか。不安があちこちで上がり始める。

 ジゼールはラルド第一で、王の座など眼中にない様だ。

 逆に、ラルドを王配にする事で、ジゼールはまともな女王になるのでは。一部の貴族が考えているらしい。

 傀儡政権にして甘い汁を吸いたい連中だ。


「頭の中身が綿の方が、操り人形にはいいらしいですわ。でも、あれは操り糸を引きちぎる人形ですのに」

「それが分からないから、愚策と気づかず喜んでいるのですよ。両親もその思考らしく、ラルド教師を養子にしようなんて口外していていますよ。全くもって恥ずかしい限りです」

「まぁ。ヨハネス様も大変ですわね」


 恒例となったシュローメとの茶会で、互いに笑い合う。

 既にジゼールを見限っている国王。横領と授業放棄には王妃も庇いたてが出来ず、最近は体調を崩すようになった。


 この国ではどんなに酷い子供でも、成長過程で更生することも視野に入れて成人まではしっかりと育てる義務がある。

 成人は十八歳。ジゼールの誕生日はすぐ迫っている。

 王族の成人だから、盛大なパーティーを開く予定だ。そこで、ジゼールを即位させるか否かを告げる気だろう。


 そうなれば、ヨハネスは王配候補から外れる。


 元々、見た目だけで無理に決めた婚約者だ。次期女王になるシュローメには、他の高位貴族が名乗りをあげるだろう。

 噂では、数人が王配教育を受けているらしい。

 伯爵家に戻れば、恐らくは多忙な日々になる。領地は、未だにジゼールの婚約の件で受けた影響が響いている。それを回復させるべく動き回る事になるはずだ。

 シュローメとの繋がりが切れる。

 それを失いたくない自分がいるが、身を引いた方が幸せになれると必死で気持ちを抑えつけた。





 そうして、その時は来た。



 ジゼール十八歳の誕生日パーティー。いつも通り、贈り物もカードも待ち合わせもなく、ヨハネスは一人で入場する。


 好奇の目線が突き刺さるが、先にいたシュローメが傍まで来てくれた。

 ジゼールや国王夫婦と共に壇上に行くはずだが、拒絶したようだ。心強いと、果実水を片手に談笑する。


 時間になれば国王夫婦とジゼールが登場し、パーティーが本格的に始まる。


 待っていた会場の貴族達の前で、奥の扉が勢いよく開いた。


 そこから飛び出すは、本日の主役であるジゼール。


 動きやすいワンピースに平たい靴、セットしていない髪。まるで平民の少女のような格好だが、化粧はしかとされている。

 恍惚とした顔とは裏腹に、会場を全力で駆け抜けていく。


「ジゼール様! お待ちを!」

「お断りよ! アタクシは! アルトと生きるの! 国なんてどーでもいいわぁ!」


 後ろから騎士達の制止が聞こえるが、ジゼールは無視して進む。前へ前へ、勢いに気圧されて開いた道を進む。入口を開け、躊躇なく外へと駆け出す。

 後を追っていたらしい騎士達が会場に入るとほぼ同じ頃に、馬の力強い嘶きが響いた。

 金属の鎧を音立てて、騎士達はジゼールが進んだ道を追う。



 何が起きたか分からない。招かれた貴族達は声を潜め、話し合う他なかった。







 結論から言うと、ジゼールは駆け落ちした。相手はラルド。


 見張りをしていた騎士の証言では、急に入ってきた馬車に颯爽とジゼールが乗り込み、そのまま去っていったという。


 二人の間に何のやり取りがあったかは分からない。入場準備をする国王夫婦の前で、女王にはならないと断言してから走り出したらしい。

 突然過ぎて呆気に取られ、我に返った国王が命令した時には距離が離されていたとの事だ。



 前代未聞の事態に王家への求心力が下がるかと思いきや、それほど変動はなかった。



 元より、ジゼールに女王の素質がないと誰もが知っている。向こうからその座を放棄してくれて感謝する者までいる。

 逆に、駆け落ちまでして身分差の愛を貫いたと、劇場や創作者達が盛り上がった。劇や物語の題材にされ、大いに話題となっている。

 傀儡政権で甘い蜜を啜ろうとした貴族は国王自らが喝を入れて、反省の色がなければ反逆罪で牢屋送りだそうだ。


 そうした後始末などで一ヶ月が過ぎた。

 いつ、王命が下るかとまっている最中、ヨハネスはシュローメに呼び出された。


「ヨハネス様に案内したい所がありますの」


 微笑を浮かべて馬車を指差す。シュローメは勿論だが、ジゼールとも出掛けたことは無い。

 馬車の中に異性と二人きり。その状況に、ヨハネスは必死に平静を取り繕う。胸は煩いくらいに鳴り、知らない目的地までが遠く感じた。

 馬車が止まった場所に、ヨハネスは懐かしさを覚える。


「王立図書館……」

「ええ。ですが、ヨハネス様に見せたいものはこちらですわ」


 シュローメはヨハネスの手を繋ぐ。柔らかい女性の手に心臓が更に跳ねる。

 華奢な手は無理に振りほどけなくて、導かれるまま後に続く。

 入口を避けて、建物の裏側に回る。そして、広がる光景に目を見開いた。




 前に来た時は何も無いただの空間だった。

 だが、目の前では色とりどりの花が咲き誇っていた。




 一つの茎から小さな花が沢山咲いているもの。

 丸い葉に小さな花があちこち咲いているもの。



 様々な色合いが重なり合い、一つの景色として定着している。

 花の匂いが鼻をかすめ、気持ちが落ち着く。


「凄い……!」

「でしょう?」


 思わず呟いた言葉に、シュローメがクスクスと笑う。風に揺れ動く花々が美しくて見渡した。

 不意に、脳裏に幼い少女が浮かぶ。


「あの子が作り上げたみたいだ……」

「あの子? 何か、思い入れがありますの?」

「思い入れ、というよりは、子供の大切な記憶ですかね」


 胸に手を当て、ヨハネスは小さく笑った。何年も前の話、それも王家の婚約がされる少し前だ。

 自分でも思い返すように、シュローメに話す。


「昔、この近くにある親戚の家に遊びにきましてね。祖母の影響で植物が好きだったので、図鑑目当てでここに来ました。いくつもの本を選んで読んで、ふっと外を見たら、この辺りに様子が違う女の子がいました」

「何が違いましたの?」

「大きな桶に水をたっぷり入れて、一人で持ち運んでいまして。気になって近づくと、女の子は泣きながら枯れかけた花に水をあげていました。ただ、明らかに過剰な量だったので急いで止めました」

「何が駄目ですの?」

「水のあげすぎも、花にはよくありません」


 水をあげすぎた花は、根が腐って枯れてしまう。少女は知らなくて、沢山あげれば元気になると信じていたようだ。

 枯れかけの花の周りでは、花開く前に枯れた植物が数本。恐らく、それも少女が泣き腫らしていた原因だろう。


「理由を説明すれば、女の子は理解してくれました。そのままお話したかったのですが、親が呼びに来たのでそこでお別れ。その時だけの淡い思い出です」

「素敵なお話ですわ」

「ありがとうございます。ただ、あの子の顔が思い出せないのと、花は無事に咲いたかが気になる所ですが……」


 大切な記憶だというのに、肝心の少女の顔があやふやなのだ。それ以外は鮮明に覚えているから、余計に不思議に思う。

 思案していると、シュローメがそっと何かを差し出してきた。


 小さな押し花が散りばめられた栞だ。

 首を傾げるヨハネスに、シュローメは告げる。




()()()()()()()()()()()()()




 突然の事に驚き、顔を上げる。ニコリと微笑むシュローメに、あの時の少女の面影が一瞬映った。


 ダークブロンドの髪に、落ち着いた水色のドレス。

 顔があやふやな理由も今、思い出した。あの少女は、前髪を長くして顔の上側が見えなかった。

 確か、シュローメは王命の婚約がされる前、前髪を長くして色の違う目を隠していたと聞いている。


 今まで気づかなかった自分が馬鹿らしく思える程だ。唖然とするヨハネスに、シュローメは栞を掴ませて見上げる。


「あの時から、ずっとお慕いしておりましたわ。ヨハネス様。あの時のように、私の知らない部分を教えてくださいませ」



 熱く吐息を漏らしながら告げられた内容。考えるまでもなく、ヨハネスは返事の代わりにそっとシュローメを抱きしめた。



王女に振り回されても健気に王配教育を受けていた賢い青年と、彼を慕い努力していた妹姫。

素晴らしき純愛。

何も知らない人からはそう見られ、歓迎されるだろう。





でも、裏側も綺麗とは限らない。



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